第8話

 金属バットで殴りつけられでもすれば、間違いなく死んでしまう。

鈴子は廊下に転がり出ると、左右を見回す。幸か不幸か人の気配は無い。


(どっちへ逃げる!? どっちへ逃げても誰かに出くわしたら……)


 校内には常軌を逸した殺人鬼の様な同級生が、岡田の他にも徘徊しているに違いない。


(逃げる……? 戦う……?)


 頭上で、ブン!! と空を裂く音。金属バットが振り下ろされる。


「死にやがれぇ!! クソムシぃいぃいぃ!!」

「ぅ、あぁあぁあぁあぁ!!」


 鈴子は声を張り上げ、岡田の腹にタックル。

その勢いに、金属バットは振り下ろされる前に岡田の手から離れ、廊下に落ちる。



 カン!!

 ゴロン、ゴロン!!



 まるでレスリング開始のゴングの様な音。鈴子と岡田は倒れたまま掴み合う。


「このヤロぉ!! クソムシの分際でぇ!!」

「好い加減にして! 私はアナタ何かに興味ない! 2度と私に付き纏わないで!!」

「ぅるせぇ!! 殺してやる!! 殺してやる!!」


 髪を引っ張り、頬を引っ叩き合いの取っ組み合い。

鈴子自身、まさかコレ程の反骨精神があるとは思いもしない。

だが、元々 小柄な鈴子には分が悪い。

岡田は馬乗りになる鈴子の腹を力任せに蹴り飛ばす。



 ドッッ!!



 2mは吹っ飛ばされただろうか、鈴子は仰向けになって廊下に落ちる。

岡田の重い一蹴りに鈴子は身動きも取れずに小さく唸る。


「ぅ、ぅうぅ…」


(ぃ、痛い……もう駄目だ、、逃げられない……)


 岡田は息を荒げながら、鈴子を見下す。


「クソムシの割には良く頑張ったじゃん? 所詮クソムシだけど!!」



 ドス!!



「あぅぅッ!!」


 岡田はボールの様に鈴子を蹴り付ける。



 ドス! ドス! ドス! ドス!



「お前こそ!! 2度とアタシの前に、そのクソムシヅラ出すんじゃねぇ!!」


 岡田は膝を抱える様に足を上げると、鈴子の顔面を目がけて踏み下ろす。



 ガツン!!!



 鈴子は眼の奥から大きく見開き、息を飲む。不思議と痛みは無い。


「ぁ……」


 見上げる先には、まるで柳の葉の様にユラユラと左右に体をくねらせる岡田。

そして、岡田は徐々に腰を低く落とし、床に崩れる。

代わりに、鈴子の視界に現れるのは倉木の横顔。

手には岡田が落とした金属バット。ボタボタと赤い液体が滴っている。


「倉、木、君……」


 又も間一髪、命拾い。

腹の痛みに目が回るが、鈴子は上半身を起こし、横たわる岡田を見やる。


(バットで殴った……?)


 倉木は拾い上げた金属バットで岡田の頭部を強打したのだ。

ゾッとする状況だが、幸いにも息のある岡田に鈴子は息をつく。

僅かに出血は見られるが、直ぐに救急車を呼べば、助かるかも知れない。

然し、倉木は今一度 金属バットを振り下ろす。



 ガツン!!



「ギャッ!!」


 岡田の腰骨がボキリと折れる。

鈴子は鈍痛の残る腹を抱えながら声を絞り出す。


「な、何してるの、倉木君……やめ……」

 金属バットを肩に担ぎ、岡田を見下す倉木の表情は窺えない。



『大人になるには、ソレ相応の資質が必要です。』



「岡田……折角 助けてやったのに、お前、また由利をイジメて……」

「く、倉木、ァタシ、、倉木が、好き、で、だから、、」

「お前、馬鹿じゃないか? 誰がお前みたいな醜い女に好かれて喜ぶんだよ?」

「く、くら、きぃ…」

「自分の日頃の行いを思い出してみろ。

 面倒な事は人に押し付けて、頑張ってる人を笑い飛ばして、陰口ばかり叩いて……

 人を虐げる事でしか自己主張できない何て、本当、虫唾が走るよ」

「ぅぅッ、、……アタシ、は、、」

「お前みたいな奴が社会に出たら何しでかすか分からない。

 死んじゃえよ。お前みたいな奴は。死んだ方が世の中の為だ」



『資質が伴わなければ排除される、』



 発せられる倉木の声は酷く淀んでいる。

そして、改めて金属バットが振り上げられるのだ。



「だから お前は選ばれたんだよ」



『大人の階段とは、それはそれは険しい道のりなのです』



「やめてぇぇ!!」



  ゴッ……



 予想以上に地味な音だ。

その代わり、割れた岡田の頭部から滲み出す鮮血の勢いたるや、実に豪快。


「倉木君……どう、して……こんな、」


 鈴子の目からはボロボロと涙が零れ落ちる。

倉木は暫し呆け、一息を着くと共に振り返って満面の笑みを見せる。



「あぁ、由利が無事で良かった!」



 倉木の笑貌は血み泥の空間には似つかわしくない程に清々しい。

腰を折ると、唇から血を流す鈴子の頬に手を添える。


「教室にいろって言ったのに……でも良かった、間に合って」

「どうして、こんな事……」

「あぁ。本当にビックリしたよ。初めは女子と揉てただけなのに、

 気づけば、ここで1番 偉いのは誰か?誰が命令するべきか?何て事に発展するんだから。

 皆、興奮気味だったから、話し合いも間々ならなくてさ……

 誰だろう? 弱肉強食なんて言い出したのは。

 きっとアレが切欠だろうな……アッと言う間に殺し合いになって、

 一時はどうなるかと思ったけど、由利が待ってると思ったから、俺、頑張れたよ」


 普段はこれ程 饒舌に話す男では無い。

鈴子に対しては照れ臭そうに、気恥ずかしげに視線を漂わせたものだ。

それが、今の倉木は実に勇ましい。

自信に満ち溢れた様子で鈴子を真っ直ぐ見つめている。

だからこそ、鈴子は気づくのだ。



(もう、私の知ってる倉木君じゃない……)



 登校時・下校時、笑顔で挨拶を寄越した倉木では無い。

授業ノートのコピーをコッソリと机の引き出しに忍ばせてくれた倉木では無い。

鈴子の知る、頼り甲斐ある倉木では無い。


 ただの殺人鬼だ。



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