第26話
教室の蛍光灯を背後に覗き込む廊下は、日没も併せて随分と暗い。
警戒を失わずに顔を出すと同時、倉木は肩をわし掴まれ、廊下に引っ張り出される。
グイ!!
「ぅわっ、、」
つんのめる勢いで廊下に飛び出せば、今度は足元を払われ、倉木は そのまま転倒。
転んだ拍子に釘バットを手放してしまう。
ドサ!!
カランカラン……
慌てて体勢を立て直そうとしようも、次には何処かから剥ぎ取られただろうカーテンが、頭上から降って来る。
バサぁ……!!
「うわぁ!」
身動きだけで無く視界も奪われては、倉木の凶暴性を以ってしても太刀打ち出来まい。
転がってカーテンからの脱出を試みようと、今度はベリベリとガムテープが引かれる。
逃れる間も無く、カーテンと共にグルグル巻き。
「くッ、そォ!! 誰だ!! クソ!! 由利、由利ぃいぃいぃ!!」
死に物狂いで叫ぶ倉木を跨ぎ、教室に飛び込むのは鳴神だ。
「な、」
何も見ていない倉木に襲撃者の正体は知れない。
鳴神の名を呼ぼうとした所で、鈴子は声を飲み込む。
鳴神は乱闘に呼吸を乱しながらも鈴子に駆け寄り、両手足を縛る枷を解くと腕を引く。
「行くぞ」
「うん、」
カーテン巻きにされた倉木を1度は視界に入れるも、鈴子は振り払う様に目を反らし、鳴神と共に走る。
「た、助けに、来てくれたのっ?」
「そう見えなきゃ可笑しいッ、」
「ぁ、ありがと、ありがとう、ぅぅぅ、、」
「だから泣くなってッ、」
「ご、ごめんなさい、面倒臭くて……」
「ついでにドン臭い!」
「ぅ、うん、、ごめんなさい……でも、ありがとう、本当に、本当に、」
「俺で良かったろ?」
「……うん!」
薄暗い廊下に差し込むのは、外灯の仄かな明かり。
走るリズムに合わせて鈴子の目から零れる涙がキラキラと光る。
鳴神に引かれる手が温かい。
然し、向かう先は無い。
闇雲に走るばかりの2人は人気を避ける様に階段を駆け上がる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」
「本当、逃げも隠れも出来ねぇッ、ハァハァ、」
屋上手前の狭い階段の踊り場で足を止める。
一時的に身を隠すには良いが、袋の鼠でもある。
最も、この校内に隠れ家は無い。今は呼吸を静め、体勢を立て直す時間が欲しい。
鳴神は額を抱えて蹲る。
「鳴神君、どうしたの? 具合悪いのっ?」
「ハァ、ハァ……ただの、貧血……ハァ、ハァ、、」
血圧が下がって行くのが分かる。目を開けているのもやっとな状態。
鈴子は改めて鳴神を見やるなり、息を飲む。
「な、鳴神君、、コレ、血……怪我、したの……?」
「ぁぁ、少しな、」
「うッ、、うぅぅッ、、ごめんなさい……私、助けて貰うばかりでっ、、」
「別に良い、頼まれてねぇから」
「そんな事、言わないで……うぅうぅ、、」
鈴子は必死に鳴神の背を摩る。
これで貧血や痛みが軽減されるとは思えないが、そうせずにはいられない。
(制度がいつ終わるか分からない……)
《本日お集まりの皆サンは、
担当教師、及び学校責任者・教育委員会による厳正なる審査により選ばれました》
(私達は選ばれた……)
『大人になるには それ相応の資質が必要です。
資質が伴わなければ排除される。大人社会とは大変厳しい世界であって、
大人の階段とは、それはそれは険しい道のりなのです』
(大人になるには相応しくない……きっと、そういう理由で。
大人の判断で、将来 問題を起こすだろう要素の生徒が集められた)
『ですから、くれぐれも出る杭にはならないよう、努めてください』
(バカバカしい……初めはそう思ったけれど、大人の目は節穴じゃなかった……)
締め付けの変化に、選ばれた若者達は見事に思考回路を麻痺させ、暴挙は留まる所を知らない。ただ制度が終了するのを待つ事さえ出来れば、こんな事にはならなかったにも関わらず。
(大人になったら、自分で判断できなきゃいけない。
仕事を選んで、苦手な人とも それなりに接して、時間を上手く調節して、
そうでなきゃ生きていけない。生きる為にお金を得なくてはならないから。
それさえ出来れば あとは自由……)
《お好きなように、思うが儘にお過ごしください。
やりたい事を進んで、無制限におやりになってください》
(そう。自由なんだ。得た自由をどう使うかは自分次第。
私達が【出る杭】であるのかを大人が判断する為に、私達は少し早く自由を与えられた。
制約の無い時間を私達がどう過ごすのか、それを公然の中で見る為に。
そして、抑制が利かずに殺しあってしまった……)
子供達は何れ大人になる。
大人になる頃には多くの知識を得ているだろう。
その知識を善良に扱えるのか、その資質を今の内に判断したい。
大人として獲得した時間と金銭の使い道。
それを邪な感情の成就に使う者もいる。それ故の犯罪増加。
大人としての権利を与える前の線引きを、国を治める賢者達は必要としている。
正しい者が安全に住まえる国家を作る為、この政策を秩序の1つとしたのだ。
(否定できない。でも、こんなのは余りにも酷い……)
混乱が起こる事も人が死ぬ事も予め想定されていただろうに、
犠牲となった者の中には大人達の判断ミスによって招集された平凡な18才もいた筈だ。
半面、本来の【出る杭】は何事も知らずに夏休みを謳歌している事も忘れてはならない。
鈴子は顔色の悪い鳴神を見やる。
「鳴神君は、どうして武器を持たないの……?」
身を守る為に誰もが凶器を手にする中、鳴神は隠れる一方。逃げる一方。
噂にある暴力事件を起こす生徒には とても思えない。
そんな鈴子の問いに、鳴神は重い溜息を付く。
「……お前は?」
「ゎ、私? 私は……こ、怖いから…・・」
「俺もだ」
「……」
「意外って? ……そうかもな。
でも、そんなモン持ったら今度こそ、人……殺しちまうかも知れねぇ」
感情の儘に暴走した結果、引き寄せた現実は余りにも世知辛い事を鳴神は知っている。
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