第27話

「俺みたいなバカが暴れたら、誰かを傷つけるだけで、誰も幸せに出来ねぇだろ……」


 鳴神の言葉に鈴子は息を飲む。胸が締め付けられる。


(善悪は勿論、色々な人がいる。

 1番大切なのは、自分自身を見つめて正す事……人を思いやる心を忘れずにいる事……)


「良かった、鳴神君で……」

「……」

「一緒に、前を向いて逃げようね、」

「ぁぁ」


 前を向いて。理不尽に屈する事無く。

鈴子の力強い言葉に、鳴神は頷く。



 ゴぉン、ゴぉン、ゴぉン、



 暗い廊下に響くのは金属の鳴る音。

2人の前途を祝福している訳では無いだろう その怪しい響きに、自然と息を飲まされる。


(倉木君だ……)


 いつ迄もカーテンに包まっている筈も無い。

脱出し、鈴子を探し歩いているに違いない。

行き止まりの踊り場に留まっていては、今度こそ逃げ切れないだろう。

鳴神は耳を欹て、音とは反対方向に鈴子を誘導する。


  

(ずっとこうして移動し続ければ、倉木君から逃げられるだろうか?)



 ゴぉン、ゴぉン、……ゴぉン、

 ゴぉン、……ゴぉン、……ゴぉン、



 暫く走った所で、鳴神の足が止まる。


「鳴神君、どうしたの?」

「―― 変だ」

「?」

「音」

「……」



 ゴぉン、……ゴぉン、……ゴぉン、



 鈴子は静かに息を飲む。

窓の外を見やれば、木々が風にざわめいている。


(リズム……まさか、この音……)


 音のする方とは逆に逃げて来たにも関わらず、倉木が廊下の先に現れる。



「まさか、こんなにアッサリ引っかかるなんて……

 金属バット、ベランダに吊るして正解だった」



 風に煽られたバットがベランダの手摺りに ぶつかって音を立ていただけの事。

その音を聞けば、真逆の方向に鈴子が逃げて来るだろう倉木の画策。


「保健室に寄ったらドアが壊れてたから、由利を盗んだのはキミだと思ったよ」

「……」

「由利、そいつは暴力事件起こすような奴なんだ。危ないから戻って来い」

「……ぃ、ぃゃ、、」

「さっき殴ったのを怒ってるんだろ? 本当に反省してるよ、ごめん。

 戻って来てくれたら、ちゃんと由利の考えも尊重する。

 食料も皆で分ける。仲良くする。勿論、鳴神とも」

「倉木君……」

「何て言っても、どうせ誰も信じやしないんだろうけど」

「!?」


 一刀両断に言い捨て、倉木は2人に向かって全力疾走。

鈴子と鳴神は慌てて踵を返す。


「逃げるぞ!!」

「うん!!」


 バタバタと廊下を走る けたたましい足音。

校内に潜む生徒達の耳にも届いているだろうが、誰1人顔を出す者はいない。

何処に逃げれば良いのか分からないが、足を迷わせている暇も無い。


(ただ走るだけで倉木君の足に敵うわけが無い、、追いつかれる!!)


 倉木の手が伸びる。



「いやぁあぁ!!」



 恐怖に悲鳴が漏れると同時、倉木の手が鈴子の三つ編みを掴み取る。



 グッッ!!



 鈴子が足を滑らせ、背中から倒れれば、鳴神は立ち止まって向き直る。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、」


 3人揃って呼吸を荒げ、鳴神と倉木は一触即発の睨み合い。

鈴子は起き上がれずに2人を見上げる。


「な、鳴神君、逃げてっ、」

「どうしたらそうなるんだよっ、、一緒に逃げようって言ったの、お前だろぉがッ、」


 ここまで来て後には引けない。

鈴子を逃がす為には遅かれ早かれ倉木とは対峙しなくてはならないのだ。

然し、倉木は2人の会話に声を震わせる。


「な、何だって……? 何だよ、それ、そんなの、聞いてないぞ……

 何でお前が由利と そんな約束してるんだよ!? 相手が違うだろう!?

 ふざけんな、、ふざけんなぁ!!」


 倉木は感情の儘に釘バットを振り上げ、鳴神に殴りかかる。



「鳴神君!!」



 釘バットの先端が鳴神の額を掠る。


「ッッ!!」


 ビッ!! と額が切れ、血が巻き上がるも、鳴神は引かずに倉木の手を掴む。

釘バットを間に力ばかりの押し合い。然し、鳴神はエネルギー切れの状態だ。

釘バットが首筋にまで迫れば、鈴子は立ち上がって倉木の腕に掴みかかる。


「やめてぇ!!」

「ッッ、、放せよ、由利!!」


 倉木は鳴神への力を緩めると、鈴子を乱暴に振り払う。

鈴子はドン!! と勢い良く壁に背中を打ち付け、目を回して崩れ落ちる。


「ゅ、由利っ、」


 鈴子を傷つけたい訳では無い倉木は狼狽。

直ぐさま駆け寄ろうとしたその隙に、鳴神は背後から倉木の首に腕を回して締め付ける。


「うッ、ぅぅ!!」


 完璧に決まったスリッパーホールド。

倉木は両膝を突き、釘バットを手放すと、鳴神の腕をバシバシと叩いて踠く。


「はな、、せッ、ぅぅッ、」

「そうはいくかよッ、この変態ストーカーが!

 好い加減、気づけ! お前のやり方は間違ってるって!」

「ぉ、、お前なんかに、、言われたくないッ、、お前だって、お前だって……ッッ、」

「俺の事はどうでも良い!

 今後、アイツに近づかないって約束しろ! でなけりゃ解放しない!」


 このまま首を絞め続ければ倉木は絶命してしまうだろう。

然し、これは鳴神のギリギリの賭けだ。

倉木の様な手合いを諦めさせるには、徹底的な敗北を味あわせる他無い。

然し、そんな策略を虚しいとも思うのか、倉木は息切れ切れにも鼻で嗤い飛ばすのだ。



「ハ、ハハッ……ぉ、お前だって、俺と同じじゃないかッ、、だから ここにいる!!」


「!」



 倉木と鳴神は同じ。

そう指摘された途端に、鳴神の力は躊躇われる様に緩んでしまう。


 鳴神の脳裏に蘇えるのは、暴力事件を起こした当時の事。

ただただ闇雲に暴れ、敵を撃破する為に暴力の限りを尽くした自分自身。



『何で上級生を殴ったんだい?』

『……』

『噂では、キミが交際していた女子生徒が彼らに乱暴されたとか……

 然し、その子に話を聞いても、そんな事実は無いと言うし……』

『……』

『証言が出ない以上、キミが一方的だったと、そうなるけど、良いね?』

『……はい』



 事の発端を語るつもりは端から無かった鳴神にとって、全ての責任を押し付けられた事は どうでも良い。

そうした暴挙を揮った所で気持ちが晴れるでも無く、残されたのは孤独と虚無ばかりであったから、胸のド真ん中にはポッカリと穴が空いてしまったのだ。

挙げ句、人生の再出発として両親が新たな環境を与えてくれても、結果は このザマ。

何一つ変わっていない自分自身には辟易してしまう。

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