第7話 生存戦略
「きゃぁあぁ!!」
ガタぁン!!
「クソムシ!! チョロチョロ逃げ回るな!!」
鈴子は這い蹲る様にしてベランダに向かう。
然し、岡田の手は鈴子の長い三つ編みを容赦なく掴み取る。
「きゃぁ!!」
「ここには法律なんて無いんだ! 何だって許されるんだ!
お前 殺して、川野も殺して、アタシを見捨てた島津だって殺してやる!
そいで全部無かったコトにして、アタシが倉木のカノジョになるんだ!
邪魔するヤツは皆 殺してやる!!」
岡田は全体重をかけ、鈴子を机上に叩き付ける。
ダン!!
「うぅ、くッ!! …は、放して…ッッ、」
机上を懐に抱える様に倒れ込んだ鈴子の背中を、岡田の膝がグリグリと押さえ付ける。
そして、岡田は三つ編みを両手に掴み、ロープ代わりにして鈴子の首に回すと、
そのまま締め上げる。
「ぅあ、ぅぅッ、ッ!!」
「死ね!! 死ねぇ!!」
攣れる頭皮の痛みなぞ、首絞められる苦しみの前では感じる事も出来ない。
(死、ぬ……殺される……岡田サンは本気で、、)
心臓はドクンドクンと暴れる様に打ち付け、失われゆく意識を手繰る様に、鈴子の手は宙を掻く。
(お母サン……)
『鈴子、今日は……学校 行くんだね?』
『……うん……絶対に来るようにって、先生が……』
『鈴子……』
『大丈夫だよ、お母サン。私、ちゃんと頑張るから……』
(お父サン……)
『鈴子、良いんだよ。頑張らなくたって。
お父サン達は誰に何を言われたって構わないんだ』
『お父サン?』
『鈴子が生きていてくれさえすれば、それだけで……』
(お父サン達は知ってたんだ。今日、学校で何が起こるか……
だから あんなに悲しそうな顔をしていた……)
鈴子は閉じかけた目を見開く。
「死、死ぬ、もん、か……」
「!?」
(私は家に帰るんだ……)
「は、な、せッ、、」
(私を待っていてくれる、お父サンとお母サンの所に帰るんだ!!)
鈴子は体を捻り、机から転げ落ちる。
体勢を崩し、一緒になって倒れる岡田の手から髪を取り戻すと、鈴子は咳き込みながらも起き上がる。
「ぅぅ、、ッッ、ゲホッゲホッ、、」
「クソ、、ムシぃぃ!!」
岡田が立ち上がる前に鈴子はベランダに飛び出し、全力疾走。
だが、真っ直ぐ伸びるベランダの先は行き止まりだ。
後ろを振り向けば、既に体勢を立て直した岡田が追い駆けて来る。
(捕まっちゃう、)
並びの教室が安全かは分からないが、逃げ道を選んではいられない。
鈴子は一か八かの覚悟で他教室に飛び込む。
「!?」
矢先、何か重いものに蹴躓く。
ドサ!!
両膝を強打。鈴子は慌てて体を起こすも、直ぐ様 声を裏返らせる。
「ひ、ひィ!!」
躓いたのは、血塗れの男子生徒の体。
その青白い顔色に、一目で息が無い事が解かる。
(な、何で……)
腰を引き摺って逃げ道を稼ぐも、又も背中に当たる障害物の存在に、鈴子はゴクリ……と喉を鳴らし、振り返る。
(何で こんなに人が死んでるの!?)
ゆっくりと見回す教室内は、まるで戦場跡の様な光景。
皆、殴られ蹴られて絶命したのだろう、
体中が変色し、流血、ボコボコと膨れ上がった、男女共に激しい損傷を見せる遺体が、
そこかしこに散らばっている。
「ひ、酷い……」
(何が起こったの!? 何が起こってるの!?
あの放送通り学校が無法地帯で、好き勝手にして良い事になったとしても、
こんなの あんまりだ!!)
皆、ただの学友。
仲が良いかは別にしろ、殺し合う程 憎しみ合ってはいなかった筈だ。
それだけ平凡で当たり障り無い交友関係が築かれていただろうに、この惨状は余りにも脈絡が無い。
鈴子はヨロヨロと立ち上がり、生前の面影を失った遺体の数々を申し訳なさげに跨いで廊下を目指す。
(一体 誰がこんな事を……)
「ごめんなさい、ごめんなさい、、許して、、」
(殺し合いに発展する理由なんか何処にも無い! 私達には1つも、)
『皆サンは、担当教師と教育委員会による厳正なる審査により選ばれました』
(―― 理由を持っていた?)
「だから、選ばれたの……?」
(そう言えば、入学式の時、校長先生が奇妙な話をしていた……)
『皆サンの学校での生活態度は将来の皆サンに大きく影響します。
清く・正しく・美しく。健全で健やかなる精神を育む努力を怠ってはなりません。
でなければ、この国では大人にはなれないのです』
「大人になれない……?」
『大人になるには それ相応の資質が必要です。
資質が伴わなければ排除される。大人社会とは大変厳しい世界であって、
大人の階段とは、それはそれは険しい道のりなのです。
そうして、正しい見識を持った大人となるのです』
「大人の階段……」
『ですから、くれぐれも出る杭にはならないよう、努めてください』
「私達が、出る杭だっから選ばれた……?
大人になるのに相応しくないから、選ばれた……?」
現実は、端から仕組まれていたのだ。
将来、迷惑行為や犯罪を起こすだろう要素を持つ子供達を選出し、こうした制度にかける。
何事も起きなければ事なかれ。大人になる事を認められる。
国家が制度を確立して以来、こうなる事は義務づけられていたのだ。
「まさか、こんな……酷い事が……」
雖も、校内放送は残虐な殺戮を推奨してはいない。
ただただ法律の無い自由を、選抜された高校3年生に与えたに過ぎない。
その結果、巻き起こされた現実が目の前にあるだけだ。
「これが、私達の導き出した、大人への階段……」
認めたくは無い。鈴子はフルフルと頭を振る。
そこに、ベランダから滑り込む足音が聞こえる。
「ク、ソ、ム、シぃいぃいぃいぃい!!」
「!!」
胴間声を上げた岡田が現れる。
何処で拾って来たのか、その手には金属バットが握られ、異常な興奮状態。
そして、教室に転がる死体の数々には目もくれず、ダンダンダン! と足音を立てて鈴子に詰め寄る。
「クソムシ!! 殺してやるからぁ!! 叩き潰してやるからぁ!!」
「ぃ、やぁ!!」
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