第30話


(そうか……倉木君は気づいていたから あんな事を言っていたんだ、)



『ずっと、このまま2人でいられたら良いのにな。

 ずっと、この制度が終わらなきゃ良いのにな』


『この制度が終わったら、』



(終わったら、法律が戻って来る……

 あくまで制度期間中のみ罰せられないだけで、終わってしまえば犯罪者として捕まる……)



『元の生活に何か、戻れないんだよぉ!! クソォオォオ!! 俺の人生は滅茶苦茶だぁ!!』



(騙し討ちに遭った気分だ……

 それに、生き残ったからと言って、今まで通りの生活に戻れるわけじゃない……

 いいえ、そんなのは無理。

 こんな事を経験してしまった私達が、元通りに生きられる筈が無い……)


 否、

政策期間中は、単にルールが無いだけの無法地帯であって、犯罪を擁護するものでは無い。

教師や大人の目が届かない生徒だけの自由時間を【学校】と言う領域内で過ごすだけの事。

黒板に落書きをしようが、テレビを見ようが、廊下を走ろうが、職員室を探検しようが、

夜更かしして語り明かそうが、どうぞ好きな事を好きなだけ、ご自由に。

こうゆう意味に捉える事も出来たのだ。

実際、齎された現実が凄惨な殺戮であったのは、そこに集められた人間の性質が故の結果に過ぎない。


 何にせよ、政策終了と共に全ては日常に戻り、法の下に曝される。

倉木は その単純な仕組みに気づいたのだ。

人を殺めてしまった その後に。


(結末を知っていたら、私達の選択は大きく変わっていただろう……)


 もはや、軌道修正は不可能。ゲームの様にリセットも出来ない。

ただでは済まされない、そんな予測に鈴子は腰を抜かす。



「私達は、どう、なるの……?」



 鈴子がポツリと呟くと、鳴神は手を差し出す。



「お前は何もしてない。ただ、逃げただけだ」



 ただ逃げる。それだけの3日間。

それでも、自分が罪を犯していないとは思えない程に、多くの残虐な場面に出くわしてしまった。誰の暴挙も止める事が出来なかった事、その罪悪感にも満たされる。


 鈴子は縋る様に鳴神の手を握る。


「それなら、鳴神君だって そうでしょう!? ただ、私を助けて、逃げてくれた!」

「どうだろうな……俺は器物損壊とか有りそうだから。前にも暴力事件 起こしてるし」

「そんなの……」

「別に良い」

「良く無いよっ、」

「帰ろう」

「!」


 帰る。

そんな簡単な選択が残されているのか分からない。

放送で言っていた『然るべき施設』と言う場所に、平穏な日常や両親が待っている確約も無い。

これまで繰り返されて来ただろう この制度が表沙汰になっていない所をみると、何らかの力が働いているのだろうとも思える。その制約を知るのが怖い。

それは鳴神も同じに違いない。だが、敢えて言うのだ。



「大丈夫、今のお前なら1人でも帰れる」


「鳴神君……」



 少なくとも、怯えて逃げ惑う校内サバイバルは終わったのだ。

これからは日常が鈴子を守るのだと、鳴神は信じたい。

握った掌から、そんな鳴神の思いを感じ取り、鈴子は深く頷く。


「―― もし、鳴神君が罪に問われる事があるなら、私も背負う。一緒に罪を償う」


「お前、」


「だから、2人で一緒に帰るの」


 鈴子は決して鳴神の手を離さないだろう。

強い意志を感じる鈴子の口調に、鳴神は表情を緩ませて一笑する。


「ああ、そうだな。鈴子、一緒に帰ろう」




*




 数あるモニターの中で、国家政府の賢哲達は1つのエリアを見つめて息をつく。


「……何とも、素晴らしい若者がいたではありませんか!」


 拍手喝采。


「ええ! まるでハリウッド映画を観るような、見事なエンディングでしたね!」

「たった3日間ではあったが、見応えがあった!」

「彼なんか、武器を1度も手にしませんでしたよ、これには驚きを隠せませんね」

「歴代を観ても、逃げるだけで この政策を生き延びたのは彼等くらいじゃないでしょうか?」

「ああ、前例に無い事だ」

「漸く、この制度が人の持つ勇敢さや正義感を発掘するに良い機能である事が証明されました」

「ならば一層、政策の精度を上げる必要がある」

「どうでしょう? 育てた両家の親御サンを表彰し、教育の手本にすると言うのは」

「うむ、名案だな。早速 準備をしよう」

「とは言え、器物損壊の件はどうしますか?」

「まぁ、……あの場合は仕方が無い。無暗な行為では無かった。見なかった事にしましょう」

「それくらいの寛容さは我々国家にも必要だろう」

「いやぁ、何にせよ、全く感動しましたよ。

 女子生徒を守る為に逃げ続ける、そんな若者の姿が今後も見られると良いのですがね」

「ええ、期待しましょう」

「期待しましょう」


「来年も」




*




 ピンポンパンポーン。



《選ばれし高校3年生の皆サン、お早う御座います》



《本日お集まりの皆サンは、

 担当教師、及び学校責任者・教育委員会による厳正なる審査により選ばれました。

 そして、国家政府の意向により、兼ねてより制定されていた制度が只今より執行されます》



《それでは、制度執行期間内、当校は校則を棄却します。一切の授業も行いません。

 お好きなように、思うが儘にお過ごしください。

 やりたい事を進んで、無制限におやりになってください。

 なに、心配はご無用です。

 制度終了までの期間、ルール以外の法律は決して介入しません。

 安心保障の無法地帯です》



《皆サンには、前年度に負けぬ素晴らしい活躍を期待しております》






Writing by Kimi Sakato

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大人の階段。 坂戸樹水 @Kimi-Sakato

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