第29話 経世済民
(それから私は、鳴神君と共に音楽室に戻った。けれど鳴神君は直ぐに気絶してしまって、
私は その間に食料をF組に取りに行ったり、保健室に行ったり。
夜の校内は本当に暗くて、誰かの啜り泣く声や、苦しげに唸る声も聞こえて、
本当なら怖い筈なのに、私は何も感じなかった)
「どうかしちゃったのかな、私も……」
(殺れるものなら殺ってみろ何て、そんな勇敢さがあったわけじゃなく、
揺らいでいてはいけない。そんな事では生き残れない。
そんな強い意思だけが心の中にあって、学校と言う世界が ちっぽけに思えて、
私はこんな小さな世界で、一体 何に怯えて生きていたのか解からなくなったんだ)
「社会の縮図……」
(目の前に広がる世界は、あくまで縮図。
社会はもっと広くて、見栄えだけは良い、中身は凄惨な大人の世界。
この程度の事で動じていたら、私は一生 負け犬のまま泣き続けなければならない。
そうゆう弱さで人を傷つけて、何一つ守れずに朽ちてしまう。
そうして終わるわけにはいかない。そう思ったんだ)
鈴子は窓から差し込む朝の陽射しに目を擦る。
「私達は、生きている……」
3日目で感じる、命の重さ。
この小さな呟きに、鳴神の瞼がピクリと動く。目が覚めた様だ。
「ぅぅ、、……朝、か……? 俺、死んだのか……?」
「ううん。眠ってただけだよ。おはよう、鳴神君」
いつの間に眠ってしまったのか、鳴神に記憶は無い。
体を起こせば、鈴子の膝枕で一晩を寝通した事にバツを悪くする。
「ゎ、悪い、、」
「平気。ちゃんと眠れた?」
「ぁ、ああ……お前は?」
「うん、眠れた」
腕に巻かれた包帯は新しい物に変わっている。
眠っている間に鈴子が取り替えたのだろう。
更には、机上に2人分の食料があるから、鳴神は驚きを隠せない。
「お前、どうやって……?」
「夜は怖くなかったよ。誰も出て来なかったから」
鳴神と倉木が起こした騒動に、誰もが戦々恐々。
空腹にスタミナを残す者も無く、校内の何処かに怯え潜んで過ごした事もあり、
鈴子1人でも無事に物資を確保できたのだ。
最も、倉木が教室に隠していた食料の2人分を持ち出したに過ぎないが。
「暗いの、怖がってたクセに」
「うん。でも、鳴神君がいるから。そう思ったら全然 怖くなかったよ」
「そっか、、」
鈴子に差し出されたカンパンを受け取ると一齧り。
「久し振りに食ったような気がする」
「やっぱり……鳴神君、自分は食べないで全部 私にくれたでしょう?」
「……別に、」
「ありがとう、守ってくれて。本当にありがとう」
「ぁぁ、」
改まって礼を言われると照れ臭い。鳴神は戸惑いを誤魔化す様に、音楽室の中を見回す。
校内の何処からも喧騒は聞こえて来ない。
このまま静かに時が過ぎれば良い、そう願いながら、鳴神は呟く。
「後、どれくらい続くんだろうな……?」
「ぅん、」
鳴神の問いに、鈴子の笑みが苦笑に変わる。
夏休み中には、この訳の解からない制度が終了するだろう見立てはあるも、心身ともに草臥れた2人が今日を無事に乗り切れるかどうか分からない。
今は静まった校内に、又いつ騒ぎ出す者が現れるか、精神の耐久力が問題にもなりそうだ。
ある種の諦観に2人が俯くと同時、プツ……っと、スピーカーの電源が入る。
《選ばれし高校3年生の皆サン、お早う御座います》
「「!?」」
まさかの校内放送。
鈴子は鳴神に身を寄せてスピーカーを見上げる。
きっと生き残った生徒等も、この声に耳を向けているだろう、
それを確かめるかの様に充分な間を置いて放送は続く。
《お知らせします。
3日目の本日、この時間を以って、【大人の階段政策】を終了いたします》
【大人の階段政策】。これが、実施されていた政策の名だと初めて知る。
「大人の、階段、政策……終、了……?」
狂った時間が終わる。だが、俄かに信じ難い。
たった3日間とは言え、極限状態に追い込まれた精神が、そう簡単に緩和されはしない。
2人は顔を見合わせて困惑の表情を浮かべる。
(解放されても、失われたものは戻らない……)
校内には そこかしこに暴動の跡が残り、生徒達の死体が無造作に転がっている。
傷つけ合い、殺し合いをした事実を前に、何も無かった様に日常に戻る事なぞ出来そうに無い。
そんな不安に応える様に、スピーカーは鳴る。
《政策終了後、当校は本来の校風に戻り、校則・法律を重視します。
安心保障の律法地帯です。
それではこれより、警察・機動隊・救急隊による校内巡察を開始します》
今更になって法律や警察隊だのが介入すると言うから、鈴子は鳴神の制服をギュッと掴む。
「こ、これって どうゆう意味?」
「校則と法律が戻って来た以上、ここはそうゆう目で見られるって意味じゃねぇのか?」
歴史上にしろ、戦争で如何に英雄と崇められる功績を残そうと、平和が訪れれば戦犯として裁かれる。日常を取り戻すと言う事は、日常の視点で全てが判断されると言う事だ。
《国家政府の意向により逮捕状が申請されている生徒は警察隊の指示に従いましょう。
抵抗した場合、厳罰に処する事もありますので、ご注意ください。
救護が必要な生徒は救急隊の指示に従いましょう。
それ以外の生徒は昇降口前に停車されているバスに乗りましょう。
然るべき施設にて、アフターケアを受けて頂きます》
アフターケアとは何なのか、頭の中はスッカリ飽和状態の鈴子は、ここで漸く倉木の言葉を理解する。
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