第16話

「さ、斉藤君、有野君……まさか、初めから そうゆうつもりでいたのっ?」

「いざと言う時の保険。ワリぃなぁ、由利」

「私を食料と交換しようって言うの!? そんな話が通るわけ無いじゃない!」

「お前の使い道なんて、これくらいしか思いつかなかったんだから、しゃーねぇだろ」


 鈴子が2人に協力を申し出た時、何やらコソコソと話し合っていた様子が思い返される。

その時にでも、この段取りを立てたに違いない。


(騙された!! 信じなきゃって、そう思ってたのに!!

 こんな人達を信じた何て、何てバカなの!?)


 斉藤と有野も、わざわざ好んで足手纏いを作る程 馬鹿では無いと言う事だ。

そんな企みに気づかず、2人を信じ込んだ自分が愚かでならない。

そうして悔し涙を滲ませる鈴子を面白がるのか、遠野はコクリと頷く。


「うーん……まぁイッか。ハンターゲームも何となく消滅しちまたし。

 良いぜ。1包みくらいくれてやるよ」


 商談は成立。

遠野はポン! と1人分の食料を床に投げ落とす。

僅かではあるが、空腹を凌ぎたい2人にとっては有り難い恵みだ。

斉藤が包みを拾い上げると、有野は鈴子を遠野に投げ渡し、逃げる様に去って行く。


「ハハハハ! アイツら面白れぇコト考えんのなぁ?

 取り敢えず、暫くはこの女マワして遊んで、飽きたらアイツらと同じ手口使って、

 平和的に食料確保しようか!」


 遠野は鈴子のお下げをわし掴み、グイグイと引っ張る。


「ィ、痛いッ、放して、放して!」

「黙れ、クソアマ。お前は売られたんだよ。

 今日から俺らがご主人様ですからね~~ギャハハハハ!!」


 信じる者は馬鹿を見る。何て残念な世界だろうか、鈴子が痛感するも時は既に遅い。

この茶番劇もモニター越しに見ている者がいるのだろうから、憎たらしくて堪らない。


(逃げられない……何処からも、誰からも逃げられない……

 お父サン、お母サン、家に帰りたいよ……私、戻るって、絶対に戻るって……)


「鳴神君……」


 音楽室に置いて来たパーカーは鳴神の手に戻っているだろうか、

そんな想像にポツリと鈴子が呟けば、遠野は眉を顰めて訝しむ。


「―― 鳴神?」

「なに お前、鳴神の女?」

「ち、ちが、」

「えぇ? 鳴神? 鳴神って、A組の?」

「アイツ、前のガッコで上級生フルボッコの暴力事件起こして、

 そんでコッチに編入して来たってじゃん?」

「ャ、ヤバくね?」

「っっ、、なにビビってんだよ!

 向こうじゃどーだったか知らねぇけど、コッチじゃ幽霊みてぇに存在感ねぇだろ!

 ウワサだ、ウワサ!」

「そ、そうだよな、、アイツの姿、見てねぇし……」


 噂はどうであれ、この場にいないのならば問題視する必要も無い。

3人が そう納得すると同時、廊下の先にポツリ……と佇む1人の男子生徒を見つける。



「ァ、レ……?」



 遠野の声は上ずる。

パーカーのフードを被っていて顔が見えないから何者かは良く分からないが、

男子生徒は肩に赤い物を担ぎ、ゆっくりと足を運ばせる。

鈴子は攣れる頭皮を押さえながら、頭を上げる。


「鳴、神、君……?」


 見違う筈も無い。羽織っているパーカーは、昨夜 鳴神が鈴子に貸した物だ。

鈴子が呟けば、遠野は金属バットの柄をギュッと握り、力任せに振り上げる。


「な、、鳴神かぁ、テメェ!!

 それ以上 近づいたらこの女、ボコボコすんぞぉ!!」


 進む足がピタリと止まる。

その反応に鳴神本人だと判断すれば、遠野の取り巻きが金属バットを構えて殴りかかる。


「テメェ、目障りだったんだよ!!」

「ブッ殺してやっかんな!!」


「な、鳴神君!!」


 金属バットを持った2人が飛びかると同時、鳴神は肩に担いでいた物を両手に持ち直す。



 ブシュゥウゥウゥ……!!



「ぅわッ、、」

「消化器!?」


 舞い上がるのは白い噴煙。消化器のホースから吹き出す煙は、瞬く間に視界をホワイトアウト。遠野の手が お下げから離れると、鈴子は両手を伸ばす。


(目が開けなられない、息も出来ない、、鳴神君、鳴神君!)


 心中、鳴神の名を呼べば、次の瞬間には腰に手を回され、勢いのまま担ぎ上げられる。


「!?」



 タッタッタッタッタッタ!!



 ホワイトアウトから逃れる様に走る足音。鈴子はゆっくりと目を開け、傍らを見やる。


(鳴神君……)


 鳴神の肩に担がれ、一難を脱した事に気づくと、堰を切って涙が溢れ出す。


「ぅ、うッ、、ぅぅッ、、」

「泣くの後にしろ!」

「だ、だって……ご、ごめんなさい、、鳴神君、真っ白、」

「お前もなッ、」


 消化器の噴煙で髪も制服も真っ白。



*



「クソぉ!! 鳴神ぃぃ!!」


 廊下の先から聞こえる遠野の怒声。

消化器の噴煙に視界を奪われた遠野は、怒りに任せて金属バットを振り回す。



 ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!!



 金属バットで教室の窓ガラスを叩き割れば、立ち込めた噴煙は吸い込まれる様にして室内へ侵入。教室内に潜んでいた女子生徒等は、悲鳴を上げて出入り口に集中する。


「何よコレ!? 火事!?」

「やぁあぁ!! アタシ、死にたくない!! どいてどいて!!」

「押さないで!机と椅子どかさないとドア開けられないよ!」


 机と椅子を積み重ねて作ったバリケードを慌てて解体。

焦心で手元が狂えば、バランスを崩した机と椅子は容赦なく女子生徒の頭上に落ちる。



 ガラガラガラ……

 ガタン!ガシャンガシャン、ガタン!!



「きゃぁあぁ!!」

「助け、てッ、、」

「ヤダ! 放してよ!」


 噴煙は広がる一方。

机と椅子の下敷きになって動けなくなった友人の救援なぞしている余裕は無いとも言いたげに、伸ばされた手を払い退けると、転がる様にして教室から逃げ出して行く。

然し、廊下に出るも遠野が金属バットを振り回して狂乱しているから、女子生徒等はギョッと顔を強張らせるのだ。


「ヤバイ、男子だ!」

「炙り出された!!」

「きゃぁあぁあぁあぁ!!」

「うるせぇ、クソアマ! 湧いて出て来んじゃねぇ! ぅぅ、ゲホゲホゲホッ、ッ、」


 顔面に消化器を噴出させられた2人は動けずに蹲るばかりだが、遠野の目は血走っている。

このまま鈴子と鳴神を見逃せない程の激情。

怒りに任せて逃げ惑う女子生徒等を金属バットで殴りつけて追い立てる。


「邪魔だ! クソアマ!!」


 ガツン!! ガツン!!


「ぅぅ!!」

「ぎゃァ!!」


 背後から後頭部を殴られ、バタバタと倒れる。


「鳴神ぃ! ゼッテェ殺す殺す! 殺すかんな!!」


 腰を引き摺り、壁に追い詰められる女子生徒は迫る遠野に両手を突き出し、ブンブンと頭を振る。


「ゃ、やめて、お願い、遠野クン……た、助けて、助けてッ、」

「何だぁブス! 足元 這い蹲ってんじゃねぇよ!!」

「ごめんなさい、ゅ、許して……殺さないでッ、、」

「黙れ、ブス!!」


  ガツン!!


「ぎゃぁ!! ゃ、め、、足、痛いッ、、」

「シブてぇなぁ……早く死ね、コラぁ!!」

「ヤダ、ヤダ……ァ、アタシ、、な、何でも言うコト聞くからッ、聞きますからぁ……

 そ、そうだ、、女の子、集めて来きます……全員集めて、遠野クンに上げます、」

「あぁ!? だったら鳴神と、その女連れて来いや!」

「な、鳴神……?ぁ、あの人、だって、危ない人……」

「何でも言うコト聞くんじゃねぇのかよ、あぁ!? ―― もぉイイや。死ね。ブス」


 金属バットを振りかぶる。



*

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