第19話
「危ないって! やめてよ!」
「アンタと知り合ってから、全然イイコトない!」
「それはコッチの台詞だって!
屋上に近い教室でバリケード組もうって、アンタが そんな提案するから消化器まみれに、」
「ホラ! だからイヤなの! そぉやって何でも人の所為にする!
あん時は賛成してくれたクセに! こうやって逃げて来られたのに!」
「だから、危ないってば! 刃物 振り回さないでって!」
「ヤダぁぁぁ、もぉヤダぁぁぁ~、、うわぁあぁあぁん!!」
「うるさいよ! 人に見つかるから静かにしろってば!」
幼い子供の様に騒ぐから、つい、机上に乗っていた中華鍋で友人の頭を殴打。
ゴぉン!!
「ぅガ……ッ、、……」
殴られた拍子に、手からポロっと果物ナイフが落ちる。
そして、黒目はツゥゥ……と上に向き、崩れる様に倒れる。
ドサ……
「ぇ? アレ? ど、どぉしたの?」
手にした中華鍋と倒れた友人を交互に見やる。
「気絶? ……ま、まさか、死んだりしてないよね?」
問いかけるもピクリとも動かない友人が既に事切れていると思えば、忽ち全身が震え出す。
中華鍋をガラン! と落とし、右往左往。
そして、代わりに果物ナイフを拾い上げると、慌てて廊下に飛び出す。
ガタンッ、
「!?」
「!」
ドアにぶつかりながら廊下に出れば、一部始終を目撃していただろう鳴神と出くわすから、
女子生徒は大きく息を飲む。
「な、何でそんなトコいるのよ……もしかして、見て、た……?」
「……、」
頷きはしないも鳴神は目を反らす。ならば是とする他無いだろう。
女子生徒は頭を振りながら、鳴神に果物ナイフを向ける。
「しょ、しょうがなかったの! だって、アイツが騒ぐからぁ、」
ナイフを持った相手を刺激するのは良く無い。
鳴神は宥める様に両手を前に、背後に気を配りながら ゆっくりと後ずさる。
「ぉ、落ち着けよ、」
「見たコト……パパとママにチクるつもりでしょ!?」
「チクるって、この状態でどうやって、」
「ど、どうやってって……ぁ、ああ、ぅぅ、、ぅうぅうッ、」
ここは無法地帯。
こうして人が死のうとも、誰からの助けも得られない。
殺人現場を目撃された所で通報する先も無いのだと改めて知らしめられると、
女子生徒は忽ち嗚咽を漏らす。
「な、何でこんな目にぃ、アタシが何をしたって言うンだよぉ、ッッ、」
「そりゃ お互い様だ。俺は何もしないから、ナイフ、置けよ……」
「そんなコト言って、アタシからナイフを奪うつもりでしょ!?
そんで殺すんでしょ!? 騙されない! もぉ騙されないからぁ!!」
「よせって!」
ナイフで何度か空を裂いた後、壁に追い詰めた鳴神の腕を切りつける。
ザッッ!!
「ッッ、、!!」
「!……ぁ、あ、ぅあぁあぁあぁ!!」
鳴神の腕からボタボタっと血が流れれば、その鮮血に驚いた女子生徒は悲鳴を上げながら階段を駆け上って行く。
「待て、ッッ、」
錯乱状態の女子生徒を野放しにしては次に何をしでかすか分からない。
然し、1度は呼び止めるも、切り付けられた傷口を押さえるのが精一杯。
背を屈め、痛みに声をくぐもらせると同時、廊下の窓から悲鳴が落ちて行く。
「ヒヤアァアァァァ……」
「!?」
窓を見やれば、先程の女子生徒が一瞬だけ垣間見れる。
窓の外を猛スピードで落下し、その直ぐ後にグチャリ……と鈍い音。
「ぁ……」
錯乱状態のまま屋上に向い、そのまま飛び降りたのだろう。
救いようの無い末路に鳴神は瞬きすら失う。
「日常が……バカバカしいくらい簡単に、ブッ壊れる……」
鳴神が呟く寸暇、バタバタと廊下を走る音が聞こえて来る。
気持ちを休めている余暇も無い。鳴神は息を飲んで我に返ると、階段の段差に隠れる。
足音は音楽室の前で止まった様だ。
「こっちの方からスゲェ悲鳴が聞こえて来たよぉな気がしたけどなぁ?」
「あ! 窓の下 見ろよ! 誰か死んでるぞ!」
「ホントだ、飛び降りか?」
「ぁぁ。この勢いで、残ってるヤツら全員、死んでくれねぇかな……」
「だよな。ここにいるヤツら、信用できたもんじゃない。
さっきだって食いモンの奪い合いしてたし……明日だって また同じ事が起こる」
「ヤメロよぉ、腹減ってんの思い出しちゃったじゃねぇかぁ……」
「辛抱、辛抱、明日も同じ手口でやるんだからな?」
「分かってる。屋上から降りてきたヤツ、ぶん殴って食料強奪」
死体を見下しながら、明日の食い扶持を考える。
この環境には嫌気が差しているも、たった2日で順応してしまえる神経には驚かされる。
鳴神は足音が再び遠のくのを待ちながら、腕の傷に目を向ける。
「ッッ、」
出血が止まらない。
こんな悪環境の中で手負いになるとは、最悪の展開だ。
然し、鈴子をA組に預けて来た事が正解だったとも思える。
何にせよ、今は手当てが先だ。自ずと頭に浮かぶのは保健室。
鳴神は足を忍ばせ、階段を駆け下りる。
保健室は1階。
周囲に注意を払わなければならないと言うのに、行く先々で生徒の死体が転がっているから目の向け所が無い。
痛みも相俟って血の気が引く中、鳴神は漸く保健室に辿り着く。
この状況ならば、同じ様に怪我をした生徒も多くいるだろうから、包帯の1つだけでも残っていれば御の字だ。
そっと戸口に手をかけようとした所で、ドアが勝手にスライドする。
「!!」
「ヒッ、、」
今まさに、保健室から出て来ようとする女子生徒と鉢合わせ。
鳴神は飛び跳ねて後退。女子生徒は驚きの余りに転倒する。
「ぅ、ぁ、ああッ、ゃ、やめ、殺さないでッ、、ごめんなさい、ごめんなさいッ、」
「……ぇ? ……ぁ、あぁ、何もしない。手当てに来ただけだ」
「て、手当て……?」
女子生徒は怖ず怖ずと頭を挙げる。
見やる先には左腕を真っ赤にした鳴神がいるから、女子生徒は一層 震える。
騒がれては他の生徒に見つかってしまう。
ここは穏便に済ませたい鳴神は、保健室から1歩ずつ後ずさる。
「行けよ。俺は見ての通りの怪我人だ。追い駆けたり出来ない」
「……もしかして、A組の鳴神、クン?」
「? ……ああ。悪いけど、俺はお前を知らない」
「……」
女子生徒は片足を引き摺りながら立ち上がり、肩を竦めて言う。
「手当て……手伝って上げる」
「え?」
「鳴神クンは、普通の人、みたいだから……」
「―― 普通、か」
女子生徒の警戒心は見て取れるが、これまで見て来た様な凶暴性は感じられない。
鳴神は頷き、保健室に入る。
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