第6話

「アタシが何されたか……あん中から見てたんだ……」

「……、」

「ザマぁみろとかって思ってんでしょ……?」

「そ、そんな事ないっ、」

「ウソつくんじゃねぇよ……

 アタシ、アンタのコトすごくイジメたし……殴って、お金だって取ったし……」


 虐げられた日々を思い出せば、鈴子の眉は苦しげに歪められる。


(そう。彼女達には死ぬ程 苦しめられた。

 今日までに何度 手首を切ったか分からない。

 だから、私と同じ苦しみを味わえば良いって、いつだって思っていた)


 鈴子は羽織っていたカーディガンを手早く脱ぎ、岡田に差し出す。


「その……上着、貸すね? 私の何か、ダサくて嫌だろうけど……」


 岡田の制服のブラウスは、服の役目を果たせた物では無い。

まさか散々イジメ尽くした相手に労わられるとは思いもしない岡田は、目を疑う様に鈴子を見やる。



「何で……?」


「それとこれとは違うって、思うから……」



(私と同じ苦しみを味わえば良い。でも、これは私と同じ苦しみじゃない)


 例外なのだ。同じ女性として、承認できる痛みでは無い。

鈴子の言葉に岡田は下唇を噛み、込み上げる嗚咽を飲み込む。



「ゴ、ゴメン、鈴子ぉ……」


「!」



 岡田の言葉に鈴子は瞠若する。耳を疑ってしまう。

然し、聞きたかった言葉でもある。これ迄の苦しみを消化する、魔法のような言葉。

鈴子は胸を押さえ、ホッと肩を撫で下ろすと、教室内を見回す。


「皆、他の棟で騒いでるみたいだから、今の内に教室の鍵を閉めようと思う」


 鈴子の言葉に岡田はギョッと顔を顰め、瞿然を露わに加瀬の遺体に目を側む。


「こ、ここに留まるのッ? 死体があるのにッ? き、気持ち悪いッ、怖いよッ、」


 確かに、騒ぎに巻き込まれた加瀬の遺体は見るに耐えない程 損傷している。

然し、倉木が戻って来る事も考えれば、教室を変えるのは賢明で無い。

唯一味方となる男子生徒を失いたくも無いから、鈴子は岡田の背を摩って宥める。


「大丈夫、倉木君が戻って来るまでの辛抱だから、」

「く、倉木?」

「うん。倉木君は私達を助けようとしてくれてる。彼だけは信用できると思うの」

「……」


 考え様によっては、倉木に助けられたと言えなくも無い。

然し、岡田が それを納得するには今暫くかかりそうだ。

鈴子は腰を上げ、教室の出入り口へと遽走る。

先ずは廊下側のドアを施錠するとしよう。


 念の為 外の様子を窺えば、何処のクラスも同じ事を考えてか、

混乱から逃れようとする仲間達で教室に立て篭もる準備をしている。

誰もが凶暴性を見せている訳では無い事に安心は出来るも、他クラスの生徒と結託する事には消極的だ。目が合えば化け物でも見る様にして教室に逃げ帰ってしまう。

こんな調子で元の平穏が取り戻せるのか疑問だが、鈴子は頭を振って手早くドアを閉める。



 カチャン。



 ワンタッチ式の内鍵では心許ないが、無いよりはマシ。

鈴子が前後のドアを施錠する様子を目で追いながら、岡田は膝を抱える。


「ねぇ鈴子……倉木、ホントに信用できる……?」

「ぅ、うん。大丈夫。

 掃除用具入れに私を隠してくれたのも、川野君を連れ出してくれたのも倉木君だから、」

「そっか……倉木、アンタのコト好きだもんね……」

「ぇ?」

「ハハ……まさか、気づいて無かったとか?」

「……」


 岡田の言葉に鈴子は睫目。

思えば、今日に限らず、倉木は普段から鈴子を励ましている。

朝や帰りの挨拶は勿論、授業の遅れを取り戻す為ノートをコピーしてみたり、鈴子と関わる事を恐れていたクラスメイトとは一線を画した態度。

そこに好意があったと考えるのは、至極 当然だろう。



『由利の事は俺が守るからっ、』



(倉木君が、私の事を……?)


 岡田は戸惑いを隠せずにいる鈴子から苦しげに目を背ける。


「イイよね、アンタは」

「岡田サン?」

「小さくてさ、弱々しくてさ、虫も殺せませんみたいなさ……

 男子にも特別扱いされてさ……」

「そんな、」

「そんなコトあるんだよ、現に今だって無傷じゃんか……」

「!」


 無傷。鈴子の心に、グサリと突き刺さる言葉。

ただただ怯えるばかりの鈴子は何をするでも無く、倉木の正義感によって2度も助けられている。

それに比べて、岡田は仲間の島津にも見捨てられ、挙句の果てに乱暴され、立ち直る余地も見つけられない。


「アタシなんかッ、アタシなんかぁ……ッ、うぅぅぅ……」


 自分が惨めでならない。

岡田は再び堰を切った様に泣き出し、両膝を抱えて顔を伏せる。

鈴子は右往左往。


「ぉ、岡田サン、ゃ、休んでて、私、ちゃんと見張りしてるから、、」

「アタシ……アンタのそぉゆぅトコが嫌い何だよ!

 ご機嫌取りで、イイ子チャンぶってさッ、何で!? 何でアタシなの!?

 何でアタシがあんなヤツに、あんなコトされなきゃイケナイの!?

 何でドン臭いアンタが無傷なの!? それも…倉木に助けて貰う何て!

 そんなの、絶対 納得できないよ!!」


 岡田は思いの丈を叫ぶと立ち上がり、倒れていた椅子を持ち上げ、鈴子に向かって投げ付ける。


「!!」



 ガタン!!!



 間一髪、腰を屈めて椅子の直撃を避ける。

ドアにぶつかった椅子は鈴子の足元に転がる。


「ぉ、岡田サン……落ち、落ち着いて……」

「黙れ!! クソムシ!!

 アタシが乱暴されてても助けなかったクセに!! 見てただけのクセに!!

 アタシが倉木に何て言われたか、聞いてただろ!!

 そんな女ヤダってッ、、アタシは倉木のコト好きだったのにぃ!!」


 今度は机を頭上高く持ち上げる。

引き出しからはガサガサガサ! とノートや教科書が雪崩落ちる。


「ゃ、やめて、岡田サンっ、、」

「勝ち誇ってんじゃねぇよ!!

 アタシはアンタみたいなクソムシに負ける何て、絶対イヤだ!!」


 ドアに手をかけるも、今しがた施錠したばかりだ。

鍵を開ける間も無く、机が投げ付けられる。

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