3 遭遇するはぐれ者たち

 現場周辺は、無人だった。

 普段は人であふれる市街地だが、誰の気配もなく静まりかえっている。

 スティーブたちの生きる宇宙コロニーには、万が一に備えての避難場所がいたるところに作られている。すでに住民の避難は完了しているはずだ。

 動くモノがいるとすれば、それは殺戮機械。

 スティーブは周囲の気配に集中した。

(さて……どこから現れる?)


 痛む右手で、腕時計型の反響操作機アクティブソナーをオンにする。画面に機械の電気反応を示す光点が無数に表示された。

 周囲の警戒を怠らず、センサーの反応を見る。

 ビルの窓、道路の奥、高架の下、看板の裏。目を配らせ耳をそばだてながら進む。沈黙が耳に痛い。動く物の気配はない。

(……隠れているのか?)

 直感する。今朝、廃工場で破壊したロボットは隠れてスティーブの隙を伺っていた。あれも通常の殺戮機械では有り得ない動きだ。

 暴走したロボットは動き続ける。人間と戦うか、あるいは逃げ出そうとして動き続ける。


 もう一度センサーを確認する。周囲のショッピングモールに、通常とは違う表示を発見した。

(動いている……誰だ? ショッピングモールに、何かがいる)

『スティーブ』

 シャルロットからの通信。

『ショッピングモールに人がいます。救難信号が発信されました』

「何だと?」

『どうやら逃げ遅れたようです。座標を送ります』

 スティーブは舌打ちした。センサーに表示された光点と重なるように、救難信号の発信者が表示される。

(どこの誰だか知らないが……逃げる程度のこともできないのか)

 心の中で悪態を吐くと、ショッピングモールに向かった。


 ◇◇◇


 指定された座標はショッピングモールの、地上二十階のフロアだ。

 エレベーターもエスカレーターも使えず、階段を駆け上がるしかなかった。

 スティーブはあがった息を整え、階段の踊り場から二十階のフロアを覗き込む。

 フロアは真ん中が一階ロビーまでの吹き抜けになっている。

 吹き抜けを中心に、楕円形のフロアに様々な店が並んでいた。

「誰かいるか! 聞こえたら返事をしろ」

 声が反響する。応える声はない。

 耳を澄ませる。空調装置の低く唸るような音だけが聞こえた。


 拳銃を構えながら、足音を立てないように進む。

 確認されているロボットはたったの一体だが、姿を隠されていたら厄介だ。


 衣擦れの音が聞こえた。振り返る。子供用の玩具店の、シャッターが破壊されていた。

 店の中に、うずくまる人影。

 背中を向けて、しゃがみこむ人物がいる。


 そいつは、幅広の大きな帽子をかぶっていた。昔の映画で見た、カウボーイのかぶるステットソン帽子。それから、色褪せたマント。こんな時でなければシネマファンのコスプレとでも思うかも知れないが。

 スティーブは銃口を向けた。

「そこの、マントのお前……今、銃をお前に向けている。両手を挙げろ。こっちを向け。ゆっくりとだ。妙な動きを見せたら撃ち殺す」

 こいつは逃げ遅れた誰かなのか? それとも……スティーブは撃鉄を起こした。コルト・エバーグリーンの安全装置が解除され、拳銃表面に警告を示す赤の光が灯る。

 あとは引き金を引けば雷管の発火信号がコンマ一秒以下で送り込まれ、音速を超える弾丸が銃口を飛び出していく。


 マントの人物がゆっくりと立ち上がった。その時、しゃがみこんだマントの足元に真っ黒い何かが置かれていることに気が付いた。

 長方形の箱だ。強化プラスティックじみた光沢の、大人が収まりそうなサイズの箱。

 ――棺桶。


 マントの人物が振り返る。

 カウボーイハットを乗せた真四角の頭。

 爛々と光る電球の目玉。

 殺戮機械。ブリキのオモチャのような、不気味な暴走ロボット。


 暴走ロボットがスティーブに向かって突撃する。スティーブはすかさず発砲するが、旧式とは思えない反応速度でロボットは跳躍。スティーブの頭上を跳び越え、背後に着地した。


 ロボットの左手には――クマのぬいぐるみが握られている。

 右手には、電磁ワイヤー。ロボットが右手を引くと、黒い棺桶はふわりと浮かび上がり、ワイヤーに誘導されてロボットの背中にぴたりとくっついた。


 暴走ロボットはそのまま逃走し、非常階段の入口に飛び込んだ。

「きゃああああ!」

 ロボットが突入した直後、悲鳴が聞こえた。


 スティーブはロボットの後を追うと、非常階段のドアを蹴破った。


 棺桶を背負ったカウボーイと、その向こうに親子連れがいる。

 倒れた娘を庇うように、母親が覆いかぶさっていた。

 

「離れろ!」

 スティーブは叫び、左手で拳銃を構えた。

 外すわけにはいかない。貫通しても、親子に弾が当たる危険がある――撃鉄を調整し、威力を最小限に落として引き金を引いた。

 弾丸はロボットのマントに直撃した。

 マントを貫き、その下にある鋼鉄の身体を砕く。

 閃光と火花が散り、ロボットがよろめいた。


(――浅いか!)

 威力を落し過ぎた。完全に破壊はできなかった。

 ロボットが振り向く。電球の目玉が片方割れている。

 ひび割れた音声が、口部のスピーカーから響いた。

「もう、おれたちを放っておいてくれ」

「……なに?」

 思わず、スティーブは聞き返した。


 ロボットは母子を飛び越えて、階段を転がるようにして駆け下りていく。

 その背中を追おうとしたが。

「スティーブ!」

 女が叫んだ。


 改めて、彼女の姿を見る。 


 出会った時に比べて顔の皺も増えた。青く透き通るようだった瞳には陰りが見え、輝いていた黄金の髪は色が薄れて黄色く見える。

 あれから十年経っている。

 それでもまだ、彼女は美しかった。

「……メアリ。どうして、ここにいる」

 別れた妻のメアリに向かって、スティーブが言った。


「アナタと会う前に、ここに立ち寄っていたの。避難命令は聞こえていたけれど……レイチェルとはぐれてしまって。さっき、ようやく見つかったの。でも、そこにロボットが来て」

 メアリは震えている。彼女が抱きかかえている少女は、頭から血を流してぐったりとしていた。

 スティーブはレイチェルを――自分の娘を見た。金色の髪。白い肌。若い頃のメアリにそっくりだ。実の娘なのは間違いないが、親子だという実感は湧かない。メアリと別れた時、この子はまだ一歳にもなっていなかった。

 額の傷は、転んだ時にぶつけたのか少しだけ腫れていた。出血は擦りむいた程度のもので、すでに止まっている。

「……この子を抱えて歩けるか? 歩けるなら避難所へ向かえ」

「アナタはどうするの?」

「ロボットを追う。それが俺の仕事だ」

「レイチェルが怪我をしたのよ」

「大した怪我じゃない」

「私たちの娘でしょう!」

 メアリの叫びが薄闇の中に反響した。


「何も変わらないのね。貴方はいつもそう。私よりも、家族よりも、ずっと仕事ばかりを優先して」

「当たり前だ。でなければ、また人が死ぬ」

「レイチェルはずっと貴方に会いたがっていた。十年よ。それだけの間、父親を知らずに育ったの。愛情を一番注いであげなければならない時期に、貴方は私たちに会おうともしなかった」

「そんな話なら、後にしろ」

 スティーブはロボットの消えた闇を、階段の下を覗き込む。すでに姿は見えない。物音もしなかった。

 コルト・エバーグリーンの回転弾倉を交換する。次は外さない。一撃で仕留めてやる。

「歩けないなら、ここを動くな。座標は俺の味方に伝えてある。すぐに迎えが……」

 言いかけたスティーブと、レイチェルの目があった。

 ぱちりと目を開けたレイチェルが、黒い瞳でスティーブを見る。

「……おとうさん?」

 同じ目だ。自分と同じ、黒い瞳。


「そうだ」

 スティーブは短く答えた。

「お前の父親だ。生物学上という意味でなら」

「……はじめまして」

「ああ……悪質な冗談だな。キミが教えたのか?」

 スティーブが言うと、メアリはキッとスティーブを睨んだ。

「悪いが、今日の約束は無しになった」

 スティーブはそれだけを伝えた。親子の会話など何もない。この娘が一歳になる前に別れて、それきり会っていない。

 血の繋がりはあろうと、他人同士と変わらない。

 二人に背中を向けて歩き出す。


「おとうさん」

 階段を降り始めたスティーブに、レイチェルが言った。

 肩ごしにスティーブが振り返る。

「あのね……あのロボット、私を助けてくれたの」

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