第2話 2人の過去
中学3年生といえば、今からちょうど10年前に遡る。
自分に初めて好きな人ができたとき、自分はゲイだと確信した。
伊月の周りはみんな好きな女子や可愛い女子の話をして盛り上がっているが、自分も混ざるふりをして内心蚊帳の外にいる心地だった。そのころからもしやとは思っていたが、ついに自覚することになる。
相手は隣に住む一つ上の幼馴染で男。小学校入学前から仲が良く、お互いの家にお邪魔したり学校でも一緒に遊んだりした。中学に上がり、学年が違うので話す機会は減ったが、会えば色々話すし一緒にいて楽しかった。
相手に彼女ができたことを知ったのは、帰り道にその幼馴染と遭遇したときだ。しかし一人ではなく、すぐ横には同じ学校の制服を着た大人しく可愛らしい女子が並んでいた。
彼は心底嬉しそうに笑った。
「この子、俺の初カノ。」
目の前が真っ暗になった。適当に良かったなと返事を返し、そのあとはどうやって帰宅したか記憶にない。
自覚したのはそのときだ。はじめは受け入れがたい事実に葛藤した。同性が恋愛対象だなんて、世の中の言う普通ならありえない。
もしかして幼馴染たけが特別で、ちゃんと女子も好きになれるんじゃないか。そんな希望を持った時もあったが、どうしても女子に魅力を感じず目がいくのは伊月と同じ男子ばかり。
俺は男が好きだ。
認めてしまえば案外すんなり受け入れられた。しかし幼馴染とはこれからも今まで通り仲良くしたい。それにノンケへの恋は不毛だ。伊月は自分の想いを口にすることも、顔に出すことも一切しなかった。
それから少し経った3年生の夏、男子の間でたまたま恋愛の話題になったときだ。その中には東もおり、この男子たちの中の、いや、クラス全体の中心的存在であった。
「そういや、佐倉の話全然聞いたこと無いよな。」
「確かに。全然浮いた話出てこない気がする。」
「佐倉、好きなやついねぇの?」
唐突に現れた地雷。一瞬怯んだが、どうにかはぐらかそうとノリに合わせなんとか返事をする。
「今のところはいないよ。」
「まじかー面白くねぇ。」
面白くないや嘘だろという言葉が飛び交う。
するとその中の一人――東ががからかい口調で突然言い放った。
「女気がないってことは、実はまさかの男のほうが好きとか、な。」
その言葉を間に受け、フリーズしたのが良くなかった。
「うっそ、マジで?」
「佐倉ってホモなの?」
「キモいな、男同士なんて。」
それから伊月へ“取り締まり”という名のいじめが始まったのはすぐの事だ。
「何で今日も学校にいんのかな?来るなって言ったろ?」
「ホモは学校来んな、俺らが汚れる。」
「いつか襲われるかもしれねぇよな。学校で貞操が乱れちゃやばいだろ。」
東やその取り巻きが毎日伊月を囲む。東はひたすら伊月を拒絶する言葉を吐き、見下し続けた。
悪口を言われたり上履きを隠されたりというのはまだマシな方で、トイレで頭からバケツの水を被ったり邪魔だと張り倒されたり身体的な暴力もエスカレートしていった。
最初は屈するのが嫌で、体調を崩したりしながらもまだ強気でいられた。しかしそれが1ヶ月も2ヶ月も続くとさすがに心が折れそうになっていた。
次第に受験シーズンが間近に迫りそういうことは減っていったが、伊月がゲイだという事実は消えない。クラスメイトから伊月は遠巻きにされ続け、クラスに居づらい時は保健室へ逃げたことも少なくない。
だから高校は親戚の家へ居候させてもらい、知り合いが誰もいなさそうな遠いところへ通った。
高校では同じヘマをすることもなく無事過ごせたが、時々、自身をけなす東の幻覚を見てはドキリと心臓が跳ねる。
東を怖いと思った。同時に、“普通”でない伊月自身のことも恐れ、すごく嫌いになった。
大学へ上がると世界か一気に広がり、自分と同じ人たちがいることも知った。そういう人たちと実際会って、そういう友人も増えた。
だから今は自分が嫌だとは思わない。だがそれでも、東が再び目の前に現れたことに、伊月はあの頃と変わらない恐ろしさを感じた。
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