第13話 共闘態勢

 戸棚の隙間に、朝の日差しが差し込む。


「……!」


 鈴子の意識は瞬く間に覚醒。寝惚ける間も無く、鳴神を見やる。


「ゎ、私っ、、」

「静かにしろ。何人か校内を徘徊してる」

「!……ぁ、あの、、私、スッカリ寝てしまって……ぁの、起こしてくれた?」

「いや」

「何でっ?」

「俺が眠くなかったから」

「……」


 心構えも無いまま叩き込まれた極限状態に、何食わぬ顔をして眠れる神経は無いと言われれば それ迄だが、心身の疲労は現実的なものだろう。

眠くない筈が無い。


(私じゃ見張りには頼りないから……)


「ごめんなさい、、」

「どうでも良い。そんな事より、まだ制度は執行中だ。

 今日の昼には配達される物資を掴んどかなきゃ、生死の分かれ目だぜ?」


 食べなければ体力ともに集中力が奪われる。

食べる事を考えるなら、正午には屋上に投下される食料を手に入れなければならない。

然し、そう考えているのは2人だけでは無いだろう。

他の生徒も必要と判断して屋上へ向かう筈だ。


「念の為、人目を避けて時間をずらすか……」

「待ち伏せされるかも知れない、、」

「バトルロワイヤルかよ、」

「倉木君が言ってたの。ここで1番偉いのは誰かを弱肉強食で決めるって」

「はぁ? 何だそりゃ?」

「皆、正気じゃ無くなって、お互いを攻撃しあってる……

 生き残った生徒が現れるって分かってる場所にノコノコ出て行ったら、

 好戦的な人と鉢合わすに決まってるっ、」


 集団妄想に駆り立てられ、たった1日で引っ込みの付かない状況が作り出されている。

皆、狂気を失えば自分が狩られる側になる恐怖感に、闘争心を高めているに違いない。

中でも、倉木は賢い男だ。

食料を求めて動き出すだろう鈴子を、屋上界隈で待つのが手っ取り早いと気づいている筈だ。

自分の置かれている立場が具体的に想像できれば一層に気が滅入る鳴神の脱力に、鈴子は項垂れる。


「ごめんなさい、嫌な事 言って……」

「ぃゃ、現実がそうだってなら仕方ねぇ。

 お前は ここから外を見張ってろ。俺は一端ここを出る」

「!?」


 先程の話を聞いていたのか、鳴神の言葉に鈴子は口から飛び出す驚きを咄嗟に飲み込む。


「一端だ。先ず、電気を点ける」

「電気なんか必要ないよっ、」

「夜になれば、また真っ暗になるぜ?」

「!」

「今の内に教室の電気を点けとけば怪しまれねぇ筈だ。

 それから、家庭科室に行って来る。

 確か、家庭科の杉浦が冷蔵庫に私物の食い物 突っ込んでるのを見た事がある」

「何でも見てるのね……」

「偶然だ。手付かずで残ってりゃ、少なくとも今日は屋上に出なくて済む」

「そ、そうね、でも、それなら私も一緒に、」

「お前は当分 姿を隠した方が良いだろ。

 暫く誰の目にも留まらなきゃ、あのストーカーに死んだって思わせられるかも知れねぇ」

「でも、それじゃ鳴神君が、」

「うるせぇよ。お前がくっ付いて来たら逃げられるもんも逃げられねぇって言ってんだ」

「……、」


 身も蓋も無い。

鈴子が黙れば、鳴神は静かに背版を上に押し上げる。



「ま。俺が戻らなかったら、1人でも頑張れよ」



 縁起でも無い台詞を残し、パタン……と背版が下りる。


 鳴神は出入り口にある照明のボタンを押す。

カチッ……と、蛍光灯が燈る音がするも、日差しの為に電気が点いたかは分からない。

この分なら、日暮れと同時に灯りが浮き彫りになっても誤魔化せるに違いない。


(暗いの、私が怖がったから……

 鳴神君の食べる物、私が食べちゃったから……)



『小さくてさ、弱々しくてさ、虫も殺せませんみたいなさ……』


『俺が殺さなきゃ、お前が殺されてたんだぞ!!』



 倉木も初めは純粋な正義感の持ち主だった。

それが、加瀬を死なせてしまった事を切欠に綻び始め、猟奇的な行動を取るに至っている。

そして、今度は鳴神を盾に鈴子は無傷を保とうとしている。


(私、何て情けないの、、)


 倉木がいなければ、鈴子はとっくに殺されていただろう。

鳴神がいなければ、鈴子はとっくに無慈悲な扱いを受けていただろう。

そう思えば、惨めさに涙が溢れて来る。


「うぅうぅ……っっ、」


 鈴子は鳴神から借りっ放しのパーカーに縋り付く。

メソメソ泣いても何一つ解決しないのだが、鳴神が戻る迄の時間が心細くて堪らない。

否、戻らないかも知れない。

そうなれば、見捨てられたか、最悪のケースを言えば、死んでしまったかと言う事になる。

この想像を嘆かずにはいられない鈴子だ。



*



 校舎内の様子が休み無く映し出された無数のモニターを前に、国の賢人達は揃って一息を着く。


「流石に、1日経つと落ち着きますな」

「所詮は子供ですからね」

「何処の学校も昨日の内に食料を手に入れられたのは一部の生徒ばかりのようですから、

 空腹で動けないんでしょう」

「今回も殺し合いに発展しなかった学校は1つとありませんよ。

 人数も減れば静まるのは当然の事でしょう」


 制度が執行されているのは、何も一校だけでは無い。全国の高校が対象だ。


「殺し合いとは……あぁ、我が国民とは言え、嘆かわしい…」

「然し、協力しあう姿も幾つか見られる。

 これこそ、我が国民に相応しい健全な精神です」

「馬鹿な事を……若者は気まぐれだ。

 たった1日で判断するのは性急すぎると思いますがね?」

「何にせよ、もう暫く様子を見ましょう。ホラ、揃々 昼の時間です」

「どんな行動を起こすか、見ものですなぁ。」



*

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