第25話 常在戦場
陽は傾き、校内を暗く染めて行く。
遠野の手から逃れられるも、倉木によって3年F組の教室に連れ込まれた鈴子の手足はカーテンの紐で固く縛られている。
教室に加瀬の死体は見当たらない。
倉木が言った通り、ベランダの外に投げ捨てられたのだろう。
「……何を、読んでいるの?」
言葉無く、物思いに耽って過ごしていた倉木は手元に広げていたファイルから顔を挙げ、鈴子に苦笑を向ける。
「昨日、職員室に立ち寄った時に面白い物を見つけたのを思い出してさ、持ち出したんだ」
「面白い物……?」
「うん」
倉木が職員室を訪れたのは、初日にハンターゲームが開催された直後の事だ。
増山が階段から落ちて死に、川野が女子生徒等に暴行を受けて死に、様々な暴動から身隠れする中、倉木は職員室で1冊の黒いファイルを見つけたのだ。
中に何が書かれていたかと言えば、
【由利鈴子:イジメ被害者。自殺による社会不安を煽る危険性あり】
【倉木慶太:強い自己顕示欲によって社会の輪を乱す反乱性あり】
この無秩序な政策の対象者名が綴られた名簿だ。
これを目にした時のショックは倉木本人も言外であったから、内容を口にするのは憚れる。
ファイルを閉ざし、鈴子の顔色を窺う。
「由利、目ぇ真っ赤だ。
沢山イジメられたんだね、可哀想に……今、顔を拭いて上げるから」
掃除用具入れにあったバケツには、水が汲まれた状態で置いてある。
置き水の準備も怠らないから、倉木は冷静で賢い男だ。
倉木はそこでハンカチを濡らすと、鈴子の顔を拭いてやる。
「く、倉木君、コレ、解いて……」
「駄目だよ。手足を縛っておかないと、由利は直ぐ逃げようとするから」
何故 逃げようとするのかは考えられないのか、兎も角 倉木は鈴子を独占したい。
そうする事で今は平静を保っている様にも見える。
(頭が良くて、運動神経も良くて……そんな倉木君を好きな女子は沢山いた)
『アタシは倉木のコト、好きだったのにぃ!!』
(岡田サンも倉木君を好きだった……
私が倉木君をどう思っていたかは、自分でも良く解からないけど、
学校に行けば挨拶をしてくれて、喋ってくれて……それは純粋に嬉しくて……
それは単に、倉木君が良い人だからと思っていて、
だから、倉木君が私なんかに執着する理由が解からない。)
考え込んだ様子の鈴子を他所に、倉木は食料の包みを開ける。
「非常用の食べ物ばかりだけど、食べられないよりは良いだろ? はい、由利、口開けて」
「……、、」
「―― どうしたの? 何で泣くの?」
「こんなに沢山の食料、、どうして持っているの……?」
見た所、食料の包みは10個にもなるだろうか。
2日目が終わろうとする中、1人が抱えるには充分すぎる量だ。
「いつこの制度が終わるか分からないから。沢山あった方が良いだろ?」
「食べられない人が出てしまう、」
「それはしょうがないよ」
「どうしてそんな事、優しい倉木君が……皆、倉木君を慕っていたのに……うぅぅ、、」
「―― 由利、こうなったら、こうするしか無いんだよ。
それにね、皆が俺を慕ってたのは、俺がテストで良い点を採るからで、
宿題 見せて上げるからで、面倒な事を押し付けられるからで、
こんな状況になったら そんなの関係ない。
影ではガリ勉って馬鹿にされてたのは知ってたし、
だから、こうゆう時は1番狙われやすいし、裏切られやすい」
「倉木君……」
「由利だけだよ。ちゃんと『ありがとう』って言ってくれたのは」
『由利、休んでた間のノート、コピーしといたから。中間テスト、頑張って』
『倉木君……ぁ、ありがとう……ありがとう、、』
「最初は先生に頼まれて仕方なく。でも、由利は何度も頭を下げたよね」
「……、」
「由利は純粋で誠実な子なんだと思ったよ。だから、俺が由利を守らなきゃって。
今まで出来なかったけど……でも、こうなってみて、初めてその勇気が湧いた。
由利を守る為なら何だってしようって」
「倉木君……」
「だから、食料だってあるだけ盗って来るよ。
どうせ皆、俺を怖がって出て来ないだろうから、殺す手間も省けるし」
「倉木君、」
「由利とこうして ゆっくり話したのって初めてだよな?
ああ、嬉しいな。ずっとこのまま2人でいられたら良いのにな。
ずっと、この制度が終わらなきゃ良いのにな」
「倉木君っ、」
鈴子は苦しげに声を上げる。
(辛かったの、私だけじゃなかった……
倉木君も笑顔の下で苦しんでいた。孤独だった……)
「食料、皆にも分けてあげてっ、、保健室のドアも開けて上げてっ、、
もう誰も殺さないで傷つけないで、制度が終わるのを皆で一緒に待って!」
「由利……」
「お願い、元の倉木君に戻って……」
「――」
鈴子の嘆願に、倉木は表情を無くしていく。
それはショックから来るものだろうか、ユラリ……と立ち上がり、バケツを持ち上げる。
ザバ!!
「!!」
鈴子はバケツの水を頭から被る。
エアコンの空冷も併せて、一気に体温が奪われる。
「頭冷やせよ、由利。俺を否定する何て、そんなの由利らしくない……」
悲し気な倉木の声。
鈴子は髪の先を伝って落ちる雫を目に、ゴクリと喉を鳴らす。
倉木の地雷を踏んだ事を遅ればせながらに理解した様だ。
「ひ、否定、してるわけじゃない……」
「してるじゃないか!―― 元の俺に戻る?
それって、何も出来ない俺に戻るって事だぞ!? そしたら由利を守れないじゃないか!!」
「そんな事ない! 倉木君は誠実な人で! だから、私にも優しく接してくれた!
そんな倉木君が人を傷つける何て、そんなの平気な筈が無い! 本当はすごく傷ついてる!」
「ぅ、うるさいっ、、」
「まだ間に合う! 倉木君なら出来る!
皆を纏めて、協力して、こんなバカげた制度を終わらせる事が出来る!」
「黙れ!!」
ガツン!!
「!!」
思い余ってバケツで鈴子の頭を殴りつけてしまえば、倉木は慌てて腰を折る。
「ぁ……ゅ、由利、ご、ごめん、大丈夫か!? ごめん、ごめん、、」
「ぅぅッ……、、」
「由利、良く考えてくれよ、この制度は終わらない方が良い。
この制度があったから、俺は由利と一緒にいられるし、守ってやれる。
俺はずっと、由利を守ってやれるんだ……」
「ち、が、ぅ……」
「違わないんだよ!! この制度が終わったらっ、」
ダン!!
「「!?」」
教室のドアが大きな音を立てる。
誰かが殴りつけたのだろうか、その1回きりで静まるから余計に驚愕させられる。
倉木はバケツから釘バットに持ち替え、腰を上げる。
「ゃ、やめて、倉木君!」
「大丈夫だよ、由利。絶対 守ってあげるから」
耳を澄ませて様子を窺う。
廊下は静まり返っている様だ。他所からの騒ぎも聞こえない。
倉木は一息をついてから静かにドアを開ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます