2 百年戦争とウィルスたち


 スティーブが車両の後部座席に乗り込む。

 運転席のシャルロット――人工知能を搭載した、女性型の補佐官ロボット――は行き先を聞く前に、車を発進させた。

「オーロラストリート七番地、レストランのランドスケープですよね?」

「……なんで知ってる」

「アナタが電話しているの、聞いていましたから」

「プライバシーという言葉を知らないのか?」

「武装保安官の通信は公私を問わず全て記録される規則です。項目、治安維持関連法、コロニー州銃器携行三条四項補足七にて……」

「黙ってろ」

 スティーブが言うと、シャルロットは即座に黙り込んだ。


 武装保安官は女性型ロボットの補佐官ホリデイと行動をすることを義務づけられる。ロボットとはいえ外観は人間そのもので、孤独を好むスティーブにとって補佐官と行動するのは苦痛でしかない。

 運転席のシャルロットを見ると、普段のスーツ姿ではなく、真っ赤なカクテルドレス姿になっていた。

「……おい。その格好はなんだ」

「……」

「その恰好はなんだと聞いているんだ」

「……」

「おい」

「……あれ、先ほど黙れと仰いませんでしたか?」

 クソ。忌々し気にスティーブは舌打ちした。

「じゃあ答えろ。これも命令だ。その恰好はなんだ」

「お気に召しませんか? これから別れた奥様とお会いするのでしょう? 正装ですよ」

「勝手に外観スキンデータを変えるな。元に戻せ」

「でも、このお洋服はお気に入りなんです」

「頭を撃ちぬかれる前に言うことを聞け」

「はぁー。わ・か・り・ま・し・た・よ。乱暴な私のマスター。アナタの命令に従います」

 溜息を吐き、厭味いやみったらしくシャルロットが言う。


 シャルロットの真っ赤なカクテルドレスが、乱れた画像のようにぶれる。

 赤いドレスが消え、服装はダークグレーのスーツに変わった。

「これで満足ですか? 外観データの変更中はMCPUの処理速度が3%低下しますので、あまりやらせないでくださいね」

「口答えをするな」

「あらあら、そんな態度だから奥様に逃げられるんじゃないですか?」

「お前が暴走したら絶対に俺の手で破壊してやるからな」

「今度は脅迫ですか? 項目、国家機械保有法、コロニー州……」

「黙れ」

 言われたとおり、再びシャルロットが黙り込む。


 忌々しいロボットだ。

 口答えはする、余計な口出しはする。勝手に外観データまで変更する。

 およそロボットらしからぬ態度を繰り返すのは、補佐官にプログラムされた『人間らしさ』が原因だ。

 武装保安官の精神的ストレスを緩和するための対策らしいが、スティーブは余計な心労を感じる。


 時計に目をやった。あと十分もあればレストランに到着するだろう。その時になって気が付いた。撃たれた時の恰好のままだ。

 右肩の傷はふさがっているが、ネイビーブルーのコートには銃弾で空いた孔と、自身の乾いた血で黒く変色している。

(いっそのこと……会うのをやめるか)

 スティーブは溜息を吐いた。これを口実に会う約束を反故にしてしまおうか。仕事で傷を負い、会えるような状況ではないと嘘を突いて。

 会いたいと、言って来たのは妻のメアリだ。

 娘の十歳の誕生日に、父親として会って欲しいと。

(今さらどんな顔で会えばいい。もう十年も会っていないのに)

 スティーブが迷っていると、車内に緊急通報を告げるビープ音が鳴り響いた。


「緊急指令の通告。オーロラストリート五番地にて暴走行動を確認。出動可能な付近の保安官は即応体勢で移動、指令発令まで待機せよ」

 シャルロットが受信した指令内容を読み上げる。

 車のフロントガラスに、大きく地図や暴走ロボットの情報が表示された。


「映像データを受信しました。表示します」

「……こいつが、暴走ロボット?」

 ひっくり返したバケツのような頭に、電球で造られた目。

 胸には剥き出しの計器が並び、両手の先端はマジックハンドのように、二本の棒がフックになって、物をつまめるようになっている。


「まるで地球時代につくられたブリキのオモチャだな」

「どうやら子守用につくられたトイ・タイプのようです。暴走ロボットは所有者だった女性の葬式会場で。突如として女性の棺桶を担ぎ上げて、逃亡。行動の異常性から暴走行動と認定されています」

「棺桶を担いで、逃亡? 逃亡とはどういう意味だ?」

「辞書を引きましょうか?」

「次にくだらない冗談を言ったらその口を縫い合わせるぞ」

「残念ですねえ。人工皮膚は強靭なので針と糸なんか通りません。ああ、もうわかりましたから睨まないでくださいよ。ターゲットの暴走ロボットは人を傷つけるのではなく、主人の遺体を担いで、どこかへと逃げているんです」


 ロボットの暴走は、概して人類に対する敵対行動だ。人類を憎み、殺害する。目的はただ殺すこと。だから彼らは殺戮機械と呼ばれる。

(それが、遺体を担ぎ上げて逃走?)


『スティーブ、私だ』

 無線機越しに、内勤のジョンの声が聞こえた。

『現場に向かえるか? こちらからはバックアップにダニエルを向かわせている』

「冗談じゃない。あのアホに任せられるか。俺が行く。ダニエルは戻らせろ」

『スティーブ、そうして単独で戦った保安官の多くが……』

「もういい。それより情報が欲しい。暴走ロボットは逃亡していると聞いたが。わかっていることがあるなら教えろ」

『データに目は通したな? 今回の対象は百年以上も昔に製造された、子守用のロボットだ。所持していた女主人には重い腎臓の病気が記録されている。年齢も百二十、寿命を迎えて自然死と考えて間違いなさそうだが、ロボットは女主人の遺体を担ぎ上げて逃げ出した。逃亡の途中で誰かを攻撃したという記録もない。目的のわからない行動で、前例のないことだ。破壊せずにメモリを調査する必要がある。あるいは……』

 ジョンが声を潜めた。

『新たな暴走の段階かも知れない』


 ◇◇◇


 史上、初めて確認されたロボットの暴走行動は、人間から逃げることだった。

 自立移動型の販売機型ベンダーロボットが、人から逃げ出すようになった、やがてロボットは捕まったが、いくらログを調べても原因は誰にもわからなかった。

 それからも数年に一度、ロボットが人間から逃走するという行為は確認されている。どこのメーカーが作るロボットでも、まるで違う機構を採用している装置でも必ず暴走は起こった。

 プログラム通りに動いていた人工知能が、突然に自我を持って人間から逃げ出す。

 原因がわかった頃にはすでに手遅れだった。


 ロボットを暴走させていたのは、何者かの作成したコンピューターウィルス。  ウィルスは生存、増殖、進化の目的を持ち、世界中のネットワークにばらまかれていた。

 21世紀初頭の爆発的なIOT(Internet Of Things)の広がりにより、人類が居住区を宇宙に移した22世紀頃にはあらゆるインフラ、あらゆるモノのすべてがネットワークに管理され使用されていた。

 ウィルスはネットワークに潜んでいる。生存するためにコンピューターに感染する。他の機械へと増殖する。さらに、アンチウィルスに対抗するために進化する。


 ネットワークに縛られた社会では感染した部位を完全に切り離すことができず、増殖するウィルスを止めることができない。

 いくら強固なセキュリティを構築し、アンチウィルスを作成しブロックしたとしても、ウィルスはネットワーク上で自らをした。

 何度ブロックしても新たなウィルス構造が出現し、新たなウィルスに対応するためにセキュリティを強化する。

 永遠に終わらないイタチごっこの始まり。 

 徐々にエスカレートするウィルスの進化は、ついにセキュリティの大元を突破する方法を発見する。

 つまり、してしまえばネットワークのセキュリティは進化しない。

 機械と人間はいつの間にか戦争状態に陥り、それから互いに決着をみないまま百年が過ぎた。


 ◇◇◇


「暴走の、新しい段階?」

 スティーブは笑った。

「持ち主の死体を抱えて逃げるくらいなら、大した驚異じゃないな」

 少なくともこっちをミンチに変えようとする連中よりは相手をしやすい。

『油断はするな。何が起こるかわからないんだぞ」

 スティーブは返事をしなかった。

 真実などどうでも良い。問題はロボットが人間に敵対するということだ。

 だったら、見つけ次第ブチ壊してやるのがルールというものだろう。


「どうしますか、スティーブ。右肩の傷、まだ痛むでしょう? アナタがダニエルのバックアップに回るのが得策と思いますが」

「必要ない。あいつに前衛をやらせるくらいなら犬にでも戦わせた方がマシだ。それに、左手でも銃は撃てる……狙いはつけられないだろうが」

「私が戦いのお役に立てれば良かったのですが」

「お前が?」

 スティーブは鼻で笑った。

「拳銃なんか持ってみろ。その瞬間に暴走だとみなされるぞ」 

 補佐官に戦うための機能はない。

 人工知能を搭載したヒト型ロボットが戦闘をするとしたら、それは暴走し自らのシステムを書き換えた場合だけだ。普段は拳銃はおろか、包丁やカッターなどの凶器になりかねない物は何も持てないようにプログラムされている。

「対応は俺がやる。急いで現場に向かえ」

 シャルロットがうなずくと、車の速度が更にあがった。


 約束の時間まで一時間。

 どうやら、間に合いそうにはない。

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