4 戦う者と愛する者たち

「暴走ロボットは国道を南方向に向かって走行しているようです。時速で50キロ。二足型ロボットにしては信じられないスピードですね」

「ソフトウェアだけじゃなく、ハードウェアも自分の手で改造したんだろうよ……あのオモチャみたいな手で」

 自動車両を操縦しているのはシャルロットだ。

 合流した二人は、カウボーイ姿の暴走ロボットを追っていた。


「しかし、南か。目的がわからんな。あいつはショッピングモールでクマのオモチャを盗んでいたぞ」

「誰かへの贈り物じゃないですか? もしかして子供がいるとか」

「ロボットは子をつくらない」

「ええ、知ってます。私もロボットですから。でも、ロボットにも愛情を感じる機能はあるんですよ? 実の子に愛を注がない父親がいる一方、ロボットが愛情を感じるなんて奇妙ですね」

「……どういう意味だ」

「ショッピングモールでの会話、聞いてました。十年ぶりに再会した奥様と娘さんにあの言葉はないんじゃないですか?」

「黙れ」

「残念でしたー。作戦行動中は命令系統の優先順位が変わりますから、アナタの命令でも黙らせることはできません」

 シャルロットがクスクス笑う。心底、憎たらしいロボットだ。しかも、また勝手に外観データを変えている。ダークグレーのスーツから、また真っ赤なカクテルドレスに変わっている。命令系統が変わったのを良いことに、好き勝手にしているのだろう。


「もういいから地図を出せ。あいつの行き先を推測するぞ」

「はい、マスター」

 車両のフロントガラス・ディスプレイにコロニー内の地図が表示される。

 ここから南へ向かえば、都市再建計画の途中で放棄された区画と、機能を停止した宇宙港がある。


「……ポートセブンに宇宙船は残っていないんだよな」

「ええ。記録上は。破棄されてますし、立ち入り禁止の周辺地域は警邏ドローンが回ってますから」

 殺戮機械は人間を殺す。危険と悟ると逃げ出そうとする。ウィルスに刻まれた生存本能が、そのような行動を促すのだという。

「このコロニーが危険だと判断して、宇宙へ逃げ出そうとしている可能性はあるな」

「有り得なくはないでしょう。けど、宇宙船はないんですよ?」

「ネットワークから隔離された殺戮機械がそんなデータを持っているとも思えない。脱出のために港に向かっているのかも知れない。一縷の望みに賭けて」

「一縷の望み、ですか」

 不思議そうにシャルロットが言い返す。

「可能性の話をしているだけだ。有り得なくはない。いずれにせよ、南に隠れられる場所は廃棄された港しかないんだろ」

「ええ。向かえばわかりますね。そろそろ見えてきますよ」


 立ち入り禁止を示す赤いレーザーラインが、道路を横断するように光っている。

 公用車登録を済ませていない車であれば、レーザーラインを通り抜けた途端にけたたましいアラームが鳴り響き、警邏ドローンに取り囲まれるだろう。

 レーザーラインの向こう側には人工林が広がっている。木々に隠された向こう側に、廃棄された宇宙港が見えた。


 車がレーザーラインを通り抜けた。

 瞬間、アラームが鳴り響いた。


『警告、警告』

 車両内に大音声が響き渡る。

『立ち入り禁止区画への侵入を確認しました。ただちに車両を旋回させ、退去してください。警告、警告。立ち入り禁止区画への侵入を確認しました――』

 警告音が止まない。


「どうなっている!」

「状況不明です。エラーコードは省略しますね。ネットワークから切断されました」

『最終警告、最終警告。立ち入り禁止区画への侵入を確認しました。ドローンによる制圧を開始します。最終警告、最終警告』

 騒々しくサイレンの音を鳴り響かせながら、半円形の飛行ドローンがいくつも姿を見せる。

 機体上部のパトランプが赤く光っている。両脇のライフルが不吉な音を立てながら、銃口を車に向けた。


「クソ、罠か!?」

 だが誰が? どうやって? 考えている時間はなかった。ドローンが発砲を始めた。ライフルが火を噴き、無数の弾丸を撃ち出してくる。

 シャルロットが車両を蛇行させる。ライフル弾は車の天井に突き刺さった。

 防弾仕様とは言え、ライフル弾を何発もしのげるものではない。一斉射で貫かれたら終わりだ。

「どうします! 引き返しますか!?」

「……いや、突破する!」

 スティーブはダッシュボードの下から大口径の拳銃、レミントン・ハンドキャノンを取り出した。

「ドローンは俺が撃ち落とす」

「拳銃で? それも、利き手が使えない状況で?」

「同じことを二度言わせるなよ。お前は操縦に専念しろ。一発も当たるな。すべて避けろ」

「了解しました、無茶で無謀な私のマスター」

 助手席の操作パネルを操作し、車両上部を開放する。

 スティーブは膝立ちで立ち上がると、左手でハンドキャノンを構えた。


 空中を滑るように舞うドローンに狙いを定める。

 ハンドキャノンの引き金を引いた。

 轟音を響かせて55口径徹甲榴弾が飛び出していく。弾丸はドローンの装甲表面に着弾、直後に爆発する。至近距離の爆発にドローンの軽装甲は耐えられず、金属片を撒き散らして粉砕する。


 一機、二機。三機目はコントロールを失い、他の一機にぶつかって爆散した。

 銃弾一発で最低、一機。スティーブは嵐のように飛び交うライフル弾の中、冷静にドローンを撃ち落としていく。


 車が右に大きく傾き、スティーブは自動車から振り落とされそうになった。

 ライフル弾が耳元をかすめて、車の前面パネルを破壊する。

「当たるなと言っただろうが」

「三分の二は避けています。及第点ですよ」

 シャルロットが冷静に答える。ライフル弾が当たったのか、彼女の左肩は千切れかけていた。真っ赤なドレスの上に、銀色の液化メモリが血のように流れている。


 追ってくるドローンを次々と撃ち落として進んだ。

 だが、ドローンは際限なく現れる。五十か、六十。数えるのを止めたあたりで、ハンドキャノンの弾が底をついた。

「クソ、弾切れだ!」

 残されたのは電装弾を詰めたコルトだけ。これでは至近距離から撃ったところで、装甲を削る役にも立たない。

「あと少しです!」

 前方に円柱形の建物、廃棄された宇宙港が見える。


 ドローンの攻撃は激しさを増していく。すでに避けられるような状態ではない。車両の装甲がえぐられ、車内に何発もライフル弾が飛び込んでくる。 

「伏せて!」

 シャルロットが叫んだ。


 ドローンの撃ったライフル弾がタイヤを貫通し、車両が横転した。脱出用のエアバッグが開き、スティーブとシャルロットは車外に放り出される。

 落下時に背中を撃ち、息が詰まる。

 このまま留まっていれば、ハチの巣だ。

 宇宙港の入口はすでに見えている。スティーブは落下の衝撃で取り落としたコルトを拾った。

「入り口まで走れ!」

 シャルロットの返事を待たず、スティーブは走り出した。後ろは振り向かなかった。ドローンはすでに追い付いているはずだ。身を隠す遮蔽物もない。容赦なくスティーブを穴だらけにするだろう。

 万事休す――ドローンの撃つ銃声が聞こえた。だが、弾丸は一発もスティーブに当たらなかった。

 

 宇宙港の入口、ガラスのドアを拳銃で撃ち破る。ガラス片を浴びながら、スティーブは頭から宇宙港のエントランスに飛び込んだ。

 ドローンは建物の中まで追っては来られない。

(逃げ切れた? バカな……)

 スティーブを撃ち殺す時間は十分にあった。だが、ドローンは撃って来なかった。遮蔽物に身を隠し、撃鉄を再び起こす。

「建物の中を探知しろ! もし誰かの気配が……」

 言いかけて、振り向く。

 シャルットの姿がなかった。


 横転した車の傍。

 シャルロットはまだそこにいた。

「……行ってくださいスティーブ。ここは私が引き受けます」

 彼女は右手を上げた。その手に、拳銃が握られている。

 自立型のロボットにはプロテクトが掛けられており、武器は持てない。

 だが、彼女は右手に拳銃を持っている。


「……なんて、ちょっとカッコつけすぎですかね。映画に出て来るシチュエーションみたいじゃないですか」

 左腕は関節部分から破壊され、千切れていた。赤いドレスはボロボロで、彼女は銀色の血液化メモリに塗れている。膝を撃たれたのか、すでに立つこともできずに片膝をついている。


 彼女は最初から、動いていなかった。

 スティーブが逃げている間、横転した車両に留まり、彼女はドローンを狙撃していた。だからドローンは攻撃優先順位をシャルロットに設定し、逃げるスティーブを見逃していたのだろう。

 当然、撃たれた彼女の身体はボロボロになっている。


「馬鹿野郎! 誰がそんなことをしろと言った! 早く来い!」

「残念ながらその命令には従えません」

 シャルロットが拳銃の撃鉄を起こした。

「もう、足も撃たれちゃいましたし。愛するマスターのために死ねるなら、ロボット冥利に尽きるってものですよ」

「いま助ける! そこを動くな!」

 拳銃を構え、ドローンを撃つ。だがハンドキャノンならともかく、小口径の電導弾ではドローンの装甲に弾かれるだけだ。スティーブを新たな標的と認め、ドローンがライフルの銃口を向ける。


「行ってください。これが最後のチャンスですよ。頭の良いアナタならわかるはずですよ。二人が助かる道はありません。わたしをカッコつけたまま死なせてください。いつも冗談ばかり言い合ってましたけど、これは本心です。プログラムされたわたしに心なんてものがあるなら。愛していましたよ、スティーブ」

「シャルロット!」

 銀の血にまみれた顔で、シャルロットはスティーブに微笑んだ。

「名前。はじめて呼んでくれましたね」

 ライフル弾で蜂の巣にされる直前、最期に彼女はそう言った。

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