第21話

「オナカ、空いた……」


 A組の教室内では誰から兎も無く呟かれる言葉。

思えば、ここには食料の一欠片も見当たらない。

鈴子は鳴神から託されたパーカーのポケットに手を突っ込み、あるだけの菓子を床に置く。


「ゎ、私、少し持ってます!」


 チョコレート菓子に分厚いクッキーがゴロゴロっと転がれば、一同は暗い中でも目を輝かせる。


「ど、どうしたの、コレ!?」

「ぇ、っと……ココに来る途中で見つけて、、」

「貰ってもイイ!?」

「はい。皆で分けましょう」

「ぁ、ありがと!!」


 6等分にしてしまえば、1人頭で食べられる量は知れている。

夫々が大事に口に運ばせる中、鈴子は鳴神を思って俯く。


(鳴神君は無事でいるだろうか? 隠れる場所は見つかっただろうか?

 心配で心配で堪らない……)



『戻って来るつもりだったんだろ?

 だったら迎えに行かなきゃなんねぇだろ、常考』



(違う。鳴神君がいない……私はそれが心細くて堪らない…)



『味方なんて、いるわけねぇだろ。こんな風にならなくたって』



(ずっと彼に助けて貰いたかったんじゃない。ただ、一緒にいたかった……

 私が足手纏いにさえならなければ、役に立てたなら良かったのに……)



『近くにいるから』



(鳴神君……)


 鈴子は手にしたクッキーを食べずにポケットに仕舞う。

そこに、ドアをノックする音。



 コンコンコン!



 誰かがやって来た。

皆が肩を震わせる中、このバリケード内ではリーダーシップを見せる米田が怖ず怖ずと腰を挙げ、ドアに近づく。



「―― 誰?」



 怯えた口調で問いかけると、返って来るのは威勢の良い声。


「ちょっと聞きてぇコトがあんだけどよぉ、ドア開けてくんねぇかなぁ!?」

「!!」

「だ、男子だよッ、ヤバイ!!」

「ょ、米田サン、どうする!? どうしたらイイ!?」


 室内は俄かにざわめき、夫々が身を寄せ合う。

是非を問われて戸惑う米田は、躊躇いながらも廊下に向かって問い返す。


「ょ、用件を言ってちょうだいっ、……ドアを開けるかどうかは、その後 考えるわ!」

「あ~そ。んじゃ、そこに由利って女がいるだろ?」

「!?」


 まさかの名指しに、鈴子の心臓は跳ね上がる。


(え!? 私!? 何で!? まさか、倉木君……いいえ、倉木君の声じゃない……誰? 誰!?)


 米田は胸を押さえる鈴子を振り返り、固唾を飲む。


「―― ぃ、いないわ!」

「そんな筈ねぇんだけどなぁ?」

「―― 他のクラスじゃないの?」

「ホントかなぁ?」



 ガン!!



 ドアが固い物で殴りつけられる。


「「「「「キャァ!!」」」」

「ら、乱暴はやめて!! 本当にいないのよ!!」

「じゃ、こ~ゆ~のはどーよ? 食料とトレード」


 この提案に、鈴子は息を飲んで思い出す。



(遠野君!?)



 遠野は斉藤と有野の提案した物々交換に随分と感心した挙句、鈴子にも憤慨していたから、わざわざ探しに来たのだろう。


「腹、減ってんじゃねぇのぉ?」

「……、」

「明日まで飲まず食わずか? 明日ンなったらどーすんだ? 明後日は?

 毎日 食料確保すんの大変だぞぉ? 屋上まで命懸けだぞぉ?

 俺ら、女相手にも容赦ねぇぞぉ? 食える時に食っとかなくちゃな~~

 コッチの用件のんでくれんだったら、お前らだけは攻撃しないでいてやるケド?

 ―― そんでも そこに由利はいねぇってのか?」

「ッ、」


 鈴子が分けた菓子の類をアッと言う間に平らげてしまった一同は目を泳がせる。

そして、少しずつ鈴子から身を放して行く。


「ぇ……?」


 皆、腹を空かせ、怯えている。

鈴子はドアの前に佇む米田を縋る思いで見上げる。

米田の口元はピクリピクリと震えている。



「―― います……」



 米田の声は涙に潤んでいる。そして、震えた手で戸口に手をかける。


「ご、ごめんなさい、由利サン……でも、私達、このままじゃ餓死してしまうの……」

「……」

「こんな状態じゃ、一緒に戦う事だって出来ないの……」

「……」


 腹が減っては戦は出来ぬ。米田はそう言いたいのだ。

然し、鈴子は愕然。それでも何処か、頭の片隅では解かっていた様な気がする。

こんな状況は、これ迄の日常でも そこ彼処に転がっていた事なのだと。


(今までは、見えなかっただけ、気づかなかっただけ……)



『お好きなように、思うが儘にお過ごしください』



(先生や大人に見つからない所では、皆 好き勝手な事を言っていたし、やっていた……)



『やりたい事を進んで、無制限におやりになってください』



(ただ、いきなり その行為を許された事で狼狽えただけ。

 人目を気にする事に慣れていたから、逆に、気にしないで良い事に戸惑っただけ。

 自分が生き延びる為の手段は、もうとっくに知っていた。

 私達は初めから、この世界を知っていたんだ……)


 気づかない内に、何かを犠牲にして生きている。

それは、自分の心や体・自分以外の心や体なのだろう。総じて、命や魂。

今、身を置くこの現状は、それを解かり易く明るみにしたに過ぎない。

傷つけあう事も奪い合う事も、生き延びる為の重要な行為として選択したのは自分達なのだ。

ここいるのは、協力し、譲り合う事を知らない子供達。



 ガタン!! ガラガラ!!



「「「「「きゃぁあぁあぁ!!」」」」」


 米田が鍵を開けた途端、遠野達は金属バットを振り回してバリケードを突破する。

A組が少人数で立て篭もっている事は笹井から聞いているからこそ出来る強行だ。



「見っけたぞ! お下げ!」



 遠野は手を伸ばし、鈴子の三つ編みをわし掴む。


「いッ、、痛いッッ、、」

「このブス! ご主人様の手ぇ煩わせるんじゃねぇよ!」


 容赦なく髪を引っ張られ、鈴子は教室から引き摺り出される。

教室から聞こえるのは、女子生徒の悲鳴と机や椅子が引っくり返る音、窓ガラスが割れる音。


「ゃ、やめ、ッッ、、もう良いでしょ!? 皆を怖がらせないで!」

「ハハハ!! お前、誰と組んでも売り飛ばされんのなぁ?

 つか、ブス共にくれてやるモンなんか1つもねぇんだよ!」

「だ、騙したの!?」

「信じたの~~? ギャハハハハ!!」


 遠野の高笑いが響く頃、教室内は静まり返る。

その静寂に鈴子の背筋は震え上がり、ゆっくりと黒目ばかりで室内を見やる。


(米田サン、)


 うつ伏せになって倒れる米田が見える。

息があるかは分からないが、辛うじて一命を取り留めたであろう数人の女子生徒は啜り泣くばかりで米田に手を伸ばそうとはしない。


「ジメジメしてろ、ブス共」


 遠野は吐き捨てる様に言うと、取り巻きを連れて歩き出す。

勿論、貴重な食料を落してやる事は無い。




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