第20話 三界無安


「ここは、中立エリアってわけじゃ無いんだよな?」

「ど、どうだろ、、分かんない、、鍵、閉めた方がイイと思う、思います、」

「敬語、よせよ。本当に何もしねぇから」

「……うん、、」


 カチャンと鍵を閉め、保険室内を見回す。

多少 荒れてはいるが、薬剤は無事に残っている様子に、鳴神はホッと肩を撫で下ろす。


「ヶ、ケガって、どんな……です?」

「ナイフで切られた」

「ヒッ、、」

「良い。手当てくらい自分でする」

「ぁ、、ゴ、ゴメンナサイ……ぁの、それじゃ、ガーゼと、包帯……後、消毒液、」


 手当てを手伝うとは言ったものの、傷口を見る度胸は無い。

女子生徒は必要な物だけを揃え、鳴神に手渡す。

何であれ、無事に止血に漕ぎ付けられた事には一安心だ。

鳴神は椅子に腰をかけ、消毒から始める。


 女子生徒はチラチラと鳴神を見つつ、呟く。


「ゎ、私、笹井ささい恵美えみ、です、D組の、」

「笹井か。―― ごめん、覚えがない」

「うん、共通点、ナイから……

 でも、鳴神クンは2年の時に編入して来たから、知ってる人が殆ど……」

「ロクな噂じゃ無いってだけだと思うけどな」

「そ、そんなコト、ない、です、よ、」


 鳴神について回る噂と言えば、暴力事件。それも加害者だ。

誰もが異端児として鳴神に分別を付けている。

そう言えば、鈴子に限ってはその噂すら知らない様子だったから、鳴神は今更ながらに苦笑する。



『皆、嘘つきで、乱暴で、でも、鳴神君だけは違うって、本当に思えたから……

 鳴神君に会えて良かった…』



 噂を知れば前言撤回するに違いないと予想するも、鈴子なら態度を変えずに接してくれそうな気がするから不思議だ。

手当てをしながら鈴子を思い出す鳴神の横顔は落ち着いている。

その様子に笹井は訝しむ。


「そ、そう言えば、カノジョとは一緒じゃないの……?」

「彼女?」


 唐突な笹井の質問に、鳴神は怪訝に首を傾げる。


「いない。そんなの」

「えっ? ウソ、だって……」

「?」

「え!? …ぁ、いえ、その……さ、さっき、って言うか……

 見たから、女子といたの……えっと、誰だったかまでは分からなかったけど、、」

「ああ、アイツか。違う。彼女じゃない。

 たまたま一緒に行動してただけで、今は別行動。それが?」

「え!? ううん! 別に! てっきり、カノジョかと思って……」


 傷口を消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻き付ければ手当は完了。

鳴神が腰を上げれば、笹井はビクリと肩を震わせる。


「悪かったな、付き合わせて」

「そ、そんなコトないけど……な、鳴神クンは、これから どうするの……?

 その子と また合流したり、する……?」

「いや。アイツはA組に行ったから」

「ぇ、A組に? 何で……?」

「女子がバリケード作ってて、受け入れて貰った。

 お前も隠れる場所が無いなら行ってみれば良い。行くなら送る」

「え!? ホ、ホント? ぁ、、でも……何で?」

「さっきアイツも送った所だから」

「彼女……?」

「違うって。由利鈴子、だったかな。F組の」

「……」


 笹井は視線を左右に泳がせ、口元に手を添えて考え込む。


「……ぃ、行って、中に入れてくれるのかな……?」

「まだ少人数だから、行くなら今の内だと思う。人数が増える前に馴染んだ方が良い」

「で、でも……私、ブスだし……」

「ブスとか関係あるのかよ?」

「……、」


 笹井は俯く。思春期の女子には色々と悩みがある様だ。

鳴神は一息を付く。



「少なくとも俺は、お前の事ブスだとは思わないけど」


「え!?」



 笹井は極平凡な女子高生だ。

太り過ぎているでも無ければ、痩せ過ぎている訳でも無い。

それが何故『ブス』だと思い込んでいるのか、そっちの方が鳴神には理解できない。


 鳴神の言葉に笹井は頬を赤くするも、困窮に口調を濁す。


「ぃ、行きたいけど、でも……、」

「どうした?」

「ぃぇ、その……ぁ、あの、もしかしたら……他にも、その、女子が……

 だから、私の他にも隠れる場所を探してる子がいて……

 で、出来れば、その子達も一緒に行きたいんだけど……」

「解かった。何処にいる?」

「す、直ぐ近くっ、、アタシ、呼んで来る、から……」

「危ねぇし、一緒に行く」

「ううん! ぁ、あの、多分、警戒してて……

 まず説明しないと、男子は近づけないと思うから……」

「そりゃそうだな」

「す、直ぐに戻って来るからっ、ここで待っててくれる!?」

「……分かった。ヤバくならない限りはここにいる」

「ャ、ヤバくなんか、ならない、ですよっ、……じゃぁ!」


 笹井はドアを開けるとキョロキョロと左右を見やり、保健室を出て行く。

足を引き摺っているから、急ぐと行っても多少の時間はかかるだろう。

鳴神は鍵を閉めて待機する。


 そうして、時計の針は16時も間近。

夏は陽が高いとは言え、隠れ蓑を持たない鳴神には愈々以ってノンビリしていられない時刻になって来た。

1分が惜しく感じる現在、笹井の帰りを待つ事15分。



 ―― コンコンコン……



 保健室のドアがノックされる。

鳴神は足音を立てないよう忍び、ドアに肩を寄せる。


「笹井?」

「ぅ、うん、笹井、です、」


 無事に戻って来た様だ。鳴神はドアを開錠。

すると、次には勢い良くドアが開け放たれる。



 ガラガラガラ!!

 ピシャン!!



 乱暴に開かれたドアの先には、まだ消火器の白い粉が取れずにいる遠野と、その取り巻き達。



「鳴神クン、見っけ~~」


「!」



 妖笑を浮かべたと思いきや、遠野は金属バットをフルスイング。

鳴神の腹を殴り飛ばす。



 ドッ!!



「ッ!!」


 かわし切れずに腹部を打たれ、鳴神は床に転がる。

声を出せない程の激痛。

薄い視界の中には、遠野の取り巻きの後ろで肩を窄めて佇む笹井が見える。


「まっさか、笹井がマジに鳴神 見っけて来っとは思わんかったっつぅの。

 殺さねぇで生かしといた俺の神的采配みてぇなぁ? ハハハハ!」

「テメ、、手加減、しろ、よッ、」

「はぁ? 天下の鳴神クン相手に手加減できっかよぉ、あぁ?

 その気んなったら、俺ら凡人なんざ瞬殺しちゃうんだろぉ? 鳴神ク~ン!

 つか、女に騙されるとかダセェよ、つか、予想以上に弱ぇよ、鳴神ク~ン!」

「ッ、」


 遠野は鳴神を足蹴に、ケタケタと笑い続ける。

これは万事休す。鳴神は諦観に首を寝かせる。


「あぁ? オイ、鳴神、何とっととくたばろうとしてんだ、テメェ。

 俺らの期待 裏切んじゃねぇよ。つか、そんな楽に死なせてたまっかよ」

「無理だ、そりゃ……腹減ったし、寝みぃし……とどめ刺される前に死ねる、」

「は~ん。ダッセ。上級生のヤンキーグループ半殺しにした鳴神伝説はデマだったのかよ?」

「……、」

「愛しのカノジョ、輪姦まわされてブチ切れたんだってぇ?

 カッケぇじゃんよぉ、鳴神ク~ン!」

「ッ、」


 鳴神がギリギリと奥歯を噛み鳴らす様子に噂の裏づけが取れれば、遠野は満足そうに口角を吊り上げる。


「コイツ縛り上げて、机の脚に繋いだら俺らは出かけるぞ。

 笹井、テメェは鳴神が逃げ出さねぇよぉに見張っとけ! イイな!」

「は、はいッ、」


 動けずにいる鳴神の両手を縛りつけるのは簡単な事。

項垂れる鳴神を見下し、遠野は嗤う。


「あの伝説よぉ、また再現させてやっからぁ、そのまま歯ぁ食い縛って待ってろやぁ」

「ッ?」

「A組にいるんだよなぁ? あのクソアマ~~」

「!」


 遠野が誰を示唆するのか、考える迄も無い。



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