第37話 信号のない道路
ご無沙汰しておりました、花咲樹木です。
(更新頻度の低さからか、毎回これ言っていますね……)
今回の項目は、物書きを目指す上で役には立たないかもしれません。
どちらかと言えば、ごく個人的なメモのような内容になるでしょう。
影響が少し落ち着きつつあり、それでも災厄の爪痕はまだ残っている、そんな状況についてをまとめたものになります。
記憶に新しい、北海道全土を停電させるにまで強い影響を及ぼした――
『北海道胆振東部地震』についてを、記していきたいと思います。
まず初めに、不謹慎な内容になってしまった場合、申し訳ありません。
決して茶化す意味合いにて書き込んでいく訳ではないということを、断らせていただきます。
おほん。という訳で、とりあえず一言。
花咲樹木は、元気に生きておりますよ!
怪我なども一切なく、部屋の中が少し荒れた程度で済みました。
運が悪い中では、運が良かったのかもしれません。
なぜ、地震についてを書こうと思ったのかは、花咲自身の思考原理にありました。
我ながら、こんな時に不謹慎なのかな、と思うのですが。
地震が起こった後に取った行動と判断基準の多くに――
「物語を書く時にいつか役立つかもしれない」というものが含まれていたからです。
職業病と言えば格好いいのですが、単なる知的好奇心でしょうか。
自分が被災者になる経験なんて、台風も弱くなった状態で届く北海道じゃ滅多にないので、もし表現の中で不快になっても、どうかお許しください。
知らない事は、書けない。
書けたとしても、想像や妄想する部分が多くなってしまう。
だからこそ、滅多に出来ない経験を積めるならば行動しよう、という判断でした。
そんな訳で、頭を整理していく意味も込めて、書き連ねていきます。
――9月6日(木)の3時8分
M6.7の揺れを引き起こした『北海道胆振東部地震』
まず、そもそも花咲は、震源地である胆振の地名が読めませんでした。
「胆振」は、「いぶり」と読むそうです。
生まれた時から道産子であっても、行ったことない場所や、知らない土地はたくさんありますね。
花咲はその日、揺れが起こるまでベッドに入り横になっていました。
多くの方がそうであったと思います。地震が起こったのは3時8分、その時間を花咲もよく覚えています。
普段から2時~3時くらいに眠りにつくので、その日も3時前にベッドに入り、眠ろうと目を瞑っていたのです。
意識がまどろんできた中、その揺れは起こりました。
(実は、スマホの災害通知の音を消していたので、花咲には突然といった印象が強いです)
そして、それは想像以上に激しい揺れ方でした。
まず、本棚に収めていた本が床に落ちます。
ガラス戸などはなく、ただ板を組み合わせただけの簡素な作りだったので、通常の地震でも本が落ちる可能性はあるほどです。
それだけならばまだいいのですが、本棚が揺れに耐えきれず「壊れました」。
それを見て、脳が認識した時、眠る直前だった意識が覚醒したのだと思います。
花咲の家の中には2つ本棚があり、その1つは、ベッドで横になった時に足がある方向に置いてありました。
本来は直接倒れてくる位置ではありませんでしたが、本棚が壊れたことで、その板がこちらに向かってきます。
とっさの判断で足を延ばし、倒れてきた板(本棚の部品)を足裏で受け止めます。
それでもまだ、揺れは収まらない。
部屋の中で何かが倒れる音がいくつも聞こえてきて、焦りというよりも困惑の感情が広がっていきました。
いったい、なにが起こったんだろう。
硬直した状態でそう考えていたら、少しずつ揺れが収まっていきました。
そこで、近くに置いていたスマホをイジり、時間を確認したのです。
3時過ぎに起こった、今までの人生で経験のない大きな地震でした。
倒れてきた板を足裏で支えながら(その重量には、崩れた本の重みも含まれている)、5分くらいぼーっとしていたと思います。
なにが起こったのか理解はしていても、動く、という判断ができなかったのでしょう。
しかし被害情報を確認しないと、という考えが頭によぎったことで、ようやく部屋の電気をつけました。
そして、板をそっと脇に置き、ベッドから起きて部屋を歩き回ってみます。
PCのモニターが倒れていたり、自立式の掃除機が倒れていたりと、支えが強くないものは粗方倒れていましたね。
それでもやっぱり、花咲宅の中で一番に被害が大きいのは本棚。
2つあって、2つとも壊れていました。
崩れた本が散らばり、それを見るだけでゲンナリしてしまいます。片付けの事を考えながら、明日の仕事の為にも、もう寝ないとな、と再びベッドに入ります。
しかし、眠れない。
目を瞑っても、なにも考えまいと考えて集中しようとしても(矛盾ですね)、体が眠ってはくれません。
小さく揺れているような感覚が抜けず、一向に静かな興奮状態が収まらないのです。
仕方なく、もう一度起きて、明かりを付け、のろのろと崩れた本を整理し始めます。
それが、3時半頃だったでしょうか。
電気が消えたのです。
窓から見える全ての景色から、明かりが消えていました。
(花咲が住んでいるマンションは割と高い階数にあり、8階から見える全ての家屋が停電)
一気に暗くなった部屋を、気を付けながらスマホがあるベッドへ戻ります。
そこで初めて、家族や友人にラインで連絡を飛ばしていきました。
「大丈夫?」
「すごい地震だったね」
「怪我したりはしてない?」
すぐに返信をくれる人がいたり、一向に既読がつかない人もいたり。
とりあえず連絡の付いた人の中で、怪我をした人は居なかったようで一安心。
電気がつかないので、スマホの明かりを頼りに移動するしかありません。
窓の近くに寄ると、懐中電灯を持った人がちらほらと現れ、近所の人達と状況を確認し合っていたみたいです。
停電状態でも、スマホを使えばネットに繋がるらしく、地震の情報を集めていきました。
震源地や、揺れの強さ、被害情報など。調べても、地震直後でそんなに詳しい情報はなかったんですけれど。
停電状態で、電気が使えない。
頼りはスマホの明かりのみ。
そこで花咲は、ピンと良いことを思いつきました。
サイリウムがあるやんけ!!
そう、キングブレードとかオタク棒とか呼ばれているアレです。
すぐに仕舞っていたサイリウムを取り出し、明かり代わりとして使用します。
……なんとなく、外を眺めながらサイリウムをリズムよく振ってみたり。
皆が地震と停電で戸惑うなか、8階のマンションからは明るい色のサイリウムが、少し楽し気に揺れている。もし気付いた人は、どんな状況を想像するのでしょうね。
なんの意味もないのか、それとも救難信号だと受け止めるのか。
そうしている内に、少しずつラインに情報が集まってきます。
主にイラストレーターのO君が連絡をくれて、揺れでトイレのタンク内にあった水が零れて部屋が酷いと言っていたり、家の中に電波が届かなくなったらしく、すぐコンビニに物資を求めて外へ出たりしていたようです。
会社の状況(外に出た際に確認に行ったらしい)を聞いたりと、信号が消えているため道路を渡るだけで危ない、など。
信号がない状況のはずなのに、道路を走る車の数が多い。
どこかに行こうとしているんでしょうか……?
そして、一定時間ごとに救急車のサイレンが鳴っては、遠くなっていく。
やはり地震による被害は、各所で出ていたのでしょう。
花咲もそんな中、家の状況を確認していきました。
まずトイレは無事でした。
水が零れることもなく、断水もしていません。
幸い、電気で動くものが使えないだけでしたね。
そして、すぐにやる事がなくなります。
明かりはカラフルな色を放つサイリウムのみ。
停電状態で充電が出来なくなることを恐れ、うかつにスマホに触れない。
何もやる事がなくなったので、改めてまた眠ろうと試みました。
時間は、5時過ぎくらいだった気がします。
ようやく体と心が落ち着いたのか、さほど時間もかからず眠りにつけたのだと思います。
翌朝
スマホのアラームで目を覚まします。
相変わらず停電は続いているらしく、部屋の中が異常に暑い。
(天気がよく、熱が籠っていたのでしょうか?)
会社から、停電のため本日は休み、という連絡がきたので、予定されていた時間が空きました。
(まあ、そうですよね。PCが使えないなら作業できませんし)
花咲がまず確認したのは、食料や、飲料水がどれだけあるか、というものです。
(断水は起こっていないため、水自体はあるのですが、いかんせん札幌の水は美味しくない)
箱買いしていた2リットルの水が6本ほど。
自炊はあまりしない生活だったので、冷蔵庫の中はほぼ空っぽ。
買い置きしていたインスタントラーメンがいくつか。正月に買ったパックに封されているモチが一袋。
……のみ。
のみかぁ。
まぁでも、ないよりはマシですよね。
電気が止まっているためケトル系は使えない。
花咲宅はカセットコンロで料理していたため、備蓄していたガスボンベも合わせ、調理は可能。
うん、とりあえず最悪の状況ではないな。
という事が分かり、少し安心しました。
窓から外の様子を見ると、信号のない状況なのに車が忙しなく走っています。
徒歩や自転車でも、みんな一つの方向に向かっていました。
花咲宅は、道路一本挟んだすぐに大きなスーパーがあり、そこに行っているようでしたね。
そこから崩れていた本を少し整理しながら、外へ出る準備を整えます。
食料がない訳ではないにしても、調達できるなら、その方がいいですものね。
というより、電気で動くレジが使えない状態で、どうやってお店を運営しているのか興味があり向かった部分が強かったのです。
その時、時間はお昼すぎ。
サイフの中身を確かめると、数千円しか入っていないことが分かりました。
おっと……。
ATMが使えない状況だと、現金が少ないことは弱点になってしまうのだと分かりました。もちろん、電気が使えないなら、クレカも使えないでしょうし……。
それでも、少しは買えるだろうと家を出ます。
ドアに鍵を閉めて、マンションから出ようとしてすぐに気づきます。
エレベーターが動いてねぇ……。
テンションが下がりました。
ちょっと外へ出る気が失せたほどです。
マンションは階段が外にあって、住み始めてから初めて利用した気がします。
上下の移動だけで、普段ひたすら座って仕事をしている花咲は体力が奪われてしまいました。
スーパーに向かうと、そこには信じられない光景が。
まず、道路が超絶な危険状態だったからです。
交差点は、死の匂いがします。
なにせ信号が消えています。
交差する道路の幅は同じくらい。どちらを優先するとかは、ないようです。
つまり、周りを確認しながら「今なら行ける!」と思った時に進まないといけないのです。
割と大きな道路だったので、車が途切れることは少ない。
そもそも車も交差しながら、タイミングを見て曲がったり進んだり。
信号による制御がないため、常に車は進んでくる。通行人が渡れるチャンスは、中々に少なったですね。
よく事故が起こらなかったものです。
(後で話を聞くと、地震では無事だったのに、やはり信号のない交差点での事故で怪我をする人が、ちらほら居たようでした)
道路の状況を見ながら、えいやっと渡ると、目の前にはスーパーが。
そこでも、花咲はゲンナリしてしまいます。
スーパーは中に入る人を限定していました。
大型スーパーの周りをぐるりと囲むように、長蛇の列が伸びていたのです。列の最後が一目でどこか分からなかったくらい。
レジが使えないという状況は当たっていたようで、出入り口を一つに限定させて、そこで会計を手作業で行っているようでした。
1人が会計を済ませたら、1人入店させる。
そんな方式で、客の出入りを管理しているようでした。
まず、ここで心が挫けます。
列に並び、店に入るだけでも、少なく見積もって2時間~3時間はかかるのでは? と推測できるほど長い行列と、入店システムだったからです。
そこから、物を選び、買うにしても……どうやら何かの制限があるらしく、あまり物を買えている様子はない。会計を済ませて出てくる客を見て、そんな判断を下します。
あまりにも、効率が悪い。
スーパーでの買い物は諦め、近所のコンビニを回る作戦に変更します。
しかしそこでも困難が(考えてみれば当たり前なのですが)
閉まっているコンビニと、かろうじて開いているコンビニに分かれているようでした。
(この場でコンビニ比較をしたい訳ではないので、詳細は省きます)
しかし、北海道が誇るコンビニ、セイコーマートは独自の電力源?か、レジの操作を手作業で行えるものだったらしく、店が閉まっていることはないようでしたね。
まず、店内は人で満杯でした。
中に入ってみても、自由に動き回れる状態ではなく、まず列に並ぶ必要があるようです。
そして、レジに向かう中で、棚から商品を選んでいく、というシステムみたいで。
しかし、残っている商品を見てみても……
見事に辛いカップラーメンや、異様に喉が渇く系のものしか残っていなさそう。
並んでいる人を見ると、飲み物などや、喉が渇く系のものだけらしく、花咲はそこで出遅れてしまったことにようやく気付いたのです。
地震から12時間も経っていないはずなのに、店から商品がほとんど消えていたのですね。
電気が消えているので、自販機も動いていません。
車を持っていない花咲は、あまり遠出することも出来ず、近所を回ってお店を探すくらいしか選択肢がなく、すごすごと何も買わずに自宅へ戻ったのでした。
あんまり悲壮感はなく、むしろ災害時にお店がどうなるのか、人がどう動くのかを見られて、知的好奇心が満たされた思いでした。
自宅に戻って、まず感じたのは「やる事がない」でした。
電気がないのでゲームが出来ない。
ノートPCがあったのですが、ネットには繋がらない。
暇ならスーパーに並べばいいのに、と思われる方もいるでしょうが、炎天下の中に数時間も待って獲得できるものは微量、という状況なら、空腹に耐えた方がマシかな、と考えるくらいには、花咲は我慢強くありませんでした。
だから、本を片付けながら、本を読んだりしていました。
ノートPCを起動させてスマホを充電しながら、ただ暇をつぶしていたのです。
(市役所とか、北大では時間帯限定で充電可能だったようです)
明かりが使えないという事は、夕方以降は部屋が暗くなるという事でした。
だからこそ、暇潰しも昼間でしか出来ません。久しぶりに読む小説に涙したりしながらも、花咲は一つの欲望で頭がいっぱいになってしまいます。
シャワーを浴びたかったのです……!
本棚が壊れたり、本を片したり、炎天下の外を歩いている内に掻いた汗と、体に付着した埃を洗い流したかった。
普段は毎日、朝シャンする花咲が最後に体を洗ったのは水曜の朝。地震が起きたのは木曜の早朝より前。30時間以上シャワー浴びていない状況で、体の痒みを一度意識してしまうと、もうそれに囚われてしまいました。
お腹も減って来ました。
昨日の夕食を食べてから、実はここまで食べていません。
しかし家にあるのはインスタントラーメンとモチのみ。
具としてモチを入れてみて、他の具がない素のラーメンをすすります。
しかし、その行為によって、より汗を掻く……。
夕方になり、暗くなってきたところで、ベッドに入ります。
暗闇の中では暇つぶし方法が見つけられず、サイリウムを振ってみるくらいしかやる事がなかったのです。
しかし、そう長く眠り続けてはいられない。
深夜に起きてしまい、ある事に気付きます。
ソーシャルゲームアプリの、ログインボーナスを逃してならないと――
毎日、一度は起動させるのですが、この状況でゲームの為に貴重なスマホの電池残量を使っていいものか。
……迷いましたが、一瞬、一瞬だけ! という判断で、ログボを受け取っていきます。
しかし、ここで悲劇が……!!
とあるゲームで、アップデートが入ってしまったのです。
しかも、Wi-Fi環境でしかアップデートできないと拒否。焦る花咲。
全道が停電している中、Wi-Fiが機能している訳もなく……このままじゃログボが途切れてしまう!
地震での被害の中、ログボを受け取れない事を危惧するという、なんとも不謹慎であり悲しきオタクの思考を自覚し、ふて寝しました。
翌日、金曜日。
まだ停電は続いています。
しかし、どうしてか近辺で停電が復旧している地区が出ている模様。ここらで、ちらほらと文明が復活してきたのですね。
家の前にある大型スーパーがある区域も、電気が付いていました。
道路一本挟んだだけなのに、なぜ!?
それは、重要施設が区域内にあるかどうか、という基準のようでした。
病院、警察、消防署、そんな施設が区域内にあると、おこぼれで近くの民家も電気が復旧しているようです。
く、これが、格差か……!
道路一本挟んでの、格差社会を味わったのです。
持たざる者の悲哀は、8階の窓から外を眺めることでしか発散できません。
O君や、プログラマーK君の地域も電気が回復しているようで、近くに民家しかない花咲宅はお昼過ぎになっても停電が続いています。
そのとき、15時くらい。
暇つぶしに本を読むのも、もう限界です。
だって体が痒いんです。
48時間以上も体を洗えないと、もはや気を紛らわそうとベッドで横になっても眠れないほど体が痒く、もう我慢が出来ない! とたまらず外へ飛び出します。
そう、K君の家のシャワーを貸してもらうお願いをしたのです。
格差社会の中にあっても、やはり頼れるのは友人ということか……。
しかし、タダで貸してもらうのも気がひける。
車を持つ同僚からもらった「白石区でパンを手に入れた、欲しいやつ挙手」という連絡にあやかり、パンをいただいたり、電気が復旧している地域を歩き、残っている自販機からジュースを購入したりしながら、K君宅へ。
お土産として渡したパンとジュースで祭りをしながら、シャワーを貸してもらい、体を清めます。
被害の状況確認や世間話で茶を濁したあと、K君にお礼を言って自宅へ向かいました。
時間は18時過ぎ。電車は動いていませんでしたが、駅近くのコンビニは電気が復旧していたらしく、少し並ぶくらいで買えるくらいに物資が整っていました。
ファミチキうめぇ!
そして、家に帰ると……電気が、復旧していました!
なんだ~、もうちょっと待てば家でシャワー浴びれたじゃん! と考えつつも、いつ復旧するかは予測がつかなかったので、K君にはやはり感謝しかありません。
そして、節電を意識しつつも、花咲の生活に電気という文明が戻って来たのです……。
夜でも明るいって、すごい。
そこから、札幌は日をまたぐ毎に物資が復活していきます。
こんなにガラガラのスーパーを見るのは、人生の中で何度あるのか。
最初はまず、野菜が一切ありませんでした。卵とか、保存が難しいものも。
あるのは、カップラーメンや、冷凍状態の魚や肉など。
それでも、少しは米があるようで、お惣菜の中にお寿司があったりと、なんだか普段はあんまり見ないコーナーまでじっくり回って買い物してみたり。
1週間もすれば、物流がかなり回復してきました。
スーパーには少ないながらに野菜もありましたし、商品の選択肢が増えています。
しかし、何故か納豆だけは補充されていませんでしたね。うーん、理由は分からず。
コンビニは、まだ割とガラガラで、日持ちしない弁当などはなかったようです。
2週間も経てば、もうほとんど普段の生活に戻れました。
しかし横になると、どこか体が揺れているような感覚があり、地震が起こっていないのに、なぜか体が強張ってしまいます。
あれほど大きな地震はそうないと思いたいのですが、本震から1週間は余震を警戒するべし、という事で、まだ安心できない状況が続いていました。
さすがにもう大丈夫だと思うので、少し落ち着いてきた中で、このエッセイを書いています。
地震が起こってから電気が復活するまでが、強く記憶に残っています。
あんまり活動的ではありませんでしたが、それでも震災の中で人間がどう動くのか、というものを少しは垣間見られたようで、この経験を糧に出来ればいいのですが。
この地震の中で一番、勉強になったのは――
「人間は電気に依存している」という事です。
生活のほとんどが電気と連動していて、それが止まると、何も出来なくなる。
太陽が昇っている間しか活動できないというのは、生物として自然なはずなのに、どこか不自然な気がして不思議な気持ちになりますね。
それでも、家の前で保存のきかないものを集めバーベキューしていたり、電気がない中お店を開いて格安で食料を提供していたりと、そんな温かい光景も見られ、少しほっこりした場面もありました。
『北海道胆振東部地震』という震災の中で、あまりに悲壮感のない内容でしたが、こんな感じで過ごしていました、という報告になります。
長文の割に中身のない項目を読んでいただき、誠にありがとうございました。
追記
そういえば停電中、感嘆したことが一つ。
金曜日に届く予定になっていた荷物(郵便サイズ)が、予定通りに届いていたんです。
なんてガッツ……。電気が使えない中、多くの方が仕事を休んでいる(仕事にならないから)、そして食料を求めて街中をゾンビハザードのように右往左往していたというのに。
こんな状況でくらい、ちょっとは休んでいいんですぜ、○○運輸さん……だけど、ありがとうございます!!
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