第11話
「殺さなければ……殺される、のに……?」
「倉木君……」
「俺が殺さなきゃ、お前が殺されてたんだぞ!!」
「!!」
倉木は鈴子の手首を無遠慮な力で握り締めると、そのまま引き摺る。
「ぃ、いや、やめて、、」
「加瀬も岡田も……島津だって!
又いつ お前をイジメるか分からないから、ちゃんと見つけて殺しておいてやったのに!!
お前の為に沢山殺して、親友だって見殺しにしたんだぞ!?
それなのに、それなのに、そんな俺を、ただの人殺し扱いするのか!?
全部お前を守る為なのに、それを解かって言ってるのか!?」
「だ……誰か、助けて、、」
「ふざけんな!! 俺がお前を助けてやったんだろうが!!
お前は俺のモノだ!! 誰にも渡さない!! 誰にも渡さないからな!!」
「ぃ、やぁ!! いやぁあぁあぁあぁ!!」
倉木の禍々しい恫喝に、鈴子は絶叫。
叫んでも無駄なのは解かっている。叫んだ所で助けは来ない。
それは日常でも同じ事。
そして今は、既に敵と化した学友に居場所を知らせるばかりの自殺行為。
然し、それでも鈴子は この現場を否定したい。
この現実の全てを否定する為の声を上げずにはいられない。
(誰かが現れて、私を殺すと言うのなら殺してくれて構わない……
でも、少しでも躊躇う気持ちが残っていたなら、)
「!」
鈴子は目を見開く。叫ぶ事を止めた鈴子の様子に倉木の手も緩む。
鈴子と倉木が見つめる廊下の先に、1人の男子生徒の姿。
足下を惑わせる その動向に躊躇いが窺える。
(ただ、逃げて欲しい……)
鈴子は倉木の手を振り払い、立ち上がると一目散に駆け出す。
(誰かを傷つける事を考えるよりも先に、私と一緒に逃げて欲しい!!)
「逃げてぇ!!」
鈴子の言葉に従う様に、男子生徒は踵を返して駆け出す。
「待て、由利!!」
けたたましい足音が響き渡る。
ただ前を見て走る。視界の中心には男子生徒の背中。
鈴子の背後には、怨望を露わに浮かべる倉木の追跡。
『殺さなければ……殺される、のに……?』
(違う、逃げるんだ……逃げる、ただ只管! この馬鹿げた制度が終わるまで!!)
前方を走る男子生徒も同じ気持ちに違いないと思えば、廊下を駆ける鈴子の足が減速する事は無い。だが、右折した廊下の角で男子生徒の背中を見失う。
鈴子はつんのめる様に足を止める。
(ぃ、いない!? 何処!? 隠れた!? それとも、誰かに捕まった!?)
右隣には音楽室。ドアは開いているが、覗けど人の気配は無し。
ここでも騒動があったのだろう、その激しさを物語る様に背が低くも重厚な戸棚が乱雑に移動されている。
「由利ぃいぃいぃ!!」
倉木の気配が背後に迫る。
この儘では捕まっては、どう扱われるか分からない。
「ぁ、あぁ……逃げ、な、きゃ……」
恐怖と疲労に鈴子の膝が震えると同時、
ガタッ!!
「!?」
突然の物音は音楽室から。
鈴子が今一度、音楽室に目を向けると、戸棚の中から男子生徒が顔を出す。
そして、鈴子を手招くのだ。
「こっちだ、」
「ぅ、うんっ、」
鈴子は音楽室に滑り込み、男子生徒と共に戸棚の中に身を丸めて隠れる。
「由利ぃいぃいぃ!! 由利ぃいぃいぃ!!」
鈴子を見失った倉木は、音楽室を前に右往左往。
この先には美術室・家庭科室が並び、他棟へ繋がる連絡通路が伸びている。
他棟へ移動したとなれば、捜索範囲は拡大するが、乱闘騒ぎが通路を伝って聞こえて来る以上、臆病者の鈴子が向かったとは考え難い。
この界隈の教室に逃げ込んだと考えるのが妥当だろう。
小狭い戸棚の中で膝を抱えて身を潜める鈴子は、男子生徒と共に乱れた息を押し殺す。
そして、戸棚の隙間から僅かに差し込む外の光に顔を近づけ、倉木の様子を窺うのだ。
(音楽室、入って来た……)
固唾を飲む。
「由利ぃ、何処にいるんだ? ここに隠れてるんだろ ?出て来いよ」
……
「この制度の期間中、ずっと隠れて やり過ごすつもりか?
お前にそんな事できやしないよ。食事だって採らなきゃならないのに、」
……
鈴子は姿を表さない。倉木は苛立ちに奥歯を噛み鳴らす。
「由利ぃ!! 出て来い!! でなきゃ守ってやれないだろ!!」
戸棚の天板を金属バットで殴り付ける。
ガコン!!!
「!!」
奇しくも、2人が隠れた戸棚に走る激震。
余りの恐怖に悲鳴が飛び出しそうな鈴子の口を、男子生徒は慌てて押さえ付ける。
叫ばれては倉木に見つかってしまう。手にした金属バットで滅多打ちにされるだろう。
「―― あぁ、ココに隠れてたのか」
「!!」
(バレた!! 見つかった!!)
全身が凍りつく。戸棚の直ぐ脇に倉木の足音。
倉木は背を屈め、戸棚を開け放つ。
ガラガラガラ!!
……
……
「いない……」
倉木は残る戸棚を手当たり次第に引き開けて行く。
ガラガラガラ!!
ガラガラガラ!!
ガラガラガラ!!
そして、遂に最後の1つに倉木の手が伸びる。
ガッ……
「―― あぁ、そっか。1つ立て付けが悪くて開かない棚があったんだっけ」
開かない戸棚に隠れる事は出来まい。
ここに鈴子はいないのだと考え直し、倉木は音楽室を出て行く。
倉木の足音が消えた事を耳で確認すると、2人はホッと息を吐き出す。
鈴子は胸を押さえながら、目の前で膝を折る男子生徒に目を向ける。
「ぁ、ありがとう、助けてくれて……ごめんなさい、、」
怖い思いをさせたであろうから、最後に謝罪を付け加えると、男子生徒はガックリと項垂れる。
「ホントだ……とんでもねぇ目に遭った、」
戸棚の中は薄暗い。
男子生徒の顔は良く見えないが、声を聞く限り悪い印象は無い。
(うちのクラスの男子じゃない、他のクラスの人は良く分からない、
殆ど登校して無いから、無理も無いか……)
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