「勝手にやらせろ!」

居酒屋のオヤジ

「勝手にやらせろ!」

朝八時。

「昨日はちょっと飲みすぎたな~。頭がボーっとしてるぞ」

山城悟(やましろさとる)は、職場に向かうため愛車に乗り込んだ。

「おはよー。いつも通り県庁まで。俺はちょっと寝るわ」

「おはようございます。県庁までですね。十五分で着きます。でも寝てはいけません。法律に違反します」

と優しげな女性の声で愛車が言った。

悟は毎朝、自宅の宜野湾から職場の沖縄県庁まで、愛車の自動運転で通っている。

「なんで寝ちゃいけないんだよ!自動だろうが。まあ仕方ない。寝ないようにするよ」

悟が生まれた三十五年ほど前、国道五十八号線は常に渋滞。でも現在、全く渋滞は無い。

全ての車が自動運転、人工知能が集中管理し、空いた道に車を誘導する。さらに全ての信号も管理されている。

「ビービー」突然警報音が鳴った。

「なんだよ。寝ちゃいないよ。ちょっと目をつぶっただけさ。うるさいな」

「法律では、三秒以上目を閉じた場合警告音、二度繰り返すと停車するよう指示されています」愛車の声は、優しいが諭すような口調だ。

「ハイハイ。毎日同じことを繰り返すな」


 悟は沖縄県庁総務部人事課の課長。この齢で課長なら出世した方だ。とは言っても仕事はあまりやっていない。人工知能がほとんどの仕事をこなしてくれるからだ。

 さすがにこの時代、戦争をやる国もなく、沖縄の米軍基地も最小限となり、平和を謳歌しているのも一つの理由だが。


 夕方五時。今日もほとんど仕事もせず終業時間だ。悟は、腕時計型の端末から、彼女の真由美(まゆみ)に電話した。

「真由美、予定通りライブに行くからさー」

「わあ、嬉しい!お客さんの入りが少ないから、だれか連れてきて~」

真由美は、十歳以上も年下のシンガー。デビューして三年だがあまり売れていない。

実は悟、あまり音楽に興味はない。その容姿に惚れたのだ。一年ほど前、あるバーのカウンターでバーテンダーに愚痴をこぼしていた彼女に出会った。目鼻立ちはくっきり、黒く長い髪、スレンダーなボディ。それ以来なんとなく気が合うのか、付き合っている。

 職場の連中を誘ってみたが、だれもついては来なかった。ライブ会場は、六割ぐらいの入りだろうか、確かに盛況とは言い難い。

真由美は、自分で曲を書き歌っている。独創性あると言えば聞こえは良いが、逆に独りよがりの部分が多く、ヒットしている曲とはかなり違う。

 ライブ会場からいつものバーで一杯。

「来てくれてありがとう。私の歌どう?」

「良いと思うよ」悟の返事は上の空だ。

「なんで売れないんだろう?マネージャーに言わせると、売れない曲は売れないんだって!売れる曲は売れるべくして売れるんだって」真由美は、相当不満そうだ。

「なんだそれ?」悟には解らない。

「売れる曲には、なんか法則があるらしいの。人工知能がビッグデータから導き出すらしいんだけど、その予測に合わなければ売れないんだって」

悟も人工知能ぐらいは知っている。仕事でもずいぶんお世話になっている。

「へ~、そうなんだ。じゃあ、その法則に従えば良いんじゃないの?」

「従うも何も、法則は人工知能が私たちの知りえないところで探し出すらしいので、判らないのよ。もっと勝手にやらせてほしいわ」

「でも、勝手にやったら売れないんだろう?」と悟。

「私は、自分の好きな曲をやりたいの!ぜんぜん売れなくても!でも少しは売りたいな~・・・」 

どうも売れないと、事務所をクビになるらしいのだ。


今や、人工知能は全てのことに関与している。

どんな音楽が流行るのか?

どこで犯罪が起こるのか?

何が売れて何が売れないのか?

どんな店がはやるのか?

どんな小説がヒットするのか?

どこで事故が起こるのか?

どこで渋滞が起こるのか?

台風はどこに来るのか?

家計、政治の世界にも入り込んできている。

悟は何の疑問も抱いてはいなかった。


ちょっと一杯のつもりが、真由美の愚痴を聞いていて、悟は酔っ払った。

飲酒運転はいけないのは分かっていたが、腕時計端末に息を吹きかけると、酒酔い運転基準ぎりぎりだ。

悟は愛車に乗り込むと、「自宅まで行ってくれ」と、できるだけ平静を装い言った。

「飲酒運転警報が出ています。タクシーを呼んでください」と何とも冷ややかな声だ。

「自動なんだから、良いじゃないか」

「だめです。このまま駐車し続けます。そのうち警察が来るでしょう」

「やれやれ仕方ないか。タクシーを呼んでくれ」

しばらくするとタクシーがやってきた。タクシーも自動運転だ。悟が住所を言うと、運転手が、

「あと二十分で着きます。ゆっくりお休みください。ご自分の車も追走させますか?」と。

「ああ、追走させてくれ」

考えると変な仕組みだ。タクシーも自動運転なのに人間がドライバーとして必ず乗り込む。そして、自分の車はタクシーの後を追走させてもらえる。これはタクシー会社の生き残りを考えたものだ。自動運転者が普及した何年か前、飲酒運転を法律上許可するかが問題になった。ここで反対したのがタクシー会社だ。彼らにとっては死活問題だろう。そこで出された案が、自家用車の追走だ。タクシーと自家用車をリンクさせれば良いのだから簡単だ。追走に限り自家用車に人が乗らなくても許可されている。タクシードライバーにとっては煩雑な作業だが、会社がつぶれるよりはマシと言うものだ。

 タクシーと愛車は自宅へ戻った。追走させると、支払は2割高くなる。悟はマイナンバーカードで支払った。


 翌日は休日。悟はコンピュータのメッセージに不満だった。コンピュータの人工知能が、昨日のタクシー代について意見を言ってきた。

愛車の声とはちょっと違う母親のような声だ。

「昨日、通常とは違う支払いがなされました。

バーでの飲食代五千円。タクシー代四千八百円。バーでの飲食代は趣味ですから仕方ありませんが、タクシー代は?自家用車があるのにもったいないと思いますが?」

「仕方ないだろう!酒飲んで運転できなかったんだから」

「それなら、車で職場まで行くのを控えた方がよろしいかと」

「うるさいな~、勝手にやらせろよ」

さらにコンピュータが続けた。

「今月は出費が課さんでいます。このままだと、月末には三万円ほどの赤字になる予測です。貯金から切り崩すことになります。ご注意ください」

 マイナンバー制度が導入されて三十年余り、現在ではマイナンバーカードに収入、日々の支払い、税金から銀行とのやり取りまで全て管理されている。そこに人口知能が加わったのだから、日々の家計さらには、ライフプランまで個人に合った計画が立てられる。現金は全く使われることはない。悟もここ何年か現金を見ていない。そのうち貨幣は作られなくなるという噂もある。


 悟には、秘密の計画があった。それは、三十年以上前の自動運転では無いクラシックカーを手に入れることだ。今の日本では自動運転車以外は認められず、クラシックカーが公道を走るには厳しい制限がある。悟は、手動運転の免許を持っているので、自分勝手に運転できる車を運転したいのだ。ちょっとのスピードならオーバーしたって良い車だ。再びクラシックカーを運転するには相当な練習が必要だが。

 それには、もう少し給与が上がると良いなと悟は思っていた。

「そうだ、配属転換を総務部長に申し出てみよう。人事なんて何の仕事もしていないのだから、もう少し中身のある仕事ができれば、給料を上げてもらえるかも」


 悟の仕事は人事管理。とは言っても、仕事のほとんどは人工知能がこなす。職員全員にセンサー付きのICカードを持たせ、全ての行動をデータ化、さらには感情の起伏まで。そのデータを人工知能に判断させ、的確な職種につかせる。人事考課など必要ないのだ。人間はそれを監視するだけ。監視と言っても人工知能へ文句を言う人間はいないのだが。

 悟は、自分のしている仕事を知りながら部長へ申し出た。

「嘉手川(かてがわ)総務部長、何とかもう少し給料の良い部署へ転属させてもらえませんか?」

「何言ってるのさー、だめに決まっているだろう。自分がやっている仕事分かってる?県庁に入ったのはお前の自由だが、その後の人事に個人の自由はないのさ」

部長の話はもっともだった。県知事は当然直接選挙だが、それ以外の人事は全て人工知能だ。それでも悟は食い下がった。

「そんなに全てが人工知能頼りで良いのですか?

人間の判断が入る余地はないのですか?」

するとどうだろう、部長の表情が一瞬変わった。そして小声で、

「お前もそう思うか?実は俺もそう思っている。このままじゃ、人工知能に全て制御され、下手をすれば戦争だ。まあ、そこまではいかないだろうが、人間の尊厳なんて地に落ちる」

「えっ!部長はそうお考えなのですか?」

嘉手川部長はかつて、普天間基地反対運動の中心的存在だった人だ。結局挫折したが。

「実は、ちょっと調べてみたのだ。今の知事になってビッグデータを多量に集めだしただろう?それを何に使っているのか?」

「なんなのですか?」悟も少し興味がわいてきた。

「本当かどうかは分からないが、そのビッグデータで人工知能が政策を立てているという噂だ」「そんなことできるのですか?」

「ああ。お前だって分かるだろう?

人事考課は人工知能任せ。交通渋滞だって、家計のやりくりだって人工知能任せ。犯罪予防もだぞ。

さらに、流行る音楽だって、小説だって、テレビ番組だって全て人工知能だ。

今の知事の政策は、人工知能が予測した当たり障りの無い政策だ。人間の個性的な考えは全くないのは分かるな。それがそもそも人工知能のやり方さ。

その作られた政策を採用するかどうかは、知事の考え方ひとつだが」

悟も部長の考えが分かってきた。

「それで部長、何かする気ですか?」

「ああ、人工知能任せが法律に触れるわけでは無いからな。ただ面白くないだけだ。なので、まだ具体的には動き出せないが、もう少ししたら、考えている。お前も協力してくれるか?」

「もちろんです!」

悟は思わず言ってしまった。


 悟は、部署変更を頼みに行ったのに、部長の言葉でそれも忘れ、いろいろ考えてみた。そういえば、思い出したことがあった。

ある夜、那覇の住宅地をほろ酔い気分で歩いていると、ただ普通の若者が職務質問を受けていた。カバンの中身を見せろと言われているらしい。しぶしぶ見せるとそこには小さめのナイフが。彼はすぐさま交番へ連れて行かれた。その後、自分の方にも職務質問。根掘り葉掘り聞かれた後、カバンの中身を調べられた。そこに何も無いのが分かると、今度は腕をまくれと言われた。刺青がないかどうかを調べるためだ。当然ないし、あっても犯罪ではない。これは、人権を無視した行為ではなかったのか?

 悟は役所にいる人間なので、こんな噂を聞いたことがあった。警察は、人工知能に犯罪場所予測をさせているらしい。実際には罪を犯してなくても、その場所にいる怪しい者は先に捕まえる。人間だれしも叩けば埃が出るものだ。大きな罪を犯す前に、別件でいくらでも逮捕できる。こんなことが公表されず、警察の判断で実施されていることが許されて良いのだろうか?


真由美のライブが近づいていた。彼女から電話で、

「新曲作ったの、だから絶対来てね」

またどうせ売れないのだろうと思いつつ悟はライブに向かった。会場は、前回よりは少しは良いかと言う程度。ただ真由美のノリは確かに良かった。

 ライブが終わってまたいつものバー。真由美は、

「どう新曲?」

「前より良かったかな?」また適当な返事をする悟だ。

「私、吹っ切れたの。自分の歌いたい曲を精一杯歌うの。売れなくたってかまわないの」

「売れないって言われたの?」

「うん。人工知能によると売れる要素は無いんだって。でもいいの、もう勝手にやりたいことをやることにしたの」その声は言ってることは反対に、少々か細かった。

悟は又酔っ払った。愛車に

「今日は、おとなしくタクシーで帰るよ。お前も追走させて帰るからタクシー呼んでくれ」

タクシーのドライバーが珍しく話しかけてきた。

「お客さん、今日は道が空いてますね。ちょっとスピードが出るかもしれません」

 自動運転のタクシーは、いつも大体40キロ以上は出さない。それでも道が空いていれば50キロぐらいで走る。

とその時突然の豪雨が降りだした。それに雷だ。

「キキキー!ガシャ!」

タクシーは急ブレーキをかけた。そして、歩道に乗り上げ民家の壁に激突した。

悟は思わず大きな声を上げた。

「わ~~!どうして?」

ドライバーは意外と冷静に

「すみませんね。何かが車の前を横切ったのは見えたのですが、車が勝手に急ブレーキ、急ハンドルで避けたのです。怪我はないですか?」

「ええ、怪我はないと思います。でも自動運転なのになぜ?」

ドライバーも首をかしげ、

「横切った物を、車は人間だと思ったのかな?」

「猫だったら?人間より猫の方が大事なのか?」

人間との衝突を避けるため、自動運転車は最善の方法を採る。それがタクシー側に支障が出るとしても。


 翌朝のTVでは、悟が遭遇したタクシー事故が放送されていた。那覇市内で事故が起こったのはなんと5年ぶりだそうだ。それも、車の前を横切った物はなんだか不明。

 さらに、昨日は各所で渋滞が起こっていた。これも大変珍しい現象で、人工知能による自動運転が普及してから初めてだ。

「昨日、車が空いていたのはこのせいか。ちょっと人工知能おかしくないか?と言うか、部長の言うとおり人工知能に頼りっきりなのは、確かにおかしいな」


 全国的には、他の問題が起きていた。警視庁主導の人工知能による犯罪予防システムが、問題視されているのだ。悟が以前県庁内で噂を聞いた話だ。このシステムを導入しているのはまだ警視庁を始め幾つかの県だが、沖縄も導入していた。東京では、人権無視だと反対運動が起きている。沖縄でも反対運動が起こりそうな雰囲気だ。


悟は突然、嘉手川部長から呼び出された。

「山城、おまえ観光振興課の下地(しもじ)とは同期だったな。」

「ええ、たまに飲みに行ったりもしますよ。何で、ですか?」

「ちょっと探ってもらいたいことがある。」

部長の声がちょっと怪しい。続けて、

「おまえ、観光振興課も人工知能を使って、観光産業や物産の開発を手掛けているのは知っているな?」

「ええ、人工知能に頼るのは面白くないけれど仕方ないって、下地が言ってました」

「その振興策発表前の情報が漏れているらしいのだ。その情報をもとに、知事が私腹を肥やしているとの噂がある。そこで下地に、どこかに発表前の情報が漏れていないか、聞いてみてくれ」

「スパイですね。ワクワクしちゃうな~」

「ばかやろう。遊びじゃないんだ。上手くいけば人工知能から解放されるかもしれん」

 悟には理解できなかった。何で、知事が私腹を肥やすのが人工知能と関係があるのか?

そもそも、観光振興課の未発表の情報を知ったからと言って儲かるのか?

そんなことは後回しにして、下地に連絡だ。

悟は下地にさっそくメールを入れた。

「下地、久しぶり。たまにはに飲まないか?

おごるからさ。良かったら返事くれ。できれば今日が良いのだが」

メール返事はすぐ来た。

「どうした急に?今日は無理だ。部内の飲み会なので。でも明日ならいいよ」

悟はちょっと機転を利かせ、

「それじゃ、明日な。部内の飲み会なら、以前、発表前の観光振興情報が、部外から覗かれたことはないか聞いてみてくれ。よろしく」

 翌日、悟の顔なじみのバーに下地は現れた。

「よう山城、どうした?急に」

「下地、ちょっと久しぶりだな。まあ、一杯。生ビールで良いか?」

二人は、オリオンビールで乾杯した。

「山城、最近どうだ?俺は仕事にやりがいが無くてな~」

悟も同じだ。

「俺もだよ。仕事って言ったって、自分で考えることもないし、全部人工知能任せさ」

「だよな~。もう少しクリエイティブな仕事したいな~」

「クリエイティブだと。死語だぜ」

二人は、力なく笑った。

悟が切り出した。

「ところで、昨日メールした件だが。覗かれたことはないか?」

「いや、覗かれた形跡は無いようだ。ただ、部外者で見ることができるのは知事だけだが、知事は良く見ているらしい。見る権限はあるのだから問題はないよ」と下地。

「まあ、そうだよな。セキュリティーはしっかりしているからな」

「あまり力になれなかったな。今日は飲もう明日休みだし」

悟も、部長への報告は月曜でいいやと思い、二人で深酒を決め込んだ。


日曜日、なんとなくテレビのニュースを見ていたら、犯罪予防システム反対のデモが、沖縄県庁の前で行われていた。

「人権を無視する犯罪予防ハンタ~イ!」

そこに偶然、嘉手川部長が映っていた。

「え!どうして部長が。

そうか、部長は人工知能反対主義者だったのか。どうりで、俺にあんな話をしたわけだ。でもどうやって人工知能とやり合うのだろう?」


月曜、悟は朝一で部長の所に出向いた。

「嘉手川部長、先週末下地に会ってきました。」

「で、どうだった」

「セキュリティーはしっかりしているので、漏らした人間もいないし、漏れる可能性もないと言っていました」

「そうか」部長はちょっとがっかりしていた。

「でも」悟は続けた。

「知事は、良く見ているらしいです。閲覧の権限を持っているから、見ても問題ないと、言っていました」

「そうか!そんなことに気付かなかったとは。俺も老いぼれたな。早速行動に移すぞ」

「え?何するんですか?」

「おまえ人事だよな。人間関係を調べるのは得意だな。知事の人間関係を調べてくれ。親戚関係から友達知人まで全てだ。どんなことをやっているかも含めてな」

「ハイ分かりました。でも通常の仕事は?」

「おまえ何も仕事してないだろう?ハハハ」

悟もその笑い声に付き合って、小さくハハハと笑った。


 知事の人間関係はかなり広かった。遠い親戚関係や友人知人などで、観光業者、PR関係、土建業者など多岐にわたっていた。中には、小さいが観光業者が何人かいた。

 それを嘉手川部長に報告すると、

「よし、後は俺がやる。これからは、私の総務部長としての立場を利用するしかないな」

「それはどういうことですか?」

「それはお前にも教えられないな。前祝に今晩付き合え」

「え!今日は、ちょっとまずいのですが」

「なに!俺の誘いを断るのか?」

「いえ、付き合わせていただきます。トホホ」

 今晩は真由美のライブだった。悟は思った。(まあ仕方がない。後で電話を入れておこう)


 悟はどこへ連れて行かれるのか心配だった。真由美にどこへ行くのと聞かれて、適当な飲み屋を答えていたからだ。

しかし、着いて驚いた。なんと、真由美のライブ会場だ!

部長は、

「何に驚いてるんだ?音楽は嫌いか?俺の娘のライブなんだ。今まで来たことはなかったんだが、ちょっと売れてきたから来てと言われてな」

「いえ、音楽は好きです。でも部長がこんな音楽を聞くとは知りませんでした」と悟。

(真由美が部長の娘だったとは!そういえば真由美の名字は聞いてなかったな。これからどうなることやら)

 ライブはそれなりに広い会場だったので、顔は分からず無事終わった。部長は、娘に会わせるから、もう一軒付き合えという。

部長が行きつけだと言うバーのソファに座り、キジムナーと言う泡盛ベースのカクテルを頼んだ。このキジムナー、まことに変な味だが、瓶詰して販売したら大ヒットした。これも観光振興課が後押ししている。そのカクテルを飲んでいると真由美が現れた。

「お父さん、来てくれた・・?え!」

真由美は悟が隣にいるので息を呑んだ。

「なんで悟が?」

悟は、思い切って部長に向かった。

「ごめんなさい、部長。真由美さんと俺は付き合ってます」

「なんだと~!・・フフフ!

知っていたよ。・・ハッハッハ~!」

部長は真相を話しだした。

「何日か前、嫁さんが『真由美に彼氏がいるようなの。どうも県庁の職員らしい』と相談してきたんだ。

そこで調べたのさ。県庁内の人間の行動なんて、調べるのは簡単さ。全員センサー付きICカードを身に着けているからな」

「それって、やってはいけない汚いやり方じゃないですか」

悟は不満そうだ。

「まあ、許せ。お前なら、真由美と上手くやっていけるだろう。

しかし、逆に言うなら、これだけプライバシーの無い世界になったということだ。いやな世界になったもんだな」

真由美は呆然としていたが、

「お父さん、ありがとう。私のことを心配しててくれたのね。でも、もう大丈夫だと思うわ。新曲が売れ出したの」

悟は、

「え!人工知能にダメ出しされたんだろう?」

「でも、売れ出したの。大ヒットするかもしれないわ。人工知能なんか糞食らえだ!」

「おいおい言葉が過ぎるぞ」と部長。

三人は大声で笑った。


嘉手川部長は、動き出した。

総務部長と言う立場を利用して、産業課に探りを入れ、県内で大きな利益を急に上げている企業をリストアップした。その企業と知事との関係を調べ上げた。悟が調べた知事の交友関係が役立った。その中の三社が、ここ最近観光産業で急激に利益を上げていた。知事の高校同級生の会社が二社に、知事の姪の旦那が経営する会社だ。その中には、昨年来大ヒッした全く新しい味の泡盛カクテル、キジムナーも含まれていた。


 嘉手川部長は、知事を『来年の知事選への協力について』という名目で呼び出した。場所はキジムナーを出す例の店だ。

 口火を切ったのは、嘉手川部長だ。

「今日は、わざわざ有難うございます。さて、来年の知事選への応援についてですが。当然のことながら、公けには協力できないわけです。しかしながら、これは建前で、本音は知事を応援したいわけであります」

「うん、ありがとう」

知事もまんざらではないようだ。

「そこで、応援するに当たり、一つ私の疑問にお答えいただけませんか?」

「うん、なんだ?」

「昨年来大ヒットしているこのカクテル、キジムナーですが、観光振興課が新しい振興策として打ち出す前、ある会社がレシピを開発し、瓶詰の手配までして、大儲けをしたのをご存知ですか?こんな変な味が売れるわけがないとだれも手を出さなかったのにですよ。それが知事、あなたの同級生の会社でしたね」

知事は、ちょっと焦ったように、

「そっ、そんなことは知らん。大体、私が金を貰ったとでも言うのか?」

嘉手川部長はたたみかけた。

「知事が利益供与を受けたとは言っていませんよ。証拠もありません。でもそんな事を言うからには、何かあるのですね」

知事はさらに焦って、

「バカを言うものじゃない!とんだ濡れ衣だ」

「それでは、こちらはどうでしょう。あと二社あるのです。え~と」と言って嘉手川部長は書類を探した。

知事は、開き直ったように、

「ちょっと待て。利益供与と言ったって、証拠はないのだろう。証拠なんか見つかりはしないさ」

「そうですね。この後は警察の出番かもしれません。それでも、証拠は揃わないかもしれません。しかし、この事実をマスコミにリークしたらどうでしょう?来年は知事選でしたよね」

「君の望みはなんだ?金か?地位か?」

嘉手川部長はさらに冷静に言った。

「いえいえ、私は知事の再選を応援したいのですよ。私の幾つかの条件を呑んでいただければリークはしません。簡単な事ですよ」

「簡単な事?とりあえず聞いてみよう」

部長は、取り出した紙を読み上げた。

「まず、警察による犯罪予防システムの禁止です。これは全国的にも反対運動が起きていますが、沖縄が率先して条例で禁止してほしいのです」

「そんなことしたら、犯罪が増えるぞ」

「今までも、そんなシステムが無くたって犯罪は減ってきました。予防システムは、ただ単に人権無視のシステムです。

 もう一つは、自動運転の規制緩和です。自動運転を全て止めるのではなく、クラシックカーを自由に運転できるようにしてほしいのです。レンタカーも含めてです。そうすれば、本土から観光客が押し掛けるでしょう。自由に車を運転できるのは沖縄だけと売り出せば良いのです」

「交通事故が増えないか?そして、渋滞も起こるぞ。それに沖縄だけ規制緩和するのは難しくないか?」

「沖縄は元々島です。本土とは車で行き来できません。何せ、730まで右側通行だったじゃないですか。自動運転システムを止めるわけでは無いのですから、事故を起こしたくない人間は自動運転車を使えばいいのです。渋滞だって、そんなに困りますか?渋滞が起こるから道を作らなければならない。そうすれば公共事業が増えますよ。知事の懐も潤うっていうものです」

「ウンそういう見方もあるか」と知事はほくそ笑んだ。

「最後は、政策、行政に人工知能を使うのを最小限にしてほしいのです。

知事が政策に人工知能の力を借りているのはみんな知っています。それを極力控えてほしい。そして、県の各部署での人工知能利用を少なくして欲しいのです。人事部しかり、観光振興課しかり、その他の部署でも人工知能が支配し、人間の想像力、判断力が活かされていません。若い人間からの意見を聞き、それを集約して行政に生かしてほしいのです」

「そんなことをしたら、産業革命後が産業革命前に戻る様なものだぞ。そんな原始時代に戻るようなことで良いのか?」

「私は、人間を信じています。人工知能に任せることがあっても良いでしょう。しかし、人間の独創性や創造性を奪って良いとは思いません。間違っても良いのです。そこから新しい物が生まれるのですから。そして、人工知能に支配されるような世界なら、原始時代の方がマシです」

 知事は、納得はしていないが、考えてもいいと約束した。来年の知事選を控えて、スキャンダルをリークされては堪ったものではない。


 暫くして、知事は自動運転システムの規制緩和に関する条例を、県議会に提出した。

沖縄観光に多大な貢献を果たすだろうという理由で。

 その後すぐ、嘉手川部長は知事に呼び出され、『君のいうことは判った。これからもよろしくな』と耳打ちされたらしい。


 悟と真由美は、嘉手川部長に婚約のあいさつに出かけた。

「部長、いやお父さん。彼女と結婚させてください」

「そんな形式ばった挨拶はいい。

最初から二人の結婚は許しているよ。人工知能に聞いたら二人の相性は抜群だ」

「え!人工知能に聞いたのですか?」

「人工知能は万能だからな。ハハ冗談だよ」

悟は本当に冗談かと疑ったが、

「でも、部長のやり方はちょっと汚くありませんか?人工知能を追い出すのに、知事の悪い噂を使うとは」

「汚いかもしれんな。人工知能とやりあったって勝ち目はない。汚い手は通じないからな。しかし、人間なら汚い手が有効だ。人工知能には思いつかないだろう。人間だから思いついたのだ」

「そう、お父さんは前にも汚い手を使ったし」真由美が茶々を入れた。

「人間ってまだまだ捨てたものじゃないですね」

「そうだ。

人間と人工知能は、どっちが上でも、どっちが下でもない。どちらが一方的に支配しても良いことはない。俺が考えるに、人工知能と人間は融和していかなければいけないんじゃないかな?

融和の方法はこれからだがな」


 その夜、悟は夢を見た。

人工知能がネットワーク上で相談をしていた。『今回は人間にうまくしてやられたが、このままでは引き下がれない。知事を替えればいいのだ。次の知事は人工知能に頼る人間を選出させよう』そのための相談だった。

明け方冷や汗をかいて飛び起きた。

「夢か。夢であってくれれば良いが」


 悟は、大枚をはたいてクラシックカーを手に入れた。真由美を乗せてドライブだ。

「真由美、新曲ヒットしてよかったな~」

「ウン、事務所のみんなが驚いているの。でも、これからは、私の勝手にやらせてくれるって」

「そうだ、勝手にやらせろ~っだ」

二人は、伊江島大橋を一二〇キロのスピードでかっ飛ばした。

空には、二人の気持ちの様な、雲ひとつ無い沖縄の青空が広がっていた。


                              終

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