衛星軌道の光たち

鋼野タケシ

1 殺戮機械と殺し屋たち

 ロボットには感情があるのだと言う。

 だとしたら――スティーブは引き金を引いた――今、この瞬間に敵は何を思ったのだろうか。 45口径の弾丸がロボットの胸を貫く。皮膚を食い破り、筋肉を打ち抜き、心臓を破壊する。

 血を撒き散らして絶命する姿は、人間そのものだ。

 違いがあるとすれば、液化メモリであるロボットの血は銀色で、冷たい。


 薄ぼんやりとした光に灯された工場内に、無数の死体が転がっている。

 全て人間ではなくロボットだ。

「大盤振る舞いだな」

 スティーブはつぶやくと、ポケットからタバコを取り出してくわえた。

 尖端にあるスイッチを入れると、薬じみたタバコの味が口の中に広がった。

 その隙を狙っていたかのように、天井から何かが落ちて来る。


「死、ねええええ!」

 スピーカーから発せられる、割れた音声。

 スティーブは一歩飛びずさり、敵の攻撃をかわした。


 落ちて来たロボットには右手がなかった。

 本来右手があるべき位置にはミキサーの刃を何本も乱雑に繋げたような、相手をミンチにする以外に使い道のない道具が付いている。

 殺戮機械――自らの機体を改造し、殺人に特化させたロボットたち。

 人類の敵対者、暴走ロボット。

(お前らが殺人鬼なら、俺は殺し屋だな)

 ロボットが右腕を動かすよりも早く、スティーブは発砲。

 肩、腰、頭。三発をそれぞれ命中させ、ロボットの機能を完全に破壊する。


「しかし、コイツは悪趣味にも程があるぜ」

 倒れたロボットを足で蹴飛ばす。

 刃物で作られた右手が薄闇の中で不気味に光った。

 網膜センサーで動体を確認するが、機体の内外に反応はない。

 このロボットは完全に死んでいる。

 フロア内で動いているのは、スティーブだけだ。


「こっちは片付いたぞ。ダニエル、二階の状況は」

 右耳に付けた無線機で呼び掛ける。

『ああ。こっちも大丈夫だ……』

 応答の声は暗かった。パートナーのダニエル。

 いつまでも半人前で、足を引っ張ることしかできない素人。

「ダニエル。状況は説明しろといつも言っているはずだ。何が大丈夫なんだ? 暴走ロボットは全滅させたのか?」

『そ、そうだ。全滅させた。敵はもういない』

「……今から向かう」


 フロアの二階でダニエルに合流する。

 声音同様、彼は明らかに顔色が悪かった。ボサボサの金髪を抑えて、息を切らしている。熟れたトマトのように頭の半分を爆発させたロボットから、ダニエルは目をそらしていた。


「どうした、ダニエル。息が上がってるぞ。撃たれたか?」

「い、いや。違う……ただ、ちょっと気分が悪くなっただけだ」

 スティーブから見ればダニエルは若造だ。それに、この仕事には向いていない。

 人間と同じ姿かたちのものを破壊するというのは想像以上に神経をすり減らす。

 いくら相手が殺戮機械、人工のオモチャだとわかっていても、精巧に作られたロボットは死に姿まで人間と同じに見える。連中は破壊されない為に命乞いをするし、悲鳴まで上げる。

 毎年、仕事を辞めていく者の多くが似たようなことを口にする。

 彼らは人間と変わらない。スティーブ、私はキミのような殺し屋にはなれない。


「……!」

 カチャン、と。小さな音がした。

 その瞬間、スティーブはすでに動いていた。

 拳銃を抜き、撃鉄を起こす、振り向く。

 視線の先にピエロの外観をしたイベンター型ロボットがいる。

 敵の右手に拳銃が見えた。

 

 引き金を引いたのはほぼ同時。

 

 スティーブの手にしたコルト・エバーグリーンから電導弾が放たれる。

 音速の弾丸はロボットの胸を正確に撃ち抜いた。

 だが、ロボットの撃った弾丸もスティーブの右肩を掠めた。


「ぐっ……クソッ」

 スティーブが舌打ちする。

 右肩に激痛が走り、拳銃を取り落とした。

 胸を撃ち抜いたロボットはまだ生きていた。

 奇襲の失敗を悟ったのか、一目散に逃げていく。


 左手で肩に触れると、指先にぬるりとした血の感触がある。ネイビーブルーのコートが黒く染まっていた。

「……高かったんだぞ、このコートは」

「スティーブ! だ、大丈夫か!」

「ダニエル。全滅させたのかと俺は聞いたはずだな」

「そ、それは……だって、物音がしなかったから。サウンドスキャンはしたんだよ。網膜センサーって、ほら、目がひどく痛むし……それに、殺したロボットたちを凝視しなきゃならないだろ?」

 しどろもどろになりながら、ダニエルは答える。

「だいたい、暴走しているロボットは理性がないし、物陰に潜んだりしない。だから物音さえしなくなればいつもは大丈夫なんだ」

「思った通りお前は大丈夫だったな。撃たれたのは俺だけだ」

 スティーブは左手で拳銃を拾い、腰のホルスターに戻した。


『スティーブ。逃げた敵はカークが始末しました』

 無線機の向こうから、女性の声がする。

「了解だ、補佐官ホリデイ。制圧完了だと本部に連絡しろ。帰投する」

 通信の間も、ダニエルは怯えた視線をスティーブに向けていた。

「ダニエル」スティーブは唸るように言った。

「無能はいらん。お前はクビだ」


 ◇◇◇


「ご苦労だった、スティーブ」

 オフィスに戻ると、内勤オフィサーのジョンが声をかけて来た。

 ジョンは整えた口髭を得意そうに引っ張っている。

「しかし、最後の一体に撃たれたってな。お前らしくもない」

補佐官ホリデイにも同じ嫌味を言われたぜ」

「ほう」

 愉快そうにジョンは笑った。

「お前の補佐官ホリデイ、名前はシャルロットだったか? 彼女は冗談も言うのか。面白いことを教えたモンだ」

「俺が教えたわけじゃない。機械に人間らしさなんてクソみたいな機能だ」

「心を病まない為の措置さ。効果のほどはお墨付きだ。精神疾患による退職が二十年前に比べて四割も減った」

「殉職は三割に増えたな」

「まったく素晴らしい仕事じゃないか」

 ジョンが右肩に手を置いた。激痛が走る。スティーブはその手を払った。

「おっと、すまない。撃たれたのは右肩か」

 右肩はまだ酷く痛むが、傷口は塞がっている。現場から戻ると、すぐに多能性幹細胞シートを貼った。シートは肩と同化し、傷付いた骨と筋肉はすでに再生している。だが傷口は塞がっても、傷の痛みは残っている。


「ダニエルとのコンビは解消させて貰う」

 スティーブは唸るように言った。

「一人の方が安全だ」

「い、一度失敗しただけだ!」

 立ち上がって、ダニエルが大声を上げた。


「それでクビだなんてあんまりじゃないか! アンタはベテランかも知れないが、こっちはずっと内勤だったんだぞ! 欠員が出たからって無理矢理に外勤にされたんだ! 一回の失敗くらい、誰だってするだろう!」

「一回? 記憶力まで悪いのか? 今日までの一年間でお前が殺人機械を取り逃がしたのは七度目だ。何度しくじれば覚えるんだ? お前のせいで俺が死んで、墓の前でもう二度と失敗はしないと誓うまでか? いいか、人は一度の失敗で死ぬ。お前が死ぬのは構わんが、俺まで巻き込まれちゃたまらん。生きたままこの仕事を辞められるだけ有難いと思え」

「で、でも……クビだなんて、あんまりだ」

「自分の無能を恨むんだな」

 スティーブが辛辣に返すと、ダニエルは俯いて黙った。

「言い過ぎだぞ、スティーブ」

 たしなめるように、ジョンが口を言った。

「我々の仕事は一人では危険すぎる。お前はエースなんだから、後進を育てる義務があるだろう。それができなければ最後に締まるのは我々の首だ」

「お説教なら結構だ。今日は帰らせてもらう」

 腕時計を見る。標準時間で十七時を回っていた。

「何を急いでいるんだ?」

「プライベートなことまでお前に報告する義務があるのか?」

「まさか、デートじゃないだろうな! 朴念仁のお前が!」

 ジョンは自分で言って、ひとしきり笑った。

 スティーブは苛立たし気に舌打ちした。

 この能天気と無神経がジョンのオフィサーとしての才覚でもあるのだが、時々ひどく腹が立つことがある。

「家族に会いに行くんだよ。もういいだろ? 事務処理くらいは勝手にやってくれ」

「スティーブ、お前に家族なんていたのか?」

「……妻と娘だよ」


 もっとも、十年も会っていないが。

 スティーブは内心で付け加えた。

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