第24話

「泣いてないで、これ解いてくれ! 早く!」

「うぅッ、、それ解いたら、アタシに復讐するつもりでしょう!? アタシを殺すんでしょう!?」

「どうしてそうなるんだ……お前は ここから出たくねぇのか!?」

「出たいケド……出たって学校からは出られない……また誰かが襲って来る……

 もうお終いだぁ!! うわぁあぁあぁ、うぅぅ!!」

「そんな事はさせない! だから解け!」


 鳴神はドアを見やる。

倉木は鈴子を殺さない。然し、安全が約束された訳では無いのだ。

今の倉木がどんな暴挙を起こすかは想像も出来ない以上、早く助けに行かなければならない。


 笹井は泣き塞いでいた頭を挙げ、鼻を啜りながら鳴神を見つめる。


「ホ、ホントに……? アタシを守ってくれる……?」

「一緒に逃げてやるくらいの事は出来るってだけだ!」


 見ての通りのザマ。鳴神に人を守って逃げるだけの力は無い。

それでも、鳴神の言葉を信用せずにいられない笹井は、急いで拘束を解きにかかる。


「ァ、アタシ、何でもしますから、、ど、どうか助けてくださいっ、

 もう裏切りませんから、絶対、絶対!」


 笹井は藁にも縋る思いだ。

縄が解かれると、鳴神は颯爽と立ち上がる。

然し、立ちくらみ。ヨロヨロと机上に手を付く。


「ヤベ、力出ねぇ、」


 寝不足に空腹。

出血するは腹を殴られるはのダメージを合わせれば、実に頼りない鳴神だ。

然し、男手に頑張って貰わなければならないから、笹井は遠野が持っていた金属バットを拾い上げ、鳴神に差し出す。


「こ、これで!」

「そんな物騒なモン要らねぇよ……、」

「で、でも!」

「どけ、ドアぶち破るから離れてろ、」

「ぅ、ぅん、、」


 笹井は金属バットを抱き締めながら後ずさる。

鳴神はベッドから布団を剥ぎ取ると、盾の様に身構えて呼吸を整える。

椅子でドアを殴りつけると言う手もあるが、一転集中型の力で突破できる程 軟では無いだろう。ならば、体当たりで押し破るのが一手。

衝撃は布団に吸収して貰えれば有り難い。


「よし!」


 一声を上げてダッシュ。



 ダァアァン!!

 ガザザザザァ……!!



 大きな破壊音が校内に轟く。

音と衝撃に上も下も分からない儘、鳴神は廊下に倒れる。


「ッッ……イテッ、」

「な、鳴神クン、大丈夫!?」

「ぅぅ……ぁぁ、多分、」


 無事、保健室を脱出。

目を回しながらも、鳴神は頭を抱て立ち上がる。

自分が酷く重病人の様な気もするが、鈴子を助けに行く事が最優先事項。

壁に手を着きながら鳴神が歩き出せば、笹井はオロオロと戸惑いながらも後を付く。


「ど、何処 行くんです、か?」

「敬語、やめてくれ……」

「ゎ、分かった、けど、……ァ、アタシ、着いてってイイんだよねっ?」

「助けに行かなけりゃ、」

「だ、誰をっ?」

「アイツ、怖がってたから……」


 鈴子は倉木に怯え続けていた。

それを分かってながら倉木を呼び寄せたのだ、鈴子を助ける為とは言え申し訳なくも思う。

だからこそ見て捨てられないと言うのは勿論だが、それ以上に助けてやりたい思いが先行する。


「く、倉木クンとこっ? あの人、何か怖かったよっ? 危ないよ!」

「何処にいたって危ない……

 きっと、あの音 聞きつけた誰かが様子を見に ここに来るだろうしな、」

「えぇ!?」

「お前、何処か隠れろ。足が動く内に、」

「な、鳴神クンが守ってくれるんでしょ!? 一緒に逃げてくれるんでしょ!?」

「今、俺の方が足手纏いになってるって気づいてないのか?」

「!」


 武器も持たなければスタミナ切れの手負い。

まだ足を引き摺る笹井の方が前途は明るい。

然し、1人で逃げ隠れるのも恐ろしいのだ。

鳴神がいてくれれば、少なくとも孤独を紛らわせる事が出来る。


「ァ、アタシ、肩貸すから、、一旦 逃げよっ?

 由利サンは大丈夫だよ、だって、何かあったら倉木クンが守るよ、絶対、うん、絶対!」

「そうかも知れねぇけど……」

「でしょ!? だから、」


「どうせなら、俺が守りたい」


「……」


 笹井は立ち止まる。

そして、呆然自失で鳴神の背を見つめるのだ。



*



 3ヶ月前。


『先生、何でしょうか?』


 授業を終えた放課後、職員室に呼び出された倉木の面持ちは随分と訝しんでいる。

迎える担任教師は口調を苦くする。


『学級委員である倉木君に、たっての頼みがあってね?』

『はぁ、』

『前に由利サンの事を話したでしょ? 愈々、出席日数が足りなくなりそうなのよ』

『そうですか』

『倉木君に声かけを頼んでから由利サンも少しは出席してくれるようになったんだけどね、

 この分じゃ、新学期を迎えられるかどうか……

 クラス代表として、もう少し何とかして貰えないないかと思って』

『はぁ、』

『勿論、先生も自宅に連絡はしているし、家庭訪問もしているのよ?

 でも、このままだと退学になってしまうわ……それじゃ余りにも可哀想だし』

『はぁ』


 3学年に上がって暫くの事だ。

クラスの中でも一際 影の薄い女子生徒=由利鈴子が、登校拒否を繰り返す様になったのは。

雖も、その理由は追究する迄も無く、クラスメイトからの執拗なイジメによるものだと周知されている。


 最も、イジメの理由はハッキリしない。

ただ、おとなしさが災いしたと言う程度で、頻繁に泣きべそをかいている姿も見られた事から、そんな気の弱さを面白がられている様にも思う。

イジメの理由なぞ、実際は具体的では無いのかも知れない。


 倉木は表情を暗くする。


『先生、やっぱり……クラスの状態が今のままじゃ由利は来られないと思います』

『えぇ?』

『前にも相談しましたよね、由利が加瀬達にイジメられてるって』

『……』

『イジメをやめるように何度も注意したんですが、俺が言うんじゃ効果なくて……

 先生の方から注意して貰えませんか?』

『……』

『先生が手本となってくれれば、クラスの皆も見習って、』

『困るのよ、そうゆうのは』

『ぇ?』

『先生が直接 動くと言う事は、学校側がイジメの存在を認める事になってしまうの。

 そうなれば、学校全体の評価が下がってしまう。

 倉木君も含め、無関係な生徒の針路にも障る。それは嫌でしょう?』

『……、』

『大丈夫、学級委員のアナタが味方になって上げれば良いのよ。

 きっと由利サンも勇気を持って登校できるようになる筈だから』


 担任教師の言いたい事は理解できる。だが、納得するには至らない。

鈴子の受けているイジメは日を追う毎にエスカレートし、悲劇的な結果に発展しかねないと、

クラスメイト全員が危惧している所なのだ。

倉木は不快を堪えきれずに眉を顰める。


『勿論、自分に出来る事はしたいと思ってます。

 でも先生、在る事を無いように誤魔化すのは正しい事じゃないと、俺は思います』

『え?』

『現にイジメはあって、由利は学校に来られなくなってます。

 クラスの空気も最悪で、次は自分がイジメられるんじゃないかって怯えてる奴だっている。

 それなのに先生にそんな風に言われたら、俺達はっ、』



 ダン!



 担任の手が机上を叩く。


『先生が悪いの?』

『……ぇ?』

『由利サンに原因は無いの?』

『何、言って……』

『イジメがあると気づいていて止められないアナタ達は悪くないの?』

『!』


 担任の言葉に倉木は息を飲んで表情を固める。


『学校はね、人間関係も一緒に勉強する場所なのよ。

 アレコレ言うなら、まずは自分が行動をして示しなさい。

 口先だけで変化する程、世の中は単純ではないの。

 そんな事も解からないようじゃ、立派な大人にはなれないわよ?』


『――』




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