第18話
廊下に人の気配が無い事を確認すると、鳴神は背後の鈴子を振り返る。
相変わらず塞ぎ込んだ面持ちに、鳴神は表情を濁す。
「中に入れて貰えるまで ここにいる」
何か起これば、直ぐに飛び出せる。
そんな安心感を伝えるも、鈴子の顔から不安が消える事は無い。
「鳴神君は……?」
「……」
「何処に隠れるの? それが分からないと私、」
鳴神はパーカーを脱ぐと、鈴子の肩にかけてやる。
「ポケットん中、少しだけど食うモン入ってる」
「だ、駄目、鳴神君の分、」
「俺のはあるから」
「何処に?」
「良いから、」
「ねぇ、やっぱり私、」
「近くにいる」
「……近く?」
「ああ。近くにいるから」
「……」
「ホラ、行けよ」
トン! と背を押され、鈴子はA組のドアの前に立たされる。
グズグズしていては、他生徒に見つかってしまうかも知れない。
鈴子は渋々とドアをノックする。
コン、コンコン……
ノックの音に、窓に敷かれたカーテンが揺れる。
様子を窺われている様だ。鈴子は一息を飲み込み、震える声で言う。
「ぁ、あの、私……F組の、由利、です……由利鈴子……
た、助けて、ください……」
(私、1人だけ助かろうとしてる……鳴神君を置いて、私1人だけ……
助けて貰ったのに、一緒にいてくれたのに、私だけ……)
「か、隠れる場所、無い、……ぅうぅうぅッ、ぅぅぅッ、」
(何て、何て、私は弱くてズルイ女なんだ……)
両手で顔を覆い、情けなさに耐え切れず、その場に泣き崩れてしまう。
(ヤダ、こんな現実 嫌だ……
もう登校拒否なんかしない、勉強だってする、友達だって作れるように頑張るから、
お父サンとお母サンを困らせないって約束するから、だから元の生活に戻して……
そうして やり直させて、鳴神君と もう1度……)
静かに教室のドアが開く。
「ゅ、由利サン? 1人……?」
か細く問う女子生徒の声。鈴子は小さく頷く。
「ぅぅ、……ひ、1人、1人になってしまった……ぅぅぅ、っっ、、」
「は、入って。早くっ、さ! 早く!」
パタン、とドアが閉まれば、鳴神はホッと肩を撫で下ろす。
*
A組の教室内は薄暗い。
泣きじゃくる鈴子の背を摩るのは、クラスの学級委員として活躍していた
明るく気さくな生徒として友達も多い米田が この制度に参加させられている事に驚かされる。
「由利サン、良く無事だったわね? 昨日はどうしていたの?」
当然 問われるだろう質問に、鈴子は鳴神の言葉を思い返しながら答える。
「ずっと、隠れていて……1人で、音楽室に……
騙されたり、捕まったりしたけど……逃げて来た……」
「そう。無事で良かったわ、」
教室内にいるのは、鈴子の他に5人程の女子生徒。
鳴神の言う様に少人数で構成されている。
全ての窓にカーテンを敷き、机や椅子を積み重ねて前後のドアを強化。
廊下やベランダ側から見れば、誰かが立て篭もっている事は一目瞭然だが、中の様子が窺えないから奇襲もかけにくい。心理を突いた上手いバリケードだ。
鈴子は鼻を啜りながら米田を窺う。
「女子は、これだけ何ですか……?」
「ええ。今はね。このバリケード組み終えたのも今さっきなの。
それまでは水泳部の部室に立て篭もっていたんだけど……」
「バ、バリケード、壊されたんですかっ?」
鈴子が肩を震わせると、米田は頭を振る。
「壊されたと言うか、部室に男子が押し込もうとして……
そうなると 皆、自分こそは助かりたいのよね、
見逃して貰う代わりに、生贄に何人か差し出そうって、そんな遣り取りになって……
私達は そうゆうのに納得できなくて、教室に移って来たの」
女子なりの生存戦略。
背に腹は代えられない状況だから仕方が無いとは言え、震えが止まらない。
「あぁ、でも、ここは大丈夫。
ブラインドもしてあるし、万が一が起こったって皆で戦えば良い。
全員、そうゆうつもりよ」
力強い米田の言葉に一同は頷く。薄暗い室内でも光明を見る様だ。
*
足音を殺し、階段を下りる。
壁に身を隠しては左右の様子を伺い、素早く移動。
まだ陽は高い。長らくエアコンの効いた校内にいるから忘れがちだが、季節は夏。
耳を済ませれば、窓の外から聞こえる蝉の声に気持ちが癒される。
「腹減った、寝みぃ……」
人の気配が無いのを良しに、鳴神は壁に凭れて欲求を吐露。
鈴子をA組に送り届けた後は単独行動、あれから数時間が経つも隠れ蓑は見つからない。
溜息ばかりが口を付く。何せ、昨晩から一睡もしていない。
こんな状況にも関わらず鈴子が余りにも安心して寝入るものだから、起こすに起こせず鳴神は寝ずの番。
食料に限っても家庭科室で見つけたクッキーを1枚ばかり齧った程度で、残りは鈴子に渡してしまったから ひもじい有り様。
「なに格好つけてんだ、俺、」
1人で開かずの戸棚に籠もり続ければ こんな制度は難なく乗り切れたか知れない。
それが、鈴子の様な荷物を預かってしまったからハズレ籤。
男らしく振る舞ってやる義理は無かったにも関わらず、呆れた見栄っ張りだ。
こうして一時の休息を得ている所に人の声。
鳴神は慌てて背を屈めると、階段の踊り場の影に隠れる。
こっそり覗き込めば、女子生徒が2人。
左右を警戒しながら家庭科室のドアを開ける。
2人は中に人の気配が無い事を確認すると、素早く棚を漁り出す。
「何か、武器になるよぉなモンとかない!? 凶暴そうなの!」
「包丁、包丁……あぁ、何処にもナイ、、」
「出遅れたよぉ、他の連中が持ってったんだ、きっと……」
「だから早く行こうって言ったのに!」
「だって、あの時は隠れるのが精一杯だったじゃん!」
「あ! 果物ナイフ1本 見っけ!」
「え!? アタシの分は!?」
「ナイ。他で見つけるしかナイんじゃな~い?」
「……あっそ。じゃ、武器持ってるアンタが先 歩いてよね?」
「何でそうなんの!?」
「だってアタシ、丸腰だよ!?」
「こんな小っさいナイフでどうやって戦えばイイの!?」
「アタシより戦えるでしょ!? 明日の食料ゲットする為に武器 探しに来たんだから!」
「それ、私1人にやれって!?」
「じゃぁそれ寄越してよ! アタシが使うから! そんなら文句ナイでしょ!」
「ヤダ! 私が見つけたんだってば! いっつもそうだけど、アンタ、身勝手すぎる!」
「はぁ!? 何処が!? 昨日、飴チャン分けて上げたじゃん! あれで最後だったンだよ、飴!」
「……もぉヤダ! そぉゆぅ風に言うからヤなんだよ!」
手にした果物ナイフを地団駄に合わせてブンブンと振り回す。
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