第28話

 鳴神の戦意が反れた所で、倉木は腕を払い退ける。

額を押さえてヨロける鳴神は遂に観念したか、もう好い加減、意識を繋いでおく事にも限界だ。

倉木は咳き込みながらも立ち上がり、鳴神が動けないでいる事を確認すると容赦なく包帯が巻かれた腕を踏み付ける。



 ガツッ!!



「うあぁッ、、」

「どうしたよ、さっきの威勢は!? お前も好い加減 自覚したか!?」



 ガツッ!! ガツッ!! ガツッ!!



「くッッ、、ぅあッッ、、」

「人の事 言う前に、お前はお前のやり方が正しかったのか!? 答えてみろ!答えてみろ!!」

「ッッ、、」

「どうした!? 答えられないのか!?

 そうだろうよ、答えられる訳が無い! 最初っから答えなんか無かったんだからな!

 理由も無い暴力事件起こして、学校中に迷惑をかけて、こうなる前にだ!

 こうなってから こうなった俺とは違うじゃないか!

 お前は根っからの反乱分子じゃないか!

 そんな奴は、お前みたいな奴は、ここで死んだ方が良いんだ!

 そうじゃなきゃ、将来にもっと大きな犯罪を起こすんだよ! 沢山の人を傷つけるんだよ!

 死んだ方が良いんだよ、お前みたいな奴はぁ!!」


 未来の反乱分子。犯罪者予備軍。

職員室で見つけた黒いファイルを隅々まで目を通した倉木だからこそ、力強く主張できる。

学校に集められた生徒が、どう言った対象であるのかを。


 何せ、これ迄の人生をマジメに生きて来たと自負する倉木自身、この環境下に於いては武力行使を肯定している。

仕方の無い事であって、そう余儀なくされていると思って疑えないでいる。

結果的に そうゆう類いの人種だったのだと、素直に認めてしまえるのだ。


 包帯から滲む赤。

鳴神には既に反撃の余力も無く、痛みに表情を歪めるばかりだ。

鈴子は背を起こすも、倉木の狂気に頭を抱えて項垂れる。


(倉木君の言う通りなのかも知れない……

 私達は自由と言う言葉に踊らされて、自由には判断力と責任が伴う事を知らず、

 落ちる所まで落ちてしまった……

 自由は、『全てが許されると言う意味』では無かったのに……)



「―― の?」



(私達は本当の自由を手にする前に、

 自分自身が壊れる事を許してしまっただけだったんだ……)



「倉木君、こんな酷い事をするアナタには……大人になる資格があるの……?」


「!」



 鈴子から呟かれる疑問符に倉木の体はピタリ……と止まる。

そして、フラフラと後ずさり、まるで恐ろしいモノでも見るかのような目で鈴子を見下ろす。



「由利、今、何て……?」



 倉木の呼吸は深く、ゆっくりと乱れて行く。

鈴子は両拳を握り、顔色を失っていく倉木を真っ直ぐに見つめながら立ち上がる。

そして、意を決して言うのだ。


「そうやって、悪いものを排除しているつもり?

 だから……そうしている自分は【正義】になれる?」

「ゅ、由利……」

「どうしてこんな事になってしまったのか……

 本当に答えが欲しいのは、倉木君なんじゃないの……?」

「な、何を言ってるんだ……」

「私達は子供だけど……気づけない事ばかりで、まだ何の経験も積めてないけど……

 そんな事よりも前に、知っていなきゃいけない事がある。

 心や体は傷つけば痛いんだって……

 痛みや悲しみは、自分だけが感じるものじゃないんだって……

 だから、人を傷つけても許される理由なんて、何処にも無い!!」


(私達は知ろうとしなければいけない。もっと多くを、より多くを。

 そして、目を反らしたくなるような事でも、受け止める勇気を育てなくちゃならない。

 こんな世界に落とされなくても、

 後先を考えられる想像力を持たなくてはならなかったんだ……)


 選ぶものが凶器では無く、温もりある人の手であったなら結果は変わっていたに違いない。

ただ、そんな自然な判断力は、昨日今日で培われるものでも無いのだろう。

1日1日の地道な積み重ね。

日常と言う当たり前の空間を無駄にしてはならなかったのだ。


 鈴子の道破に、倉木は苦しげに顔を歪めて頭を振る。


「何て事だ……も、もう駄目だ……由利が、そんな事を言う何て……」

「自分自身に無責任に生きるのは、もうやめる」

「ぁぁ……駄目だ、、駄目なんだ……正しくなけりゃならないんだ……

 ここで排除されない為には、間引かれない為には……」

「倉木君……?」

「違う、俺の知ってる由利じゃない……もう変わってしまった、皆と同じように……」

「倉木君、」


 変わったのは自分では無く、あくまで鈴子。

そう定義づける事で、倉木は自らの正当性を必死に言い聞かせている。

その猟奇性は痛ましいばかりだ。鈴子は愕然を隠せない。


(殺される……今度こそ、殺される……)


 倉木は転がった釘バットを拾い上げると、その柄を握り込む。

そして、恨みがましい目で鳴神を睨むのだ。


「コイツの所為だ……コイツが由利を穢したんだ……

 だから由利が変わってしまった……

 お前がいなけりゃ、由利は由利のままだったのに……

 無力でか弱い由利のままだったのに!!」

「やめて! 倉木君、こんな事はやめて、一緒に元の生活に、」

「元の生活に何か戻れないんだよぉ!! クソォオォオ!! 俺の人生は滅茶苦茶だぁ!!」


 倉木の人格は既に破綻している。

現実逃避を繰り返す、虚像を映すばかりだ。

怒りと悲しみに涙を流しながら、倉木は迷い無く釘バットを振り上げる。



「お前なんか、死ねば良いんだぁあぁあぁ!!」


「やめてぇえぇえぇえぇ!!」



 鈴子は駆け出し、鳴神に覆い被さる。



 ガツン!!



 鈍い殴打音。



 ……

 ……



 1度、鈍い音が響くも次には静まり返るから、即死したのでは無いかと錯覚する。

鈴子と鳴神は目を細め、恐る恐る瞻仰。

そこには、釘バットを振り上げたまま石像の様に固まった倉木の姿。

その目は視点が定まっていない様にも見える。



「ぁ……」



 鈴子の息が漏れる。

何と言って良いのか分からない。

それは鳴神も同様に、ただ倉木の背後を見つめる。


「ハ、ハハ、ハハハ、ァハハハ……

 ァ、アタシ、、た、助けて上げた……な、鳴神クンのコト……」


「笹井……」


 何処に潜んでいたのか、保健室前で別れたきりの笹井が これ迄どうしていたのか知れないが、この期に現れるとは思いもしない。

笹井の手には遠野達が持っていた物だろう金属バット。

その凶器で倉木の後頭部を一撃した笹井は、顔面蒼白のまま誇らしげに言う。


「な、鳴神クン、ぃ、一緒に逃げよ……?

 ァ、アタシのコト、守ってくれるんだもんね……そう言ってくれたもんね……

 由利なんかより、アタシの方が鳴神クンに相応しいよ……

 だって、アタシのコト、ブスじゃないって……そう言ってくれたし、、

 だからアタシ、鳴神クンの為に……鳴神クンの為に……」


 倉木は唸る事もせずにドサリと倒れる。

生きているのか死んでいるのかは分からない。

笹井は手から金属バットを落とすと、クスクスと笑いながら壁に凭れて座り込む。


「もぉ大丈夫……これで鳴神クンがアタシを守ってくれる……

 あぁ良かったぁ、アタシ、鳴神クンと一緒に生きて学校を卒業できる……

 フフフ、フフフ……」


 笹井の目は宙を泳ぐばかりで鳴神を見る事も無い。

倉木を殴った瞬間に、気が狂れてしまったのだろう。

暗がりの静かな空間には笹井の笑い声ばかりが染み渡る。



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