第12話
「ゎ、私、F組の由利鈴子です。アナタは?」
「A組の
「鳴神君……ごめんなさい、私、余り登校してないから、アナタの事 知らなくて……」
「2年になって転校して来た。俺の事を知ってるヤツは少ない」
戸棚の中でヒソヒソ話し。音楽室前の廊下は足音が増える。
どうやら、暴れて騒ぐ倉木を危険視した生徒達が集いだした様だ。
数は少なくなったと言うが、闘争心は枯れていないらしい。
然し、音楽室に2人が隠れているとは誰も気づかない様子。
ここで暫く足休めが出来そうだ。
鈴子は怪訝する。
「それより、驚いた……
この戸棚は開かないからって、音楽の松木先生が言っていたのに、」
そうなのだ。2人が隠れているのは戸が開かなくなった棚。
だからこそ、倉木は “鈴子は音楽室にはいない”と、断定して出て行ったのだ。
鳴神は苦笑する。
「松木のヤツ、個人観賞用のDVDをこの棚に隠してたんだよ。
戸が開かないように釘を打って、代わりに背版を動かせるように細工してやがった」
丁度、出前で使われるアルミの岡持ちの様な仕組み。
背版を上に持ち上げる事で、中の物を取り出せるようにしていた様だ。
「個人観賞用って?」
「AV」
「ぁ、、そ、そう……、鳴神君、良くそんな事 知ってたね?」
「授業サボッた時に偶然 見かけた。
このトリックを知ってるのは俺くらいだろうから、隠れるには打って付けだ」
「ずっと、ここに隠れていたの?」
「ああ。スゲェ騒ぎになっちまったし、
こんな下らねぇ事に巻き添えくらうのも御免だからな。逃げるが勝ち。
ダセェだろ? 嗤ってくれて良いぜ」
嗤うも何も、鈴子も同じだ。
争う事を良しとしないと言えば聞こえは良いが、単に恐ろしくて堪らない。
逃げて逃げて、逃げ果せる事が出来たなら、後は何と罵られようと構わないとすら思っている。
「ううん。鳴神君が そうゆう人で良かった……
そうゆう人がいてくれたらって、願ってたから。でも、」
鈴子は改めて鳴神を見やる。
「そんな鳴神君が、どうして ここから出て来たの?」
ここにずっと隠れていれば、倉木に追跡される恐怖を味わう事は無かっただろうに、
何故 鈴子の前に現れたのか、そんな疑問符に鳴神は顔を伏せる。
「―― ただ、聴こえたから、」
「?」
「助けてくれって」
「……」
鈴子の悲痛の叫びが、開かずの戸棚に身を隠す鳴神を動かしたのだ。
「無視しようとしたのは事実だけどな」
「でも、来てくれた……」
「行ってみりゃ逃げろって言うし、お前は一体 何々だよと」
「……フ、フフフ、、ごめんなさい……でも、ありがとう」
鳴神は、鈴子の願った通りの男の様だ。
「それより、この下らねぇ制度が いつ終わるかが問題だ。
少なくとも、夏休みが終わる前にはケリが着くんだろうけどな」
「夏休みが終わるまで?」
「休みが明ければ、他の生徒が登校して来る」
「そ、そうか、そうだねっ、」
今は、夏休みも半ば。
あと2週間近くは この校舎を政策執行の舞台として使える訳だ。
(2学期の始業式まで……
これが後2週間も続くとして、飲まず食わずではいられない。
万一の時に、逃げる体力を残しておかなくちゃけいない。
あぁ、そう言えば、日に1度、食料を屋上に落としてくれるって……確か、正午)
腕時計に目を落とせば、早いもので時刻は16時。
朝食以来 何も食べていない事に気づけば、途端、空腹感に襲われる。
「鳴神君、何か、食べた?」
「―― 食うか?」
差し出されたのは、ビスケットタイプの栄養補助食品。
「これ、鳴神君の?」
「俺、燃費ワリぃから、いつも食い物 持ち歩いてんだ。もう それしかねぇけどな」
「……」
備えあれば憂い無し。
鈴子も鞄の中には摘める菓子の1,2袋は仕込んでいるが、残念ながら教室に置き去りにしている。
「ゎ、私、要らない……オナカ、空いてないか ――」
言い終えぬ間に、クゥ~っと腹が鳴るのがお約束。
慌てて腹を押さえる鈴子の強がりに、鳴神は息をついて苦笑する。
「食えよ。腹の虫で足が付いたとか、シャレにならねぇから」
「ご、ごめんなさい、、」
情けないやら ひもじいやら。
鈴子は申し訳なさげに身を縮め、ビスケットをチビリチビリと食べる。
食べ終わる頃には陽もスッカリ傾き、何処も彼処も暗闇に包まれ、校内は昼間の騒動が嘘の様に静まり返る。夜に包まれた校内の静けさには、誰もが震悚しているに違いない。
鈴子は腕時計に目を落とすが、針も見えない。
「真っ暗だね、」
「ガキじゃあるまいし、怖いとか言うなよ?」
「そ、そんな事ないけど……静かだし、皆 眠ったのかな? って、」
「眠いなら寝ても良いぜ。でも、交互にだ。起きてる方が見張り役」
「ぅ、うん、」
「どれだけのヤツらがグループ行動してるか分からねぇけど、
少なくとも、お前のストーカーは1匹オオカミっぽいからな、
明日には睡眠不足で判断力が落ちるって期待してぇよな?」
鳴神は物音を最小限に抑えながら、羽織っていたパーカーを脱ぐ。
「有り難い事にエアコンは止めずにいてくれるみてぇだし、これ着てろ。
寝冷えで風邪でも引かれたら、こっちが迷惑だ」
「ぁ、ありがとう、」
鳴神は随分と落ち着いている。
単なる臆病者として身隠れを徹している訳では無さそうだ。
鈴子はパーカーを受け取り、肩にかける。
(温かい。鳴神君の匂いがする……)
不思議と安心する匂いだ。鈴子は目を閉じる。
(明日には、終わっていると良い……
鳴神君と一緒に無事にここを出たい……元の生活に戻りたい……)
『本日お集まりの皆サンは、
担当教師、及び学校責任者・教育委員会による厳正なる審査により選ばれました』
(私が選ばれたのは きっと、登校拒否気味だったからだと思うけど……倉木君は?
彼は成績も良かったし、人望もあった。でも……)
『殺さなければ……殺される、のに……?』
(……気が動転してしまったんだ、、こんな事さえ起こらなければ、倉木君は……)
『制度終了までの期間、ルール以外の法律は決して介入しません。
安心保障の無法地帯です』
(何も知らされないまま、何が起こったのか分からないまま死ぬなんて、
そんな事、受け入れられるもんか……)
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