第23話

「解かったら返事しろ! 由利鈴子!!」

「!」

「由利鈴子!!」

「は、ぃ……」

「聞こえない!! 由利鈴子!!」

「は、はい!」

「由利鈴子!!」

「はい!!」


 何の真似か知れない、遠野達は2人の遣り取りに唖然。

その間抜け面を見上げ、鳴神は憫笑する。


「……ハァ、―― こんだけ騒げば、どっかで聞いてるかも知れねぇよな?」

「ぁあ?」

「お前らは知らねぇみてぇだから教えてやる。

 そいつには えらくブチ切れたストーカーが引っ付いてる。

 これ以上 泣かせたら、生きて ここから出られねぇかも知れねぇぞ? 多分、俺も」

「なに言ってっか全然 意味分かんねぇよ!!」


 遠野は鈴子の後頭部を掴み、その儘ベッドに押し付ける。


「ッッ!!」


 掛け布団に顔を埋める鈴子は、呼吸が出来ずに手足をバタつかせる。


(くる、苦しい!! 息が、息が、、)


 遠野は尚も体重をかける。


「ストーカーだか何だか知らねぇケド! ここにいなきゃ意味ねぇじゃん!

 いたって俺らがあらかたブッ殺してっし、生きてたって俺らが、」



 コンコンコン。



 このタイミングでドアのノックを聞かせるのは何者か、

まさか本当に鳴神の言うストーカーが やって来たとでも言うのか、

遠野達は静かに体を固める。



 コンコンコン。



「―― だ、誰も中に入れんじゃねぇぞ!……ぃ、いや! ブッ殺しちまえ!!」


 遠野の言葉に取り巻き達は固唾を飲んで頷き、1人がドア窓から廊下の様子を覗き見る。

その寸暇、



 ガシャーーン!!



 ドア窓から突っ込まれるのは金属バットの先端。

翼々 見やれば、何本もの釘が突き刺さり、見事な金属釘バットになっている。

それを認識する間も無く、取り巻きの顔面は突き倒される。


「ゥガッッ、、」

「だ、誰だテメェ! よくも、」


 ガラガラ! とドアを開け放てば、間髪入れずに釘バットが振り下ろされる。



 ドッッ!!



「ぅ、ぁあッ、、」


 反撃する間も無い。ゲホッ……と血を吐き出し、両膝から落ちる。

この瞬きの間に遠野の取り巻き2人は行動不能。

呆気に取られ、言葉無い遠野の腕の力が消えると、鈴子は空気を求めて顔を出す魚の様に頭を上げる。そして、ドアを振り返るのだ。



「―― く、倉木、君……」



 鳴神が言う所の鈴子のストーカー=倉木。最悪の期待が現実となった瞬間だ。

保健室の中に鈴子を見つけるなり、倉木は満面の笑みを浮かべる。



「由利、生きてたんだな! ずっと探してたんだ!」



 数日経っても倉木の爽やかさは相変わらずだから、却ってそれが異形に見える。

遠野は首を捻り続ける。


「ぁ、あ? 倉木って……えぇ? 倉木が何で……は?

 おま、……ガリ勉だったろ!? な、何やって、」


 普段の印象は、『大人しい勉強家』なのが倉木。

それが今は見る影も無いギャップに、遠野は混乱して右往左往。

然し、自分の印象なぞ、この期に及んでは どうでも良い事だ。

倉木は鈴子を見つけた喜びのまま保健室を邁進。

邪魔な障害物に当たる遠野を、まるで小バエでも手払うが如く簡単に釘バットで殴り払う。



 ガツッッ!!



「!!」


 何の助走も付けないで来られるから、かわす間も無い。

釘バットは遠野の頭部にめり込み、滝の様な流血を披露する。


「き、ゃあぁあぁあぁ!!」


 目の前で上がる血飛沫に鈴子は絶叫。

鈴子はベッドによじ登り、倉木との間合いを広げようとした所で腕を取られる。


「いや!!」

「由利、やっと会えたね! ずっと心配してたんだ! さぁ行こう! 教室に戻ろう!」

「いやぁ!! 放して!!」

「大丈夫だよ、加瀬の死体はベランダの外に放って置いたから。

 食料も沢山 集めておいた。当分 心配いらないよ」


 そう言って、鈴子を力任せにベッドから引き摺り下ろす。

鈴子が床に転がり落ちるも、倉木が その手を放す事は無い。

そして、机の脚に繋がれている鳴神を見つけて小首を傾げる。


「何だい、キミ。そんな所で何してるんだ?」

「!」


 倉木と目が合えば、鳴神は喉を鳴らす。

遠野と言う一難を退くには倉木の登場は有り難いが、味方が参上してくれた訳では無い。

少なくとも、鈴子を殺しはしないと言うだけの話。

一時凌ぎによって齎される危険に、鳴神が成す術も無い事に変わりは無い。


 鈴子は倉木を見上げる。


「こ、この人は、遠野君達から私を助けようとしてくれた!

 悪い人じゃない! 悪い人じゃないの!!」

「―― そう。だったら お礼を言わないと。どうもありがとう。それじゃぁ」

「……っ、」


 ゾッとさせられる。

弓形に細められる倉木の目に、鳴神は蛇に睨まれた蛙の様だ。

笹井も又、壁と一体化する様に張り付き、ギュッと目を瞑る事で現実逃避。

邪魔立てしなければ排除の対象にはならないのか、倉木は鈴子を引き摺って保健室を出て行く。


 そして、2人が出たと同時にカタン……とドアが鳴る。

この音に、鳴神は息を飲んで我に返り、笹井を見やる。


「笹井! ドア! ドアだ!!」

「!?」


 鳴神が何を言いたいでいるのか分からないが、笹井は慌ててドアに飛びつく。


「な、何で!? 鍵、開いてるのに、、何で!?」


 何かがつかぼうになってドアの開閉を妨げている。

ほんの僅かな隙間を見せるだけで、それ以上に開く事は無い。

倉木は周到にも、取り巻きが使っていたバットを番えにしてドアを封鎖して行ったのだ。

殺さないにしろ、鈴子以外は必要が無い倉木の徹底性。


「アイツ、ドアを封鎖して行きやがった……」

「えぇ!? じゃぁ、ここから出られないの? そ、そんな……そんなぁ!!」


 笹井はフラフラと後ずさり、保健室の中を一望、愕然とする。

足元に倒れる取り巻きの2人は僅かな呼吸を繰り返しているが、それも耳を澄まさなければ聞こえない程。

意識は無さそうだ。放っておけば、その内 死んでしまうだろう。

頭部を陥没させられた遠野に限っては目も当てられない。

手当てをするには最低限の物資しかない保健室に閉じ込められては、今は死なない迄も餓死するのを待つしかないと言う事だ。

この絶望感に、笹井は暮れかけた僅かな陽を届ける窓に手を伸ばす。


「外……ここからなら外に出られる……」

「よせ、笹井! 出れば撃ち殺される!」

「!! ……ぁぁ、ぅぅッ、、何で、何で……生き延びれると思ったのに……

 うぅぅ、あぁあぁあぁ!!」


 笹井は泣き崩れ、人生を悲観。

然し、鳴神はそんな諦観に付き合っていられない。

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