お嬢様口調な女子大生2

帰りの会が終わると、僕はさっさとランドセルを持って廊下に出た。


「あ、おい、宮下ー!」


誰かが呼んでるけどどうでもいい。気にしない。どうせロクな用事じゃないんだ。


「いいよ、あいつ誘わなくて。」


「そうだよ。こねーじゃんあいつ。」


ほらね。


鬼ごっこもドッチボールも別に楽しくない。みんなガキで心の年齢が追いついてないんだと思うとなんかスッキリする。早足で学校を出て公園を抜けて、少し行くと小さなアパートがある。104号室。最近僕はそこに入り浸ってる。


「あら、トオルさん。今日は早かったですわね。」


扉を開けるとエリーが振り向いて微笑んだ。最近は大学の課題で忙しいらしく、行くといつも本を片手にカタカタパソコンをいじっている。

部屋は木造の古い部屋で、入ると目の前に机とベットと本棚があり、左側には小さいキッチンがある。全体的に物はそこまでない割に本棚からは溢れんばかりの本がある。僕はこの部屋が好きだった。


「ねえ、部屋の鍵大丈夫なの?」


「大丈夫ですわ。わたくしが認めた相手しか入ってこないシステムですから。」


「それってこの前言ってた異世界からきた云々の話?」


「はい、そうです。」


初めて会った次の日、僕はエリーに目の色が変化したことを聞くとあっさりこう答えた。


『ああ。わたくしこことは違う世界から参りまして。ちょっと目立つ見た目ですので隠しているんですが、興奮するとたまに目の色だけ変わってしまうんですわ。』


…。突っ込みどころが多い訳で。


『僕一応小5なんだけど。』


『あら、わたくしの目を見たから今こうやってまた会ってくださってるのではなくて?』


そう言われると反論できない。かと言って異世界なんて、魔法なんて信用できない。


『確かに…あんた普通じゃないんだなとは思ったよ。でも、異世界から来て?見た目隠してて?って、無理でしょ信じるの。てかそういうのって隠すものじゃないの普通。』


『トオルさんなら言っても大丈夫かなとなんとなく思いましたので。現にわたくしの目の話誰にもしてないでしょう?』


僕は適当な本を選び、読むのに集中しているフリをしながら、何気ない感じを装って今日もエリーに質問する。


「魔法見せてよ。」


「非常事態でしか魔法は使わないことにしてるんですわ。」


「じゃあ僕が屋上から飛び降りたら、見せてくれるの?」


「やったら怒りますわよ?」


ふふふと笑ってるけど、なんか得体の知れない凄みがある。


「この世界に来て何年?」


「もう5年ですわ。」


「なんでこっち来たの?」


「ちょっと前の世界でお粗相をしまして、逃げて参りましたの。」


何やらかしたんだよ。


「帰るわけにもいきませんでしたので、こっちに来てから一からこの世界のことを勉強しながら生活してます。この世界は本当に面白いことがいっぱいで!毎日飽きませんわ。」


「僕はそうは思わないけど。」


「そうですか?こんなに多くのことが発展しているのに!」


宿題をやってる時でさえ、エリーはやたらキラキラしてる。一人でパソコンを見ながら「もしかして!」とか本で調べてて「あ、そういうことですのね!」とか、あとたまに僕の知らない言葉を口走ってたりする。ちょっと気持ち悪い。

けれどそれが余計エリーが異世界から来た人間であることを証明してるような気がした。


少し前にエリーの学生証が机にあったので見たら、結構優秀な大学に通ってた。名前は「中野絵梨」って書かれてあった。学科は「リベラルアーツ」らしい。


「エリーはこの世界に一人で来てるんだよね?」


「はい。」


「お金とかどうしてんの。」


「一応、奨学金は頂いております。生活費はバイトで。」


エリーはふーっ!と背伸びしてパソコンを閉じると、床に座る僕の向かいに座った。ニコニコしながら僕の顔を観察している。


「何。」


「わたくしはあなたの話が聞きたいなと!だってわたくしの話なんてつまんないじゃありませんか!」


「異世界からはるばる日本にやって来たお嬢様口調の女子大生ってほうがパンチは効いてると思うけど。」


「トオルさんは、どこにお住まいなんですか?」


「こっからすぐ近く。」


「最近引っ越して来ましたの?」


「…なんで知ってるの。」


「この周辺の子供たちのことは大体把握してますのよ。」


僕は本を読むふりをやめてエリーに向き合う。


「それも“全ての子どもを救う計画”の1つな訳?」


「ええ。一応。」


「この世の全ての子どもなんて救えるわけないじゃん。何人いると思ってんの。」


エリーはうーん、と少し考えてまたニコリと笑う。


「それが出来るか否かはわたくしがこの人生をもって証明しますわ。幸いわたくしはこの世界に生まれた人に比べて自由があるので。」


僕はまた否定したくなった。無責任に平然とそんなことを言うエリーに、少し怒りすら覚えた。


「子どもだけなの救うのは。苦しんでる大人だっている。」


「大人は選択肢と力がありますから。本人たちが使わないだけで。それに比べて子どもの世界はその時にいる大人に左右されますから。」


その時にいる大人…ね。


「トオルさん?大丈夫ですか?」


「…うん。」


「あ、そういえば、呼んでくだされば24時間いつでも駆けつけるので!」


「そう…。呼ぶのは何でもいいわけ?」


「ええ。寂しい時でも、辛い時でも、逆に楽しい時でも!」


「何で呼べばいいの?アプリ?」


「わたくしを思い浮かべ、一言エリーと呟いてくだされば。」


エリーは特別美人って訳ではない。本当に平均的な顔だ(本人曰く、目立たないようにそういう顔にしてるらしい)。けれど不思議と惹かれるものがある。


「何かあったらいつでも呼んでください。」


僕は、どうも、とだけ言って今度は本当に本を読み始めた。


正直、嬉しさ半分うっとおしさ半分だ。エリーと話してるのは好きだ。エリーは僕を子ども扱いしないでいつも親身になって話を聞いてくれる。まだ出会ったばっかりでエリーは19歳らしいけど、今年29歳の僕の担任なんかよりもずっと大人だ。けれどその反面、エリーと一緒にいると何でも見透かされてるような気がして嫌だった。


「わたくしあと、30分したらバイト行ってきますわ。ここにいてもいいですし、帰るときは電気の消灯だけお願いします。」


「うん…うん?!」


僕は二度見した。


目の前に立っていたのは、エリーじゃない色黒で金髪の強面のお兄さんだった。いたずら成功、とばかりにピースしてニヤニヤしている。


「魔法ですわ。さっき見たいとおっしゃっていたのでサプライズです。」


「ちょっとその顔と声で喋るのやめてくんない?気持ち悪い。」


「そんなこと言ったらお兄さん悲しいな。」


一瞬で声が女性の高いものから、爽やかお兄さん系になった。


「何のバイトなの?」


「バーの店員です。」


「口調大丈夫なの?」


「日本語カタコト設定なんで大丈夫です。」


「魔法は緊急事態にしか使わないんじゃないの?」


「生活のためならオッケーっていうことにしてるんです。」


僕のびっくりした顔が見れて嬉しいのか、エリーは男性姿のまま鼻歌を歌いながら支度を始めた。


僕は面白くない気持ちでいっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エリーの観察日記 @Kah0nakayama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ