第14話

 鈴子が鼻を啜り続ける事 暫し。



 カタン……



「!」


 耳に飛び込む物音に、鈴子はハッと息を飲む。

肩を震わせ、怖ず怖ずと戸棚の隙間に顔を寄せる。


(誰!?)


 音楽室を覗き込む男子生徒が2名。


「ぉ、女の泣き声 聞こえたような気がしたけど、気の所為か?」

「昼真っから学校の怪談かっつのぉ……そんなんあっても今更 怖かねぇけど。

 って、誰もイナイぞ?」

「あ。ココも電気 点いてる」

「夜は暗くなるからな、誰か気ぃ遣って今の内に照明確保してんじゃね?」

「気ぃ遣ってとか、この状況でウケんだけど」

「灯りがナイよかマシだって」


 複数の教室の電気を点けた鳴神の判断は、上手い事 音楽室をカモフラージュしている様だ。


(あの人達、確かE組の斉藤君と有野君。

 廊下で擦れ違う度に煙草の臭いがしたから、良く覚えてる)


 2人の手には体育倉庫の中にあったテントの骨組みらしきパイプが握られている。

攻撃用か、それとも護身用として備えているのか。


 斉藤は開かずの戸棚に腰かける。

ギシ……と頭上が軋めば、鈴子は両手で口を押さえる。

僅かな呼吸すら、堪えなくては聞こえてしまいそうだ。


「音楽室さぁ、逃げるコト考えると出入り口1つしかねぇから不利だと思ったけど、

 立て篭もるには丁度良くねぇ?」

「そうだな、食料調達の昼までココで待機しようか」


 出入り口が1つなら侵入経路も1つ。

警戒エリアが限定される分、意識を分散させ無くて良い。


(私が隠れてるこの棚の隙間、丁度 出入り口を向いてるから見張りもしやすい。

 同じ戸棚が散乱してるのもフェイクになるし、

 もしかしたら鳴神君がわざと荒らして配置したのかも知れない。

 だとしたら、凄い判断力……)


 雖も、感心している余裕は無い。


(この2人も屋上に落とされる食料を狙ってる。

 それまで ここに居座るって……鳴神君が戻って来たら大変な事になる!)


 2人の手には固そうなパイプが握られている。鳴神は丸腰。

明らかに戦況は不利だ。


「取り敢えず、毎日 屋上に向かうのも危険だし、食料はあるだけゲットしたいな」

「だな。昨日は時間ずらして行ったら1個も残ってなかったし、分け合う意識とか、

 ここの連中にはねんだろーから」



(分け合う意識、この人達はあるのかな?)



「あ~クソ、腹減った……」

「屋上 行って、凶暴なのに出くわしたらどーする?」

「ビビらせンなよぉ、」

「だってよ、サイコパスなの結構いたじゃんか。

 俺らのアルミ製パイプなんて、金属バット組に出くわしたら最後だって」

「直ぐさま“アナタ様の味方です”って白旗 上げんのは?」

「話し、通じるかぁ?」

「女なら通るかも知れんけどなぁ……あぁ怖ぇ~~でも腹減ったぁ、」


 何とも弱々しい会話。

然し、誰もが倉木の様に豹変してしまった訳では無さそうだ。

鈴子は固唾を飲む。


(味方になれる?

 そ、そもそも、好んで殺し合いたい人なんている? 話せば解かる。きっと……

 だから、そうゆう人達と手を組んで、少しでも早く安全を確保すべき何だ。

 人数が増えれば、倉木君みたいな人だって そう簡単に手出しは出来ない。きっと…)


 協力関係を築ければ、生き残る可能性は高まる。

互いが安全だと感じられさえすれば、警戒も欺瞞も無用だ。

この発想に間違いは無いだろう。


(鳴神君が戻るまでに味方を増やす……

 そうでなければ、2人をここに居座らせてはいけない。

 私だって、行動を起こさなくちゃいけないんだ!)


 鈴子は勇気を振り絞り、戸棚の背版に手をかける。



 カタン……



 この僅かな音にも、2人は過剰に反応。

斉藤は戸棚から飛び降り、有野と揃ってパイプを構える。



 ススス、ススス……



 背版が上がり、ゆっくりと閉まるのを2人は息を殺して凝視。

鈴子は両手を挙げながら、怖ず怖ずと立ち上がる。


「ぁ、あの……」

「な、何だ、コイツ!?」

「まさか、こんなトコに隠れてやがったのか!?」


 自分が椅子代わりに選んだ戸棚の中に人が隠れているとは思いもしない。

心中ゾッとする2人に、鈴子は慌てて申し開き。


「ご、ごめんな、さいっ、、ぁ、あの、私……F組の由利です……

 私、何も、何もしません、何も持ってません……どうか、武器を下ろしてくださいっ、」

「ほ、他に隠れてるヤツはいねぇのかッ?」

「ぃ、いません、、1人ぼっちです……」

「女だからってウソついたら容赦しねぇぞッ、」

「嘘は付いてませんっ、……ぁの、だから、出来れば、協力しませんかっ?」


 ブルブルと震える鈴子の言葉に嘘は感じられない。

2人は顔を見合わせ、改めて鈴子を見やる。


「……協力って、何?」

「制度が終わるまで、安全に過ごしたいと思いませんかっ?

 そう出来れば、争わなくたって、きっと、助かると思うからっ」


 訴えかける間にジワジワと涙が滲んで来る。

そんな鈴子の必死さに、2人は声を潜めて話し合う。


(何? 何を話してるの? ……いや、疑っちゃいけない。信じなきゃ。

 でなきゃ こっちが疑われる……)


 疑いは疑いを生む。

信じる事で誠意を伝えるべく、鈴子は黙って2人の判断を待つ。


 そして、待つ事 暫し、2人はパイプを下ろす。


「解かった。えっと……由利、だっけ?」

「俺、知ってるよ。あんま見かけねぇけど」

「まぁイイや。お前、食いモン持ってる?」

「ぅぅん。何も……」

「チッ。……ま。しゃぁねぇか。女1人で生き延びたってだけでもスゲェや」

「1人って言うか……色々、助けて貰えて……」

「強運だなぁ」

「ぅん、」


 鈴子は戸棚の前に歩き、カーペットの上に正座。

“私に攻撃の意志はありません”を、アピールし続ける。


(鳴神君の事は、どうやって説明しよう……)


 有野は出入り口の脇に張り付き、外の様子を警戒。

斉藤は音楽室内をゆっくりと徘徊する。鈴子は2人に繰り返し一瞥を向ける。


「あの……女子って、私の他に見ましたか?」

「まぁ、何人か」

「屋上から飛び降りて自殺したのも多いみたいだぞ」

「!?」


 獣の様な男子生徒に追い駆けられた女子生徒の数名は、次々に投身自殺。

まだ1日ばかりだと言うのに、生死の結果が明確に出ている。

2日目の今日は どの様な展開を生むのか、想像するのも恐ろしい。


「コミュ障のヤツらは誰とも組まねぇでいるから、

 アッちゅぅ間にイカレちまって、手当たり次第に殺して歩くし、

 残ってる女子なんかはバリケード張って、男は ぜってぇ中に入れてくれねぇし」

「つか、残った女子の凶暴性とか異常だろ。集団リンチされる男子、結構いたぢゃんか」

「ぁぁ、女子コワ。俺、トラウマだってぇ」

「ってか、腹減ったぁ……腹減りすぎて頭イカレたの増えてんじゃねぇ?

 品行方正に食事できるメンタルのヤツ、残ってんのかよ?」


 斉藤と有野も屋上で食料を手に入れられる自信が無い様子。

鈴子は姿勢を正した儘、2人に伺いを立てる。


「きょ、協力して取りに行く、、とか……出来ませんか?」

「そうしたいケド、どうやって? お前、武闘派なの?」

「ゎ、私、ですか? そんな、戦う何て……」

「ハァ。1人増えた内に入らねぇよなぁ、コレ」

「由利じゃぁなぁ」

「ご、ごめんなさい……」


 戦力になる所か、全く期待されていない。鈴子はガックリと項垂れる。

考えてもみれば、臆病者の鈴子に何が出来るだろうか、単に無害と言う以外に無い。

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