魔法使いへ至るまで

来条 恵夢

第1章 はじまりは突然に

お荷物預かってますよ。

「あ、井土さん。お荷物預かってますよ」

「へ?」


 直は、妙な声を上げて隣人を見遣みやった。

 引越しの挨拶に顔を合わせたきりの、なかなかかわいらしい女性だ。年は直とそう変わらないらしいのだが、短大卒でもう働いているのだという。

 直はといえば、土曜とはいえ、必須講義を受けるために大学に出かけてのバイト帰り。

 部屋のかぎを差し込もうとした瞬間に声をかけてきた隣人は、軽快に階段を上りきって、ちょっと待ってくださいね、とするりと直の背後を抜けて隣の角部屋の鍵を開けた。

 二十四時間営業のスーパーの袋を持っていたから、買い物帰りだったのだろう。


 遅い時間に若い女性の一人歩きは危ないですよ、とつい思い、気持ち悪がられないかなと半ば反射的に考えてまった自分を軽く嫌悪する。

 背を向けている隣人には見えないだろうが、部屋の中を見てしまわないように、うつむくように視線を落とした。


「今日のお昼に配達に来られていたんですけど、大家さんもいらっしゃらなくて。私のところで預かってくれませんか、と、お鉢が回ってきたんです」

「それは…何か、すみません」

「謝られるようなことはないと思いますよ?」


 にこにこと笑い、隣人は、簡単な英和辞書を四冊ほどまとめた程度の段ボール箱を差し出した。

 宛名は、確かに直の名前とこの住所になっている。

 有名な玩具メーカーだが荷物に覚えはない。着払いの荷物ではないようだから、そのテの詐欺の可能性は、とりあえずひとつは潰れる。

 しかし、不在票を入れておいてくれればいいのにと、見慣れない運送会社の伝票に、心の中でため息をつく。

 受け取ると、中途半端に重みがあった。


「お手間を掛けました。ありがとうございます。…これ、残り物ですが、よければ」

「わあ、おいしそう! あ…ごめんなさい、いいんですか?」


 バイト先でもらった甘だれ餡掛けの肉団子に、隣人は目を輝かせた。そんな顔をされて、明日の昼食と夕食にするので、と、今更引っ込められるわけがない。

 結局直は、差し出したプラスチックトレイの肉団子を手に、ぺこりと頭を下げた隣人を隣の部屋の扉に見送る。

 手にげたエコバッグには、まだ唐揚げと白ご飯が入っているので、問題ないといえば問題はない。


 謎の荷物に首を傾げつつ、直もようやく、自分の部屋に帰り着いた。

 まずともした明かりには、いささか殺風景な一間が照らし出される。一人暮らしなので、ただいま、とげる相手もいない。

 そして、あるのは本とテレビとノートパソコン以外は、生活に必要最低限なものばかりに近い。

 とりあえず手洗いうがいと残り物冷蔵庫に入れて、明日の家庭教師のバイトの準備して、と頭の中で段取りを立てながら、何も考えずに靴を脱いでいたら。


 水平を保つために左の手のひらにトレイのように載せていた段ボール箱が、揺れた。

 そして。


「やあナオちゃんボクは太陽からの使者なのにゃ君には秘められた力があってボクはそれを開放しに来たのにゃ今地球は大変な危機にさらされていてボクと一緒に戦ってくれるよね! ――ああ苦しかった」

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