第22話

「な、鳴神クン、大丈夫……?」


 鳴神は机の脚に繋がれ、立ち上がる事も出来ずにいる。

笹井の口調は、この期に及んでご機嫌をとるものだから、鳴神は恨みがましく斜視する。


「!……ゴ、ゴメン、ナサイ、、

 だ、だって、だって……しょ、しょうがなかった、んです……

 と、遠野クンが怖くて、鳴神クンと由利サンを連れて来いって、

 でないと殺すって、だからアタシ、アタシ……」


 歯を鳴らす程に震える笹井の言葉に嘘は無いのだろう。

鳴神は鉛の様な溜息をつく。


「だったら、何でアイツらを呼びに行ったり何かしたんだ……

 あのままA組に行けば逃げられたのに」


 金属バットで殴られた腹は未だに鈍痛を響かせている。

これは肋骨の1,2本は折れているかも知れない。


「だ、だって、学校から出られないのにっ、、

 逃げたって捕まる! 絶対 捕まる! そしたら殺される! 絶対に!!

 協力すれば、気に入られれば、食べ物だって貰えるかも知れない!!」


 さっさとA組に隠れようと、何れは遠野達に見つかってしまう諦観。

そうなれば命拾いした意味も無くなるから、遠野に協力する事で生き長らえようとする笹井の判断は強ち的外れでは無い。鳴神は項垂れる。


「そうゆうの、何て言うか知ってるか?」

「ぇ……?」

「ストックホルム症候群」

「知らない、、」

「犯罪者に協力する事によって、自分を守ろうとしたりする心理」

「犯罪者って……だ、だって、アタシ、アタシ……」

「別に責めてるんじゃねぇよ。そうなる事もあるって、それが人間だから」

「人間……」

「だから、必死になって言い訳するな。死にたくないのは、皆 同じだ」

「!」


 遠野と共犯である事を追及したいのでは無い。

この校内サバイバルの中で生き延びるには手段を選べない。

そうした依存状態に追い込まれても責められない。

誰もが弱く、誰もが得体の知れない死を恐れる。

それを認められず、恥じて言い訳する笹井の姿は、鳴神にとっては痛々しくて堪らないのだ。



 ガツン!



 ドアが蹴られる。

遠野が戻って来た様だ。笹井は立ち上がると急いで鍵を開ける。


「ぉ、お帰り、なさ」

「邪魔だ! ブス! どけ!」

「は、はいっ、、」


 笹井が飛び跳ねる様に壁に張り付くと同時、遠野は鈴子を投げ捨てる。


「は~い、鳴神クン、お土産デスよ~~」



 ドサッ、、



 鈴子は腹をぶつける様にしてベッドに両手を付く。

そして、足元に憔悴しきった鳴神を見つけるなり、慌てて体を起こす。


「鳴神君!?」


 随分と顔色が悪く見えるのは、傾いた陽射しの所為だけでは無いだろう。

鈴子が駆け寄ろうとすると、遠野は それを制すべく再び三つ編みを掴む。


「うッ!!」

「ハイハイ。涙のご対面は もぉオシマ~イ!」


 こう何度も髪を引っ張られては頭皮ごと剥けてしまいそうだ。

涙目になって痛がる鈴子を見上げ、鳴神は声を尖らせる。


「何か勘違いしてるみてぇだけど、そいつと俺は無関係だッ、」

「あっそ。んじゃ、コイツがどんな目に遭っても鳴神にはカンケーねぇってコトだな?」

「……お前、俺が気に食わないんだろぉが……回りくどい事してねぇで直接こいよ。

 今ならリンチし放題だ。抵抗しねぇから早く殺せ」

「な、なに言ってるのよ、鳴神君!」

「カッコつけてんじゃねぇぞ、鳴神! ちゃんとブッ殺してやっから安心しろやぁ!」

「と、遠野君! どうなったら良いの!? どうしたら気が済むの!? それを教えてよ!」


 鳴神に消化器をブチ撒けられた事を憤慨している事は分かる。

然し、その憂さを殺意で晴らすのは容認できない。

他にあるだろう解決策を鈴子が問えば、遠野は小首を傾げる。


「そぉだなぁ。そんじゃ、お前には まずぅ、ストリップでもして貰うかぁ!」

「!?」

「鳴神クン。それならイイよな? 俺ら半殺しとか無くなるよな?

 だって、コイツが勝手に脱ぐんだから! ギャハハハハ!」

「お前らッ、」

「ホラ、脱げよ! そしたら俺の気が済んで、鳴神を許してやれるかも知れねぇ!」

「っ、、」

「早く脱げ!」


 遠野らにドン!ドン!と小突かれ、嗾けられる。

こうしてボールの様に突き飛ばされるのは、鈴子にとっては日常の事。

クラスメイトの加瀬達に虐められていた記憶が鮮明に蘇える。


「うぅッ、、」


 恐怖と屈辱に鈴子がボロボロと大粒の涙を流せば、鳴神は笹井を睨む。

その目は縄を解けと言っているのだが、遠野達がいる前でそんな真似が出来る筈も無い。

部屋の隅に蹲り、顔を伏せる。

遠野は中々脱がない鈴子に痺れを切らし、鳴神に向かって金属バットを振りかぶる。


「脱がねぇなら こぉしてやる!!」

「やめてぇ!!」


 鈴子の制止に遠野は金属バットを振り上げた儘に止まる。

言う通りにしないなら今度こそバットを振り下ろすと言うポーズに、鈴子はギュッと目を瞑り、制服の襟に手をかける。


(服を脱ぐくらいで鳴神君が助かるなら……別に平気、、こんなの平気!

 今度は私が鳴神君を助けるんだ……絶対に、絶対に!!)


 鈴子が襟のリボンを解けば、遠野達は それはそれは楽しげに嗤う。


「ハハハ! ホントに脱ぐぞ、この女! ギャハハハ!!

 ココじゃ何したってイイんだ! ストリップしたって誰も止めねぇぞ! やれやれぇ!」


 こんな場景は とても見ていられない。

鳴神は顔を背け、頭の中では『何とかしなければ!』を思量するも、身動きとれない今、鈴子を助ける事は出来ない。

然し、万事休すに諦めが過ぎる瞬間、電光石火の如く閃く。

こうなったら最悪の展開に期待するしかない。鳴神は目を尖らせる。



「―― 由利鈴子! そんなヤツらの言う事なんか何一つ聞かなくて良い!!」


「!?」



 ブラウスのボタンを3つ外した所に、鳴神の言葉。

鈴子の涙はピタリと止まる。


(何一つ、聞かなくて良い……? でも、それじゃぁ……)



「犠牲になる事ばっかり考えるな! 理不尽には抵抗しろ! 逆らえ!

 自分に責任持て! 自分を信じろ!

 今のお前じゃ、今じゃなくたって、どんな世界でだって生き残れない!!」



『他に、味方になってくれそうな人がいれば良いのに……』

『お前、本気で言ってんのか? それ』



(そうだ……私はいつだって誰かに助けて貰おうと思っていた……

 助けて貰えなくて、誰もに幻滅していた……自分では泣く事しかしなかったのに……)

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