大人の階段。

坂戸樹水

第1話 政策開始


 西暦は2000年代に突入した頃、歯止めの利かない少子高齢化に国は衰退を予感した。

国家上層部は国民に対し、あらゆる保障と予算を宛がう。

その行為は闇雲で実に無計画な程を知らせたが、それでも30年間余りで出産率は水準値を大幅に引き上げ、国は俄かに活気を取り戻した。


 そして、20XX年。

人口の増加に伴い、未成年を含んだ若者による凶悪犯罪は9割を超え、国は再び首を絞められる。


「若者の犯罪は増える一方……この儘では、安全大国と呼ばれる我が国の威信に関わる」

「一先ず少年法を改正し、成人と同じ厳罰を科すものとしましょう」

「その前に、善悪の判断を養う為、教育そのものを改善すべきだろう」

「それなら これ迄にだって手を尽くした。これ以上、何が出来ると?」

「増えすぎたのだよ、何事に於いても手が足りない」

「今の我々には、新たな発想と視野が求められている。

 正しい見識を持つ者が安心して生活できる安全国家である為には、我々は民主主義の名の下、

 自由思想に溢れた健全なる精神を持つ若者を育成してゆく義務がある」

「では、今までに無い名案があるとでも?」


 こうしてここに、新たな制度が改定される。

それが、【大人の階段政策】。



*



 某公立高校。3年F組。


「ってゆぅか、何?

 夏休みだっつのに、何でウチらだけ学校に呼び出されてんの?

 アホかよ、先生どもはぁ~~」

「先生ってば来なくない? 生徒を1時間も待たせるとか有り得なくなぁい?」

「いきなし呼び出して、受験生のアタシらに何させよっての? マジムカツク!」


 3人の女子生徒は机に頬杖をつき、悪口を垂れ合う。

ひとクラス当たり生徒数は55。その内の約3分の1ばかりが出席している状態だ。

3人の乱暴な口調や態度は感心できないが、教室に集う生徒等は皆、『同感』と言いたげに溜息を漏らす。


「由利も呼び出されたんだ?」

「!」


 廊下側、最後尾の座席で男子生徒の問いかけに頭を上げるのは、

長いお下げの女子生徒・由利ゆり鈴子すずこ

酷く驚いて息を止める様子に、男子生徒は苦笑する。


「ぁ、ごめん、驚かせて」

「ぇ……ぅ、ううん……」


 鈴子はそのまま顔を伏せてしまえば、『悪気は無かったのだが……』と言う様に、男子生徒は然無顔。

却って申し訳なくなる鈴子は、視線を漂わせながらも話を続けようと、か細い声を絞り出す。


「……き、昨日のお昼間……先生から電話が来て……

 大事なお知らせがあるから、絶対に登校するようにって、だから……」

「そっか。昼間かぁ。俺なんか夜だよ、昨日の夜に突然だよ。

 兎に角こいってから塾を休んで来てみれば……クラス全員じゃないんだな。

 どうゆう基準で呼ばれたんだろう?」


 打ち解けようとする鈴子の対応に、男子生徒も一安心。

それにしても、この時期は受験前のラストスパートで勉学に励む生徒が殆どだ。

教師なら それは百も承知だろうから、呼び出す以上は余っ程の用件に違いない。


(基準……)


 鈴子は膝の上に結ばれた拳に目を落とし、電話口で神妙な声を聞かせた担任教師の言葉を思い出す。



『由利サン、必ずよ? 明日は必ず登校しなさいね?

 お休みされると、先生もアナタのご家族も皆、困った事になるの。良いわね?』



(私は学校を休みがちで、週に1日か2日か……

 その程度しか出席していなくて……もう殆ど不登校で……

 今日はてっきり、それを注意されるのだろうとばかり思っていたけど……)


 鈴子はチラリと目線を上げ、現状を訝しむ男子生徒を見やる。


(まさか、クラスで1番成績の良い、学級委員の倉木君まで呼び出されている何て……)


 続いて、悪口あっこうの3人の女子生徒を恐る恐る見やる。


(加瀬サン・岡田サン・島津サンはクラスの女王様。

 私は……いいえ、クラスの誰もが彼女達を恐れている)


 他のクラスメイトを順に目送するが、基準や共通点はある様で無い。


(呼び出されたのは3年生の一部だけ……

 他のクラスも、こんな風にランダムなのかな?)


 不安気に首を傾げる鈴子の仕草を見下し、倉木は小さく笑う。


「ま。イっか。由利に会えたし」

「え?」

「ハハ、別に。何でも無いよ」


 倉木の照れ臭そうな笑貌に、鈴子も釣られて頬を赤くする。

そこに、校内放送が流れる。



 ピンポンパンポーン。



 お決まりの軽快なメロディー。

登校してからだいぶ放置されていた一同は、一斉にスピーカに目を向ける。



《選ばれし高校3年生の皆サン、お早う御座います》



 充分に間を持っての開口一番の挨拶に、3学年の教室からはドッと嗤いが飛び出す。


「ギャハハハハ!! 何!? 何ソレぇ!?

 放送してるヤツ、誰ぇ!? マジウケるんですけどぉ!!」


 各クラス、嘲笑の騒ぎが収まらない儘に放送は続けられる。



《本日お集まりの皆サンは、

 担当教師、及び学校責任者・教育委員会による厳正なる審査により選ばれました。

 そして、国家政府の意向により、兼ねてより制定されていた制度が只今より執行されます》



 教育委員会だの国家政府だのと大がかりな話が持ち出されれば、笑いは小さなざわめきに変わる。


「何それ? 制度とか言った?」

「何の制度だよ? お前、知ってるか?」

「イミフ。知らねぇ」

「アンケートか何かに参加する感じ?」


 皆、訝しげに首を捻る。

 鈴子も放送の意味が解からず、パチリパチリと瞬きを繰り返す。


(私達に執行される制度? そんなの、聞いた事ないけど……)


 誰も知らない所をみると、表立った制度では無いのだろう。

 聴覚は自ずと放送に集中する。



《それでは、ルールの説明をします。

 制度執行期間は未定。終了は、校内アナウンスにて お知らせします。

 屋上を含む、校舎・体育館・渡り廊下以外への外出は許可されておりません。

 又、下校する事も出来ません。

 食料は日に1度、正午を目処に上空より屋上に投下します。

 各自が責任を持って収得・管理してください。

 ルールに従わない場合・そう判断される行動を起こした場合は、

 【反逆罪】として厳罰に処する事とします》



 制度がどんなものなのか分からない内にルールを説明されても納得できない。

一同はスピーカーに向かって抗弁を垂れ出す。


「はぁ!? 反逆罪ってどーゆー制度だよ、それぇ!!」

「何で家に帰れないワケぇ!? 何の準備もして来てないんですけど!?」

「ふざけんな!! 生徒の意志、無視してんじゃねぇ!!」

「こんなんやってられっか!! 俺は帰るかんな!!」


 幾ら学校側からの指示とは言え、横暴としか取れない内容には従えない。

何人かの生徒は鞄を持って教室を出て行ってしまう。

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