10年

泉 楽羅

前編

第1話 予想外の再会

 さて、いつ誰がこうなることを予想できただろうか。そんなことできるとしたら、いるかもわからない神だけなのだろう。


 定時プラス2時間の残業を終え、行きつけのゲイバーにでも行くかと向かった駅で。


「……佐倉?」


 そう声をかけられたあと、振り向かないほうが良かったかもしれないと一瞬思った。

 見間違いでなければ、目の前にいるのは中学時代のいじめっ子、対するこちらはいじめられっ子。

 あまり表情を見せない佐倉伊月が目を限界まで見開いて固まるのも頷ける。


「お前、あの佐倉なのか?」


 問い詰める声に我にかえる。そして再び声をかけてきた相手を見た。

 昔とは違い随分と背が伸び、伊月からでも少し見上げる形になる。すらりとしたスタイルのいい身体にスーツがよく似合っていた。暗めの茶髪はナチュラルにセットされ、その綺麗に整った顔を引き立てている。その顔はいくぶんか大人びているが、何度見てもやはり伊月をいじめていた東悠人にしかみえない。


「……東、なのか?」


 冷静を装いながらおそるおそる名前を口にすると、相手は神妙な顔となり無言で視線を落とした。

 無言は肯定、ということだろう。

 改めて東本人を前にして、逃げ出したい気持ちが無性に沸き起こった。しかし逃げたら逃げたで、負けた気がしてならないのが嫌だ。

 何もできずいじめを甘受していた苦々しい思いと緊張が、心と身体を支配しはじめる。

 それでも何とか声を発することはできた。


「何か、用?」

「……」


 やっとのことででてきた、心なしか硬い声。しかし東は黙りこくったまま視線を合わせようとしない。

 一体何がしたいんだ。


「用がないなら帰るけど。」


 もういい、そう言い残して去ってやろうと身を翻した瞬間、左腕が背後へ引っ張られた。強めの力で握られ圧迫感を感じる。

 振り向くと、東が伊月の腕を掴み伊月を真っ直ぐ見つめている。


「少し、話せないか?」


 何かに追い詰められたような瞳。

 話したいと言われて本当は断りたいはずだった。

 しかしその瞳から不思議と目を逸らせなくて、断る言葉は1文字も出てこない。


「……どこか入ろう。」


 結局拒むことができず端的にそれだけ言うと腕に絡む手を離してもらう。離れる手を見てから再び東に視線を移せば、着いて来てと告げ夜の街を歩きだした。

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