第5話

 通い慣れた学校とは言え、ココは無法地帯。

日常では有り得ない事が起ころうとも、全てが許される空間。

ならば、今感じている吊り橋効果の様な緊張感と高揚を、素直に受け入れても咎められる事は無い。



『お好きなように、思うが儘にお過ごしください』



 放送で告げられた言葉が脳裏に蘇れば、ゴクリ……と喉が鳴る。


 好きなようにする側・される側。

その境界は、生き物の本能として即座に認識され、決定され、理解させられる。

そして、理性の箍が外れる反動は、暫し過剰な行動を生む。


「女だ……」

「女……女! 女だ! 俺達は好きにしてイイんだ!!」

「なに言ってんの!? アンタ達、頭おかしいんじゃないの!?」

「ココじゃ人殺したって許されるんだから、何でもアリだろ!」

「そうだ! 捕まえろ! 逃がすな!」

「きゃぁあぁあぁ!!」


 教室内は忽ち慌しくも恐ろしい攻防戦へ。

机や椅子は乱暴に押し退けられ、男子の怒声と女子の悲鳴が響き渡る。

加瀬の遺体すら踏み潰す逃げ足は廊下へと飛び出し、この騒ぎは他クラスの凶暴性をも露わにさせる。


「捕まえた!!」

「キャァ!! 何よ、触るな、バカヤロっ、川野!! 何すンのよ! 放してよ!」

「うるせぇ! お前、生意気なんだよ!!」


 ガツン!! と、固い拳で顔面を殴りつける。


「イタッ、ぅ、うぅぅぅ、いやぁあぁ!!

 島津、助けて!! 助けて!! 置いてかないでよぉ!!」

「ぉ、岡田チャン……ごめん、アタシ、そんな目に遭うの絶対イヤだから!! バイバイ!!」

「島津、島津ぅ!!」


 一緒につるむ仲良しイジメっ子だったろうに、島津は岡田を置いて教室から逃げ出してしまう。強行と暴力は人間が人間たらしめる要素か、何にしろ専売特許。

クラスメイトの豹変に慄く鈴子は腰を引きずり、成す術も無く教室の隅に小さく蹲まる。


(壊れてゆく、壊れてゆく、当たり前に そこにあった私達が壊れてゆく……)



“学校なんか無くなってしまえ!!”



(違う、こんな風になって欲しかったんじゃない、)



“人間なんて消えてしまえ!!”



(違う、私が消えて無くなりたかっただけ……)



“全部全部、葬り去られてしまえば良い!!”



(私達がこんなにも簡単に破綻してしまう弱い存在だと解かっていたら、

 そんな事、願ったりはしなかった……)



 耳を劈く岡田の悲鳴に鈴子の意識がフッ……と遠のく寸暇、倉木の声が引き止める。



「由利!」


「!」



 名を呼ばれ、虚ろになっていた視界のピントが戻る。

そこには倉木の顔があるから、鈴子は驚愕に目を見開き、息を飲む。


「ぃ、いやッ、や、」

「由利、大丈夫、何もしないからっ、」

「ぅぅぅ、、…いやぁ…っっ、」

「本当に大丈夫だからっ、」


 岡田は川野に組み敷かれ、乱暴されている最中。

コレと変わらない行為は そこ彼処で行われているだろう。

そんな状況下で例外な男がいるとは思えない。鈴子は頻りに頭を振る。


 倉木は教室内を見回し、直ぐ脇にある掃除用具入れに目を留める。


「由利、今の内にこの中に隠れるんだ、キミだったら小柄だし、入れるだろうっ、」

「ぇ……?」

「大丈夫、誰も気づいてないから、由利の事は俺が守るからっ、」

「倉木く、」

「教室にいるのは俺が何とか外に連れ出すからっ、

 全員いなくなったら鍵を閉めて、窓もだぞ?

 俺が戻って来るまで、絶対に開けちゃ駄目だからなっ?」

「ぁ……」



 パタン。



 倉木は鈴子を掃除用具入れに押し込み、静かに戸を閉める。


(助けてくれた、私を……)


 掃除用具入れの中はホコリ臭い。

僅かな隙間から外の様子が覗けるばかりだ。



「倉木! お前、そんなトコで何やってんだよ!?」


「!」



 川野は岡田を組み敷きながら、掃除用具入れに向かい合う倉木を訝しむ。

鈴子が隠れている事は気づかれてはならない。

倉木は動揺に肩を震わせるも、なに食わぬ顔をして掃除用具入れに背を着ける。


「ぃ、いや……」

「倉木! 助けて!! 助けて!!」

「そんなトコで突っ立ってねぇで手伝え! コイツの手ぇ押さえろ!」

「で、でも、」

「倉木、お願い!! 助けてよぉおぉ!!」

「お前、人1人殺してんだぞ! こんくらいどってコトねぇだろ!!」

「っ、」

「ヤダぁぁぁ!! 助けてぇぇ!!」


 岡田の泣き叫ぶ声を耳に、鈴子は掃除用具入れの中でガクガクと体を震わせる。


「倉木君、お願い……岡田サンを……助けて、上げて……」


 鈴子の涙交じりの呟きに、倉木は怯えながらも前進。

正論を言っても今の川野に通じないだろう。

逆上されても困るから、倉木は頭にパッ! と思いついた事を言う。


「ぉ、俺、その女じゃない方が良い!」

「えぇ?」

「ぃゃ、その……だって、人 イジメて楽しむような女……そ、そんな女、嫌だろ!?」

「うーん、言われてみればぁ……」

「だろ!? 川野、他のにしよう!

 その方が絶対良いから、岡田なんか放って、なぁ行こう! 行こうって!」

「ちょ、ちょっと待てって、解かったから、って、ズボン、ズボン!」


 半ば強引に納得させると、倉木はズボンを下ろした儘の川野をズルズルと引き摺って

教室を後にする。


 倉木達の足音が遠のけば教室内は静かなもの。

暴動や乱闘は校舎の他棟に移動したらしく、空気を伝って騒ぎが聞こえるばかりだ。

鈴子は一難が去った事に胸を撫で下ろす。


(だ、大丈夫……きっと大丈夫……こんな事、いつまでも続く筈が無い、

 環境の変化に戸惑っているだけ……落ち着けば皆、元の皆に戻る……)


 元に戻って貰わなければ困る。その一心だ。


 岡田はグズグズと鼻を鳴らしながら体を起こすと、引き千切られた襟元を正し、

下ろされた下着を履き直す。

今が教室の鍵を施錠する絶好のチャンス。鈴子は慌てて掃除用具入れから飛び出す。



「岡田サン!」


「きゃぁあ!!」



 突然 掃除用具入れから鈴子が飛び出して来るから、岡田は大きく体を震わせて縮こまる。


「ぁ、ぁ、あの、驚かせて ごめんなさい、私……ぁの……」

「す、鈴子……何で、そんなトコから……」

「……、」


 岡田の問いに鈴子は答えられず、気拙そうに俯く。

その様子に、掃除用具入れの中から一部始終を見られていた事を知れば、岡田は羞恥に顔を背ける。

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