第2話

《それでは、制度執行期間内、当校は校則を棄却します。一切の授業も行いません。

 お好きなように、思うが儘にお過ごしください。

 やりたい事を進んで、無制限におやりになってください。

 なに、心配はご無用です。

 制度終了までの期間、ルール以外の法律は決して介入しません。

 安心保障の無法地帯です》


 そして、プツン……と放送が切れる。

教室に残る生徒達の表情は『何を言っているんだ?』と怪訝するばかり。

キョロキョロと無意味に周囲を見回し、暫し呆然。

補習があるでも無い、生活態度を叱られるでも無い、ならば何の為に登校させられたのか、

結局の所が放任されてしまうから、何をして良いやら分からなくなる。

すると、次の瞬間、激しい破裂音が響く。



 ガシャーン!!



「!?」

「何の音だよ!?」


 音の出所を探しに、クラスメイトの誰もが廊下に飛び出す。

騒ぎは3学年全ての教室に轟いていたらしく、廊下は生徒達で混み合っている。

倉木は椅子から腰を上げられずに縮こまる鈴子の元に戻ると、不穏な面持ちで言う。


「隣のクラスの誰かが、窓ガラスを割ったみたいだ」

「な、何でそんな事……」


 ここは評判も極一般的な高校だ。

窓ガラスを割る様な豪快な騒動は、これ迄に起こった事が無い。

倉木は大きな溜息を付く。


「放送通り、好きな事をやってみたのかも」

「ガラス、割る事が……?」

「様子を窺ったのかも知れない。

 派手に暴れれば、流石に先生達も注意しに来るだろうし」


 然し、その想定は大ハズレ。1人の教師すらやって来ない。暴挙は空振りだ。

生徒等は訝りながら、夫々の教室に戻って行く。


「ホントにどうなってんだよ?」

「外に出んのはダメで、ガラス割んのはイイって?」

「さっき、職員室に先生呼びに行ったんけどさ、本当に誰もいなかったよ」

「放送室は? 誰かいんじゃね?」

「いなかったらしいよ」

「テープがセットされてて、タイマーで再生させたみたいだぜ?」

「手ぇ込んでんなぁ、暇人かよぉ」


 この学校の教師等は何を考えているのか、冗談にしても放送の内容は余りにも突飛。

夫々が推理を働かせていると、クラスの女王である加瀬が鼻で嗤い飛ばす。


「はぁ? マジでぇ?

 ウチらだけ特別待遇で、こん中でなら何でもやってイイってぇ?

 もしかしてあの放送、マヂなのぉ?」


 半信半疑ではあるが、このブラックユーモアに悪乗りしない手は無い。

加瀬は鈴子の席に足を運ばせると、傍らに立つ倉木をシッシッと手払い、妖笑を浮かべる。



「そんじゃ、うちのクラスでも実験してみよっか!

 これから鈴子の公開私刑、初めちゃいま~す!」


「!!」



 加瀬は鈴子の長いお下げをわし掴み、強引に起立させる。


「ホラぁ、さっさと立てよぉ、鈴子ぉ!」

「ぃ、痛いっ、加瀬サンっ、は、放してっ」

「黙れ、家畜! お前みたいなヤツがクラスの役に立てんだぞぉ?

 有り難いだろぉが、このブス! キャハハハハ!!」


 立てば立ったで今度は加瀬に足を蹴りつけられ、鈴子は体勢を崩して勢い良く両膝から落ちる。痛みに堪える鈴子の表情が面白くて堪らない岡田と島津もスキップで参戦だ。

3人は代わる代わる鈴子の足を上履きで踏みつけ、頭を小突く。

こうして自分達の強さと優位性を周囲にアピールしているのだろう、

クラスメイトの誰もが気まずそうに視線を泳がせれば、それが承認された気にもなるから、

余計に優越感に浸るのだ。


(だから、学校なんか来たくなかった……)


 抵抗できずに怯える鈴子の目には、悔しさと悲しさで涙が滲む。

一層に支配欲を高める加瀬は、鈴子の頬をペチペチと何度も引っ叩いて言う。


「ホントに自由なのか確かめる実験なんだからぁ、鈴子、『先生、助けて~』って叫べ!」


 加瀬の命令に、鈴子はギュッと唇を噛む。


(3年生になってから、私はこの3人にイジメられている。

 補修の課題を代わりにやるよう頼まれて、『3人分は無理だ』と言って断ったのが切欠。

 顔を合わせる度に言葉で罵られて、暫くすると、お財布の中身を取られるようになった。

 殴られるようにもなった。誰にも言えなくて……

 いいや、違う。先生も、クラスの皆も知っている。知っていて見ないフリをする。

 だから、私が助を求める事に意味なんて無い……)


 口を噤んで目を伏せる鈴子の反抗的な態度に、加瀬は力任せにその頬を叩き落とす。



 パシン!!



「早く言えよ!!」


 口内に血の味が広がる。

鈴子は震える一息を吐き出し、呟く様に声を零す。


「……せ、先生、、」

「って、呼んでセンセが来たら、テメェの身包み剥いで全裸でネットに晒してやるからな!」

「!! ……うぅッ、……うぅぅっ、」

「あ~あ~泣いちゃったぁ。泣き虫鈴子ぉ。クソムシぃ、クソムシぃ~~」

「なに泣いてんのぉ? は~や~く~、皆の為に一肌脱げよぉ~」

「マッパっしょぉ~? マジきっつ~~、クソムシぃ頑張れぇ!」

「ぉ、お願い……もぅやめて……うぅぅ、、」

「アタシら選ばれし者~~、何してもイイって許可貰ったし、自由なんだよね~~」


 確かに、先程の放送で『やりたい事を進んで、無制限におやりになってください』と、

挙句、『法律すら介入しない無法地帯』とまで断言されている。

これは約束された自由なのだ。

然し、見下されて罵詈雑言を浴びせられる鈴子には無間地獄。

こんな事が公然に認められるとなれば、堪らない絶望だ。


(解かってる……皆、加瀬サン達に逆らえない。

 口を出そうものなら、今度は自分がイジメの標的にされてしまうんだから。

 誰もが何事も無く平穏な生活を送りたい……だから、生贄は必要だと覚ってる。

 誰も助けてくれない……)



『お好きなように、思うが儘にお過ごしください』



(好きなようにする側と、される側があるって知ってる?)



『やりたい事を進んで、無制限におやりになってください』



(無責任!! だから嫌なんだ!! 学校なんか無くなってしまえば良いんだ!!

 人間なんて消えてしまえ!! 全部全部、理不尽に葬り去られてしまえば良い!!)


 全身の力が抜ける。

これが、生きる気力を失った瞬間なのかも知れない。


 その寸暇、鈴子の諦観を否定する様に倉木が声を荒げる。



「ゃ、やめろよ!!」



 普段には見られない倉木の険しい面持ちに鈴子は瞿然。

虚を突かれ、顔を上げる。


(倉木君……?)


 意を決した倉木の形相には怯えの色も見えるが、ここにはすがれる大人の存在が無い。

先生を呼べば丸く収まる環境でも無い。声を上げた以上、引っ込みも付かない。

義憤に両拳を固く結び、深い呼吸を繰り返している。

然し、付け焼刃の勇気を前に、狼狽える筈も無い加瀬等の目は容赦なく倉木を睨みつける。

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