第5話

「え?何言ってんの?失恋?私が?」


急に声を掛けられたかと思えば、今度は私に失恋したんだろう、などと言ってくるコイツは一体なんなんだ。


私の記憶の限りではこんな事を言われるほど親しいつもりなどないのに。


「その雫を見る限りどう見てもそうでしょう。」


「仮に、仮によ?私が失恋したとして、そういう人に対してストレートにいうの失礼すぎるんじゃない?」


「他の人にならそうですね。」


「どういうことよ?」


「僕にとって先輩の失恋は好都合だからです。」


と、満面の笑みで言ってきた。


「意味が分からないわ!もう話すだけ無駄ね、帰るから。」


「ちょっと、待ってくださいよ!」


「私が帰ろうと関係ない…」


帰ろうとした瞬間思い切り腕を引っ張られ、後ろに倒れそうになった、


「きゃっ。」


そのはずが…これは…何?


何故だか分からないけれど、悲しさなんてとっくに消えて頭が血が上ったせいで思考停止してしまったのだろうか。


私は今抱きしめられてる…?


「こ、こ、こ、これ!!!!!」


ついに私の思考は完全に停止。


それどころか、オーバーヒートしてしまった。


ゆうちゃんにですら思い出す限りでは、抱きしめられたのは小学生辺りが最後なのに。


「な、何してるのよ…!」


「お願い、あと少し、30秒だけ待って…」


さっきまで、生意気でキザな台詞しか言っていなかった男が、私を抱きしめる手を震えさせて…、声まで震わせている。


あぁ、そんな風に言われたら私は…


「じゅ、10秒だけだからね。」


「うん…」


誰だっけ、弱ってる時に弱られると優しくしてしまうなんて言ったのは。


決して私は弱っていたわけではない!が、こんな風に言われたら突き放せないじゃない。


とういうか、あと10秒で納得したはずなのに、もう20秒は過ぎてるんじゃない?


「そ、…」


「ありがとうございました。」


私が離そうとすると先に離された。


「今はまだこれが僕の精一杯。」


「え?」


「流石に彼氏いない先輩でも何でハグしたかぐらい分かるでしょ?覚えておいてください…。さようなら!」


ほんとにさっきまで私に失恋したのだろう、と言っていた一ノ瀬楓はどこに行ったのだろう。全くの別人みたいで…


って、ハグの理由を聞こうとしたのに逃げ帰えられてしまった。


「というか、女の子一人置いて帰るなんてどういう神経してるのよ!?キザなこと言えちゃうなら、最後までなんとかしなさいよ!」


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