第3話

「……はぁ? 倉木はカンケーなくなぁい? 何なの、アンタ?」

「か、関係ない事ないだろ!

 ま、前からずっと気に食わなかったんだよ、お前達の事が!

 そんな事して……イジメの何が楽しいんだ!

 お前達のイジメの所為でクラスの空気が悪くなってるって、良い加減 気づけよ!!」

「なに言ってんの? アタシら、クラス代表して実験してやってんだけど?」

「誰がそんな事頼んだんだよ!? お前らが代表だなんて、誰が決めたんだよ!?

 由利に謝れよ!! これまでの事、全部 謝れ!!」

「何だテメぇ! マジうっせぇなぁ!」


 加瀬は憤懣に目の色を変え、鈴子の髪を放すと倉木に向き直る。


「今までウチらに何も言えなかったビビリのクセに、それでカッコつけてるつもりかよ!

 マジでムカつく!! テメぇは好きなだけガリ勉してろよ、バーカ!!」


 加瀬は倉木の肩を乱暴に突き飛ばす。

1度はヨロめく倉木だが、心頭に発した怒りに任せて加瀬の胸倉を掴み返す。


「もう、お前らの好きにはさせないぞ! 早く由利に謝れ!!」

「痛ぇなぁ、放せってば!! 女に掴みかかるとか、男としてサイテー何だよ!!」

「お前みたいに根性が腐った女、このクラスには相応しくない!! 出て行け!!」


 2人は互いを掴み、ロッカーや壁に体をぶつけ合う。

余りにも激しい取っ組み合いに、誰もが狼狽えるばかりで止めに入る事が出来ずにいる。

その末に、倉木は加瀬を振り飛ばす。



 ガタン!!

 ガシャガシャガシャッ、


 ……ダン!!



 加瀬は体勢を立て直せない儘、机や椅子を凪ぎ倒し、ゴロリ……と床に転がる。



 ……

 ……



 静まり返る教室内。

加瀬は無造作に倒れたきり、起き上がる素振りを見せない。



「加、瀬……サ、ン?」



 小さく名を呟く倉木の声は、静けさに吸い込まれる様だ。

加瀬の仲間でありながら、傍観に留まった岡田と島津は表情を強張らせるも、

こうゆう時には不思議と笑顔を浮かべようと口元を引く付かせる。


「か、加瀬チャン? ど、どぉしちゃったぁ……?」

「迫真の演技だったけど……マジで気絶、しちゃった、とか?」


 恐る恐る歩み寄り、横たわる加瀬の顔を覗き込む。

目は何処を見ているのか、ウッスラ半開き。

鼻・口・耳から、ツゥ…っと細い血が流れる。


「ヒ、ヒィィ!!」

「死、死んでる!!」


 打ち所が悪かったのだろう、既に事切れているなら動かない訳だ。

まさか、こんな事になるとは思いもしない。

こんなにも簡単に人が死ぬとは思いもしない。

倉木は後ずさり、ロッカーに背を打ち付けると頭を振る。


「ぉ、俺……そんな……死ぬなんて……ただ止めなきゃって、殺すつもり、無かっ……」


 こんな時はどうすべきなのだろうか、混乱の余りに判断力が覚束ない。

クラスメイトは皆、倉木を見れば良いのか、息の無い加瀬を見れば良いのか分からずに

視線を迷わせる。

鈴子は両手で口元を覆い、言葉も出ない。


(加瀬サンが死んだ……? 倉木君が私を助ける為に、私の所為で……)


 教室内の空気が重みを増す中、島津は目を見開き、指を差す。



「く、倉木……人殺し、ッッ……」



 この指摘に、加瀬の死に対する実感が確かなものとなる。

然し、室内が一瞬ばかりざわめくだけで、それ以上に騒ぎ出す者がいないのが何処か奇妙であり、リアリティー。


 寸暇、その困惑を打ち払うように、幾つもの破裂音が響く。



 ダンダンダン!!

 ダンダンダン!!



「な、何の音だ!?」


 音は校庭で響いている様だ。

何処のクラスも慌ててベランダに飛び出し、一斉に校庭を見下す。

そこには『帰る』と言って教室を出た生徒等の姿が幾つも見当たるが、何か喚きながら逃げ惑っている様にも見える。そして今一度、破裂音が木霊する。



 ダンダン!!

 ダンダン!!



「じゅ、銃声……? あれ、撃たれてん、のか……?」

「は? は? せ、戦争……?」

「校舎の外に出たヤツ、皆 倒れてっけど……」

「ギャグじゃねぇの……? マジ、死んでんの……?」


 銃声なぞ初めて聞くが、校庭を逃げ惑う生徒等は音と共に無造作に倒れ、動かなくなる。


「外に出たら厳罰って、このコト……?」

「ぉ、俺達、ココで殺されるのか!?」

「嘘だろ!? あんなん、処刑じゃねぇか!!」


 放送では【反逆罪】と言っていたが、その厳罰が射殺とは迄は想像していない。

この制度に秩序は無いのか、一同は揃って各々の教室へと逃げ帰る。

然し、3年F組に限っては、教室にすら居心地の悪い空間が広がっている。

乱雑に倒れた机と椅子、それに埋もれる様に横たわる加瀬の遺体。

前も後ろも醜怪に変わり無し。

『どうにか この状況を理解しなければならない』と、皆が揃って混迷する中、

男子生徒の1人が怖ず怖ずと手を挙げる。


「ぃ、所謂、1つの……アレだ……

 外にさえ出なければ、殺されないってコトで、イイんだよ、な……?」


 制度は開始されたばかりで、既に極限状態。

常識から欠け離れた極論ではあるが、先ずは自分の安全を確認したい。


「ル、ルールってのを、守ればイイんだろ? そんな難しい事じゃないよな……?」

「だよなっ、難しく考えるからダメなんだよっ」

「学校で好きな事してりゃイイんだろ? 簡単だよ、うん、」

「ここにいりゃ、安全なんだって!」

「だったら、大丈夫じゃねぇの!?」

「まぁ、食べるモンもちゃんと用意してくれるってなら、ここにいるくらいは……」

「ぉ、お前らなに言ってんだよ!? 『無法地帯』って、法律が無いって事だぞ!?」

「別に、有るとか無いとか、今まで気にして生きてねぇし……

 フツーにしてりゃイイじゃん?」

「終わりって言われるまでの辛抱でしょ、、修学旅行だと思えば……ねぇ?」

「うん、仲良く過ごせばアッと言う間じゃん!? ルール守って楽しんでこぉよ!」

「で、でもさ……アレは、どぉすんの……?」


 アレ。

そう言って女子生徒の1人が指を差すのは、死にたての加瀬だ。

いつ終わるか分からない制度の期間中、遺体と一緒に過ごす事は出来ないと言いたげに肩を竦める。

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