第17話 一喜一憂

 遠野達を消化器で撃退して逃げ込んだ先は、隠れ慣れた音楽室。

一先ず机の影に身を隠すと、鳴神は鈴子を肩から下ろす。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」


 流石に人1人担いでの全力疾走は堪える。

鳴神は蹲る様にして倒れ込む。


「な、鳴神君、大丈夫!? しっかりして!」

「し、静かにしろッ、、俺の事は良いからッ、、……ハァ、ハァ、ハァ、」


 呼吸が戻るには暫くかかりそうだ。鈴子は鳴神の背を摩る。


「あそこで鳴神君に会えるとは思わなかった、、ありがとう、本当にありがとう、」

「会えるって……そんな偶然、あるわけ無いだろが、」

「え?」


 鈴子は睫目する。


(このパーカー、音楽室に置いて来たんだった。

 それを鳴神君が着てるって事は、一旦は ここに戻って来て、戸棚に隠れず……)


「私を、探しに来てくれたの……?」

「それ以外、何があるって? ハァ、」


 最後には溜息。

然し、鳴神が探しに来るとは思いもしなかったのだ。

何せ 校内の全てが危険地帯。出歩くだけで命が危ぶまれるサバイバル空間。


 鈴子が戸惑いを隠せないでいると、鳴神は呆れ返って言う。


「どうせ自分も役に立とうとか思って出てったんだろ? 想像つく、そんくらい」

「そ、そうだけど……でも、だからって、」

「お前、ドンクサそうだから。途中でヤバイのに捕まるのも想像つく」

「だからってっ、」

「服、畳んであった。戻って来るつもりだったんだろ?

 だったら迎えに行かなきゃなんねぇだろ、常考」

「!」


 鳴神は体を起こすと、両手で髪を掻いて消化器の粉を払い落とす。


「予想以上にヒデェ目に遭ったけどな」


 鳴神の苦笑に、鈴子は又も涙ぐむ。


「ぁ、ありがとう、本当に……ぅぅぅ、、」

「泣くなよ、面倒クセェ女だなぁ、」

「ご、ごめんなさい……」

「いちいち謝んじゃねぇよ、煩わしい……」

「だ、だって……でも良かった、鳴神君で良かった、」

「……」

「本当だよ?

 皆、嘘つきで、乱暴で、でも、鳴神君だけは違うって、本当に思えたから……

 鳴神君に会えて良かった…ぅぅぅっ、」

「ゎ、分かった、分かったから……泣くなよ、それから、買い被るな。

 面倒クセェ……、」


 泣いて感謝されては、どう受け取って良いのか分からなくなる。

鳴神はバツの悪さを誤魔化す様に外の様子を窺う。


「ここにも いられそうにねぇな。次は何処に隠れるか……」

「ご、ごめんなさい……折角の隠れ家、私、人にばらしちゃったから……」

「その内 変えるつもりだった。長くいると緊張感 薄れる」

「そ、そうなの?」

「ああ」


 鳴神の言葉は、アレコレ気にする鈴子をフォローする事を忘れない。

鈴子は自分の情けなさに肩を落とすばかりだ。


(そう言えば、遠野って……あの人達が言っていた。

 鳴神君は前の学校で暴力事件を起こして、それで この学校に編入して来たって。

 とてもそんな風には見えないけど……でも、こんな状況でも落ち着いているのは、)


 荒んだ環境に慣れているからこその落ち着きか、

だからと言って見方が変わるでも無いが、色々と勘繰ってしまう。


「取り敢えず、コレ食え」

「!」


 鳴神がポケットから取り出すのは、チョコレート菓子やら腹持ち良さそうなクッキー。

家庭科室の冷蔵庫にあった物だろう。

気づけば時刻は13時を回っているから、空腹の波が押し寄せる。

鈴子は受け取るなり、急いで頬張る。


「はぁ……ちょっと落ち着いた。鳴神君は?」

「さっき食った」

「そっか。良かった。

 ごめんなさい、私も食料取って来ようと思ったのに……」

「別に良い」

「ぅ、うん……次、どうしよう?」


 あからさまにバリケードを作る手もあるが、2人ばかりで警戒を続けるのも難しい。

望むは隠れ潜める場所。

然し、開かずの戸棚の様な手頃な住処は他に見つかりそうも無い。

鳴神が返答できずにいれば、鈴子は肩を落とす。



「他に、味方になってくれそうな人がいれば良いのに……」



 鈴子の呟きに、鳴神は眉を潜める。



「お前、本気で言ってんのか? それ」


「ぇ?」



 鈴子の大きな目が鳴神を映す。

そこには、未だ曇り無い鈴子の瞳があるから、鳴神は目を反らさずにはいられない。

そして、噛み潰す様に言う。



「味方なんて、いるわけねぇだろ。こんな風にならなくたって」


「……」



 鈴子は言葉を失う。


 誰も信じていない。鳴神の言葉は そう言っている。

だからこそ、誰とつるむでも無く、1人で開かずの戸棚に潜んでいたのだ。

目を合わせる事の無い鳴神の横顔に拒絶感を見ると、鈴子は弱々しく問いかける。


「私の事も、そう思ってるの……?」


「!」


「私、」


「うるせぇよ。今どうするかって、そっちを考えろよ」


「……そ、そうだね、」


 鈴子が寄せる鳴神への絶大なる信頼。

然し、その逆は無さそうだから、鈴子は目を伏せる。

雖も、それは仕方が無い。

助けられるばかりで、足を引っ張るばかりで、そんな鈴子を信頼できはしないだろう。


 鳴神は一息を着くと、鈴子を見やる。


「……お前、バリケードの中に入れて貰え」

「ぇ?」

「女のお前なら どうにかなるだろ」

「そ、そうかも知れないけど……でも、待って、鳴神君はどうするの?」

「お前連れて逃げるより楽」

「ぁ、」


 足手纏いと言うだけでは無い、鈴子は倉木と言う厄介なストーカーに目を付けられている。

遠野も合わせれば、鳴神が逃げ果せるには重過ぎる荷物だ。

そう自負できるから、鈴子は項垂れる様に頷く。


「……分かっ、た、」

「さっき見て来た。うちのクラス、A組の女子がバリケード組んでた。

 少人数だから、受け入れられる確率が高い」

「……ぅ、うん、、」

「教室の前まで着いてってやる。でも、中に入っても余計な事は言うな。

 ずっと1人で隠れてたって言え。他に仲間がいると思われたら警戒される。良いな?」

「うん……」


 幸いな事に、この音楽室の上が3年A組。移動距離が短い分、危険度も低い。

陽のある内に身を寄せる場所を見つけておきたいから、休んでいる時間は無い。


「行くぞ」


 音楽室から顔を出し、左右を確認。

先程の騒ぎは収束した様だ。遠野の姿も見当たらない。

鳴神は鈴子に合図すると、美術室と家庭科室を経由し、静かに階段を駆け上がる。

この直ぐ脇が3年A組の教室だ。

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