「トレーニングメニュー」の実践・短編シナリオ本文
こちらは
■前項目:「トレーニングメニュー」の実践プロット(設計図)全文 を
実際に物語として書き起こした短編シナリオ本文になります
チラリと読み返してみて、別枠として分ける必要性がないかもと思ってしまったので、こちらにも続き項目として掲載させていただきます
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この世界はどうしようもなく終わっていた。
どこにも行けず、どこにも辿り着かない。
間違いなく破綻しているはずなのに、どうしてか悲壮感が薄い。
じわじわと広がっていく絶望がまるで毒のように全身に広がり、気が付いた時には気力すら奪われてしまう。
そして最後にはきっと、小さな後悔だけが残る。
そんな『異世界』に――私は来てしまったのだ。
「ああ、聖女よ、どうかこの世界を救っておくれ」
背の高いイケメン王子が私にすがる。
「勇者様! あたしたち、どうすればいいんでしょう!?」
とても可愛い女の子が、私のことを勇者と呼んで頼ってくる。
「さあ自分の背にお乗りなさい。世界の最果てまで連れて行ってあげよう」
中肉中背のおじさんがよつんばいになって、意味不明な行為を促してくる。
私は脂汗を流しながら、絞り出すように言葉を出した。
「あは、あはは……ちょっと待ってね、今どうすればいいか考えるから」
――この異世界に“来た”という表現はあまり適切ではないかもしれない。
これは、私が犯した罪を表面化した世界。
目を逸らしてはいけない。きちんと向かい合わなければいけない世界なのだ。
この世界のことを、どう説明すればいいのか。
まずは私が異世界に行く前の事から説明しなければいけないだろう。
「はあ、上手くいかないなぁ……」
その日の私は、いつものように小説を書いていた。
小説投稿サイト『小説家になろう』に、自分が書いた物語を載せる為に。
「……どうしたら、アクセス数が伸びるんだろ」
投稿した最初の頃は楽しかった。
自分の物語を読んでくれた人がグラフと数字で表示され、1人でもブックマーク登録してくれて、評価ポイントが増えると飛び上がるほどに嬉しくなる。
嬉しくなったから、もっとその気持ちを味わいたくて、どんどん書いた。
どんどん投稿した。
でも、なんでなのか少しずつ読者の反応が鈍くなって、ついにはブックマーク数も減ってしまっていた。
私は焦って、さらに書いた。
でも、少しずつブックマーク数どころか、アクセス数も減っていった。
少しだけ、心が折れそうになる。
書いてもまた反応が貰えないかもって思いながら、それでも勝手に期待して、やっぱり傷ついて、悲しくなって、楽しかったはずの小説を書くことを避けるようになっていく。
だんだんと小説を書くのが、恐くなっていた。
……当然かもしれない。
小説を書くのなんて勢いで始めたし、正しいやり方なんて分からない。
素人の見様見真似で取り繕った作品なんて、いつまでも読んでくれるはずない。
そう思ってしまって、将来は小説家になるんだ、なんて息まいていた夢も諦めそうになる。
工夫が足りないのかもしれないと思って、プロの人が書いたっていう創作エッセイだって読んだし、自分に合うジャンルじゃなかったのかもなんて思って、経験なんてない恋愛物語も書いてみた。
でも、何度書いて投稿しても、一番最初に投稿した時と同じくらいしか読んでくれない結果だけが続いていった。
もう自分が書いたものが、面白いのかどうかも分からない。
どうせ読んでくれないのなら、キャラの名前も世界観も、適当でいいんじゃないだろうか。
「…………はあ。寝よ」
書きかけの物語を保存してから、パソコンの電源を落とす。
最近はずっとこうだ。
投稿する為に書いているはずなのに、途中で手が動かなくなって、スマホ触ったり、テレビに顔を向けている間に、もう寝る時間だから続きは明日、なんて言い訳しながら、書きかけのままの物語が保存されていく。
「……なんかもー、疲れてきたなぁ……」
いっそのこと異世界転生でも出来たら、きっとこの冴えない人生も少しは変わるんだろうか。
そんな事を思いながら、瞼を閉じた。
「お嬢さん、そこのお嬢さん。いや、聖女と、そう言った方がいいかな」
耳心地の良い声が聞こえた。
……ゆさゆさと、揺らされている?
ゆっくりと瞼を開けると、とても心配そうな表情をした金髪碧眼のイケメンと目が合う。
イケメンは、ニコと小さく笑みを浮かべた。
「ああ、目が覚めたようだね。道で倒れているものだから心配したんだ」
「…………誰?」
「僕は王子」
「…………」
え、王子様?
マジか。日本に王子なんかいたっけか。どこの国の王子?
「あはは、きょとんとしてるね。とりあえず大丈夫そうなら起き上がろうか」
「あ、は、はい」
伸ばされた手を取って、起き上がる。
うおぉ、男の人の手を握るなんて、いつぶりだろ……。
ドキドキしながら周りを見回すと、なんていうか、草原が広がっていた。
「…………え?」
あれ、私……なんでこんなところに。
部屋で眠ったはずじゃ……。
「どうしたの?」
「え、あ、いえ、あのはい、ちょっとここ、どこなのかなって……」
「あはは、変なことを言うんだね」
イケメンのくしゃっとした笑顔、可愛いなぁ。
「お、面白いです、かね、へへ」
うぅ、マズい。
イケメンどころか男の人と話すの慣れてなさ過ぎて、不審者みたいな態度になってしまう。
「ひとまず疑問に答えておくと、ここは草原だね」
「あ、それは分かります。その、どこの草原なのかなって」
イケメン王子が不思議そうに小首を傾げる。
え、そんなに質問が難しかったかな……。言葉の意味、通じてる?
ていうか明らかにこのイケメン、日本人じゃないんですけど、日本語通じてるなぁ。
ここ……日本なのかな?
その時、どうしてか何の根拠もないのに、とある現象が思い浮かんだ。
「あの、もしかしてここって、異世界だったりします?」
もしかして私、異世界転生しちゃってたりします?
「…………え?」
またもイケメンが不思議そうに小首を傾げる。
仕草は可愛らしいんだけど、まったく答えにいきつかないなぁ。
「その、ここって日本じゃないんですよ、ね…………ぁ」
遠くから誰かが駆けてくるのが見えた。
とても可愛らしい女の子だ。手を振りながら、大きく声を出している。
「王子ー! その人って、もしかして!?」
「ああ、きっとそうだ! 良かったな!」
突然現れた女の子は、イケメン王子と抱き合った。
喜びの表現にしては親密だなぁ。
王子と同じ金髪碧眼で、胸も大きいし、すごくスタイルがいい……。
「……えっと、王子様? そちらの方は……」
「ああ、僕のフィアンセだよ」
ガーン……。許嫁なのかよ。ていうか恋人いるんだ。
まぁイケメンの上に王子だから当然か。
いや、別に期待なんかしてないけどね。
もし異世界転生しちゃってたら、この王子様と結ばれちゃったりするのかな、なんて思ってないですけど。
……いや、待てよ。
私は私のままだから転生じゃないか、異世界転移なのかなこれ。
王子のフィアンセだという女の子は、快活な笑顔で挨拶してくる。
「初めまして! 勇者様!」
「え、私? 私のこと?」
「はい、この世界を救ってくれるんですよね?」
ええぇ、なにそれ知らないんですけど。
勝手に決められても困るんですけど。
「――フフフ、お困りかな? いや、むしろ自分たちが困っているんだけどね」
だ、誰!?
気が付いたら後ろに誰かが立っていた。
「どうも、救いの神よ。歓迎するよ」
……おじさんだ!!
中肉中背のおじさんだ。なんだろう、とても普通だ。
普通に日本人らしい顔立ちで、少し安心する。
抱き合ってイチャイチャしている王子と女の子を放っておいて、おじさんに確認を取っていこう。
「その、私が勇者だったり、救いの神と呼ばれるのって、何でですか?」
「それはね、貴女がこの世界の神だからだよ」
……いや、説明になってないんだけど……。
「実はこの世界は今、危機に瀕しているんだ」
あ、よかった説明まだ終わってなかった。
「そうなんですか。どういう危機なんでしょう」
「一言で説明すると“世界の終わり”だね」
「世界の終わり……具体的に言うと?」
「見てもらった方が早い。行こう」
そう言っておじさんは草原の向こう側を指さした。
え、どこかに行かないといけないの?
……あ、そういえば……。
「すみません。そういえば自己紹介もまだでした。私は――」
「聖女だろう? 知っているよ」
イチャイチャ状態を解いて王子が言葉を遮ってくる。
違うけど。聖女じゃないけど。
王子の隣にいた女の子がニコニコの笑顔で迫ってきた。
え、なにこの子、顔が近い。
「貴女は勇者様よね!」
「違います」
……勇者ってことは、魔物とかいるのかな。
ファンタジー世界観のあるあるだし。
なんだか会話が成り立たない。異世界ってこういうものなのかな。
「その、とりあえず私の事はいいです。貴方たちのお名前を教えてください」
「自己紹介とは何だか新鮮だね。僕は『王子』だよ」
「それは知ってます。お名前は?」
イケメン王子は不思議そうに小首を傾げる。
そんなに難しい質問だった?
……え、まさか名前が王子なの? そんな事ある?
「ねえ勇者様、あたしは『パンニハムヲハサムニ〇』よ」
「なんて?」
え、なんて?
「パンニハムヲハサムニ〇、よ。素敵な名前でしょう?」
素敵、かなぁ。笑顔は可愛いけど、その名前素敵かなぁ。
なんて言うか完全にダジャレだし、女の子っぽい名前でもないし、ていうか一部伏字だし。
頭が混乱してきた。
きっと救いを求める目になっていたんだろう。
視線を向けた先のおじさんは、柔らかく笑って自分の名前を答えてくれる。
「自分は『×1□ンj@ゆ』という。以後お見知りおきを」
「なんて!?」
なんて発音するのかも分からない名前だった。
いや名前かそれ? 文字化けじゃない?
「あぁもう、頭が痛くなってきた……」
思わず、おでこに手を当ててしまう私を見て、うんと大きく頷いた後、おじさんは真剣な顔で声を出す。
「さあ救いの神よ。自己紹介も終わったところで、世界の終わりを見に行こう」
「……どこへ? ていうか、ここから徒歩で行くの?」
草原の果てが見えないんだけど。これ、どこまで続いているの?
「案ずることはない。救いの神よ、効率の良い移動手段ならちゃんとある」
そう言ったおじさんは膝を曲げて、地面に手をつく。
四つん這いになった状態で、キメ顔をした。
「さあ自分の背にお乗りなさい。世界の最果てまで連れて行ってあげよう」
「普通に嫌ですけど」
よく知らないおじさんとお馬さんごっことか、嫌なんですけど。
「しかしそうは言っても聖女よ、世界の終わりを目にしなければ先へは進まないと思うが……」
「王子様……その、さっきから言ってる世界の終わりって何なんですか?」
具体的に、この世界は何がどうピンチなの?
「勇者様が世界を救わないと、この世界は救われないのよ」
「あの、だからそれじゃ説明になってないって……」
「救いの神よ、説明になってないのならば、それは貴女のせいだろう」
「どうして私? 私、ここに来たばかりなのに」
「何を言っている……まったく、聖女は実に無責任だな」
「無責任!? 別の世界から来た私に何の責任があるんですか」
だんだんと、かみ合わない会話にウンザリしてきてしまう。
だけど追い打ちをかけるように、3人は私を責め立ててくる。
「貴女は聖女だからだ。だから責任がある」
「私は聖女じゃない、まだこの世界で何もしていない」
「いいえ、貴女は勇者様よ。何もしていないのは責任逃れだと思うわ」
「だから勇者様じゃ……って、え? 何もしてないから、無責任なの?」
「そうだ、救いの神よ。貴女が何もしていないから、この世界に危機が訪れているのだ――」
「……それは、どういう」
「――だってこの世界は、貴女が作ったんじゃないか」
ついに、世界の真理に触れてしまった。
ああ、そっか。
どうりで、この異世界は色んな事が中途半端なんだ。
適当に決めた変な名前の、迷走しているキャラクター。
周りに草原しかない、特に描写もない薄い世界観。
プロが書いたエッセイに書いてあったから意識していたけれど、結局なにに困っているのか具体的に提示されないストーリー。
ここは、私が書いた世界だ。
だから中途半端で、完結しない世界なんだ。
「この世界が危機に陥っているのは、貴女のせいだ。救いの神よ」
そうだ、私はこの物語の作者なんだ。
だから責任がある。完結しないまま止まっているこの世界を、きちんと終わらせなければ――
「ああ、聖女よ、どうかこの世界を救っておくれ」
背の高いイケメン王子が私にすがる。
「勇者様! あたしたち、どうすればいいんでしょう!?」
とても可愛い女の子が、私のことを勇者と呼んで頼ってくる。
「さあ自分の背にお乗りなさい。世界の最果てまで連れて行ってあげよう」
中肉中背のおじさんが地面に手をついて、意味不明な行為を促してくる。
私は脂汗を流しながら、絞り出すように言葉を出した。
「あは、あはは……ちょっと待ってね、今どうすればいいか考えるから」
思い、つかない。
この世界の終わりを、どうすればいいのか。
最後まで描き切っていない私には、この世界がどうなるのかなんて……。
「聖女よ、まさか世界を救う方法が分からないと言うのか」
「……勇者様が立場を放棄するというのなら、これからは同じ立場なのかしら。この世界に来たという事は、そういう事なの?」
「ああ、それなら救いの神は我々の仲間だ。一緒に困ろう」
そう言って3人は口々に誘いをかけてくる。
困ったままで過ごそう、どこにも行けないまま、助けを求めよう。
『オチ』がつかないまま、永遠にここで過ごそう……。
進行が止まった世界で、いつまでも世界の終わりを待ち続けよう。
思わず、3人から逃げるように駆けだしてしまう。
チクリと胸が痛む罪悪感と、どうにかしないといけないという焦燥感に追い立てられるように、私は走る――
だけど私が作ったキャラクター達は――“物語の終わり”を求めて追ってきてしまう。
「この世界の終わりは、どこだ」
「あたしたちは何をすればいいの?」
「とにかく、自分の背中に乗るんだ。そうすれば世界の果てまで行けるはず。そこから先の展開を知りたいんだ」
「う、うわああああああ!!」
大きな叫び声と共に、飛び起きるように目を覚ます。
慌てて周りを見ると、そこは見慣れた私の部屋だった。
全身が汗でびっしょりで、着ている服を気持ち悪く思うほど濡れている。
「はあ、はあ、はあ……」
あれは、夢だったのだろうか。
私は夢の中で、私が作った異世界に行っていたのかもしれない。
……ううん、夢かどうかなんて、関係ない。
肝心な事は、私が何をすればいいか、だ。
3人が困っている事は、ちゃんと伝わってきた。
ゲームのモブみたいに同じ事しか話せない状況で、必死に私へ伝えてきてくれたんだ。
何をすれば、あの世界が救われるのかを。
スマホを手に取り時間を確認する。
まだ深夜の2時だ、陽が昇るまで、まだ時間はある。
「……書こう。途中で手が止まったとしても、なんとか最後まで書き切るんだ」
あの中途半端な世界を救う為に。
私は聖女であり、勇者であり、救いの神なのだ。
たとえ評価されなくても、私自身が面白いと思えなくなってしまっても。
止まってしまった世界の続きを、書いて投稿しよう。
あの物語は、私(作者)にしか救えない。
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