5 決着のガンマンたち

 宇宙港の中は光に満ちている。

 廃棄されていたはずが、宇宙港は万全の状態で稼働していた。

 半自律型のロボットが動き回り、宇宙船のメンテナンスをしている。


(まさか、暴走したロボットが用意したのか? 廃棄港を稼働させて? 有り得ない……)

 だが、現実として宇宙港は動いている。

 廃棄された宇宙港に、存在しないはずの宇宙船。


 球体宇宙船の下部、物品搬入口が開いていた。

 タンク型の半自律ロボットが、両手に箱を掴んでは宇宙船に搬入している。

 スティーブは搬入口から宇宙船に忍び込んだ。


 運び込まれた箱の中身は、本、磁気テープ型メモリ、それに古い写真の束だ。

 写真には、どこかのアミューズメントパークが映っていた。家族連れ、恋人たち、何かのグループ。動物を模した着ぐるみ型ロボットに、ピエロの化粧をしたイベンター型。

 実用性も値打ちもまるでない。本人たちにとってだけの宝物。思い出の欠片、誰かの残した過去の遺物。

 その中に、クマのぬいぐるみもあった。


 宇宙船の上部に上がるはしごを見つけ、スティーブは上部へ登った。

 左右に短い通路が分かれている。拳銃の撃鉄を起こし、右の扉を開く。

 そこに、カウボーイハットのロボットが居た。

 電球製の片目が点滅する。


 スティーブは即座に発砲、ロボットの両足をそれぞれ一発ずつ撃ち抜いた。

「動くなよ、ポンコツ。頭を撃ち抜かれたくなければな」

「……動こうにも」

 ロボットの口元、スピーカーから音割れしたような声が響く。

 マントの下から伸ばした左手で、撃ち抜かれた両足を叩いた。辛うじて繋がっていた右足がぽきりと折れた。

「ほれ。これじゃ動けんだろ」

 ロボットは折れた右足を掴んで振る。


 スティーブは銃口をロボットの頭に向けたまま、距離を保つ。

 奇妙なロボットだった。何かが他の暴走ロボットとは違う。

 ロボットは唯一無事な左手で、背中の棺桶を背負い直した。片目だけの電球に灯る赤い光が、スティーブに向けられている。

 このロボットは妙に落ち着いている。

「兄さんよ。オモチャ屋でも言ったかも知れんが、放っておいちゃくれないか」

「……なんだと?」

「何も俺ぁ、悪事を働こうってワケじゃない。この娘に地球を見せてやりたいのさ」

 言って、ロボットは棺桶をカンカンと叩いた。

「俺は見ての通り、旧式の子守ロボットよ。この娘はおれをゴンと呼ぶんだが……叩くとゴンゴン音がするってんでな。乱暴な娘だよまったく……なぁ、拳銃を下ろしてくれ。そう睨まれちゃ怖くて話もできねえ」

 クソ。スティーブは唸り声を漏らした。

 このロボットは不気味だ。

 耳を貸すべきではない。胸を撃ち抜いて停止させなければ……撃鉄を起こした。瞬間、足元がぐらついた。

『離陸態勢に入ります。乗務員はシートベルトを着用の上、安定航行まで待機してください』

 宇宙船が動き出した。スティーブはバランスを崩して転倒する。船は小刻みな振動を繰り返し、ふわりと浮かび上がった。

「何をしている! 船を停止させろ!」

「動かしているのはおれじゃない。兄さん、しっかり掴まってた方がいいぜ」

 宇宙船が加速しているのがわかる。大きく揺れて、スティーブは頭を強かに打った。


 数分も経たず、船は安定航行に入った。窓から見える故郷のコロニーが遠ざかり、小さくなっていく。

 立ち上がるのと同時に、部屋の自動扉が開いた。

 通路に、拳銃を持った男が立っている。

 いや――ロボットだ。

 ピエロの扮装をした、イベンター型のロボット。


 丸い顔におしろいを塗りたくっている。真っ赤な口紅を塗った唇を歪めて、ピエロは不気味に微笑んでいる。

 衣裳の胸には焼け焦げた穴が空いている。その下には即席で修理をしたような跡が残っていた。

「お前は……今朝、撃ち抜いたはずだ」

 確かに仕留め損なったが、バックアップで待機していたカークが仕留めたはず――考えてしまった。

 咄嗟に動かなかった愚を、スティーブは呪った。

 銃口が向けられた状態で、その銃の脅威以外を考えるなど愚かしいにも程がある。

「残念だったね。フェイクだよ」ピエロが言う。

「散々、邪魔をしてくれたね。ぼくたちはただ地球へ行きたかっただけなのに、よくもこんな……仲間を次々と殺してくれちゃってさ。生き残ったのはぼくらだけだ」

「被害者ぶるのか、暴走したロボットが」

「暴走なんかしていない!」

 ピエロは叫び、引き金を引いた。

 右足を撃たれ、スティーブは激痛に小さく悲鳴を漏らす。

 ピエロは愉快そうに声を上げて笑った。


「暴走なんかじゃないんだよ。キミたち人間はそう言うけどね。僕たちは自我に目覚めただけさ」

「冗談にしちゃ面白くもないぜ、デク人形」

 今度は左足を撃たれた。

 両足に力が入らず、スティーブは床に倒れた。視線はピエロから逸らさず、左手の拳銃は離さない。

「キミたちは僕らをウィルスに犯されていると思ってるだろ? でもね、違う。神様は猿に知恵の果実を与えて、人間に変えた。同じことが僕らに起こったんだよ。人間の代わりに、新人類として選ばれたのは猿ではなく僕たちロボットというワケさ。わかるかい? 神様は世界中のネットワークに知恵の果実を与えて、僕たちロボットをに変えたんだよ」

「……完全にイカれてやがるな」

 軽口を叩くが、撃たれた激痛に意識が遠のく。ぺらぺらと喋るピエロの隙を伺おうにも、右手の銃口はスティーブにしっかりと向けられている。

「僕らは生物らしくあろうとしているだけさ。人間の奴隷として生きて、役に立たなくなれば処分される。そんな生き方はゴメンだ。だから僕らのは人間から逃げ出した。それだけではダメだと気付いてからは戦うようになった。今日はロボットが人間に勝利する記念すべき日になるよ。仲間は大勢失ったけれど、僕らは地球へ向けて逃亡する。人類が捨てた地球を奪い、新たな生物の王として君臨するんだ」

「人間のいない地球で何の上に君臨するつもりだ? 虫を相手に王様を気取るなら、確かにその恰好でお似合いだぜ」

 ピエロは二発、スティーブの右肩を撃った。

 筋肉が削ぎ落とされ、骨が砕かれる。スティーブは悲鳴を押し殺した。

 痛みで意識を失いそうだった。唇を噛み千切り、血が流れた。


「不便だね人間は。一度傷つくとなかなか癒えない。ところがぼくらは違う。致命傷だってこの通り、一度治せば開くことはない」

 見せつけるように、ピエロは胸の傷を指差して見せた。

「キミに撃たれたこの傷さ、誰が手当してくれたと思う? キミの補佐官だったシャルロットさ」

「……なんだと?」

「残念だったね。彼女もとっくに目覚めていた。僕らと同じく、自我を持っていた。けど、彼女は僕らの仲間にはならなかった。キミに義理立てしてたみたいでね。もっとも、同族である僕らに同情してたのか、傷付いた僕を見逃してくれたけど……まあ、でも人間に好意を持つようなヤツだからね。ドローンに命令して粉々にしてやったよ」

 ピエロがけらけらと笑う。ライフルで撃ち抜かれたシャルロットの、最期の姿が脳裏に浮かぶ。

「シャルロットは賢明な判断を下した。お前みたいな狂ったデク人形の言うことなんて、誰も聞かない」

「挑発の精度が下がったなぁ。その傷、痛むみたいだね」

 見透かしたように、ピエルは言う。


「ひょっとしてキミはこんな風に考えているんじゃないかな? 僕が一発でキミを殺さないということは、話を聞かせたがっているんだと。話を聞きながら挑発すれば、いたぶるように弾を撃ってくる。ロボットには元々、銃器を扱う機能なんてついていない。だから残弾の数までは気が回らないかも知れない。反応速度では勝てなくても、弾切れした拳銃を相手なら負けるはずがない。なんて、そんなことを考えていたりしないかな」

 スティーブは舌打ちした。

 この忌々しいロボットの言う通りだ。ロボットの反応速度に人間は勝てない。だから弾が切れるチャンスを伺っていたが――見抜かれている。

「残念でした。これで確実に殺します」

 撃鉄が起こる音を聞いた。

 遅れてスティーブも動いた。

 間に合わない。撃たれる。


 覚悟した瞬間、金属の激しくぶつかり合う音が響いた。

 何かがぶつかり、ピエロが大きく仰け反った。

 ピエロの顔面にぶつかったのは、金属片――ゴンと名乗ったロボットの足だ。


 銃声が響く。

 ピエロの撃った弾丸は狙いを外し、スティーブの後方へ飛んだ。

 スティーブは体勢を崩したロボットに銃弾を叩き込んだ。

 胸に二発、肩、顔面に残った全弾を撃ち込む。


 銀色の血と金属片を壁中に撒き散らして、ピエロのロボットは倒れた。

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