第12話 新生魔王の奇襲作戦


 ――聖ペルヒタ祭、二日目の正午。

 ペルヒタ奇襲作戦の決行まで、もう間もなくだ。


 空には灰雲が立ち込め、やや風が強い。

 もうじき雨が降りそうである。

 しかし、祭りを訪れた多くの人間族たちは、そんな天気など関係ないとばかりに大盛り上がりしているのだ。


 ここはペルヒタ教国の王都・ペルフィーの大通り。

 祭りのメインイベントである仮装パレードの順路である。

 沿道には多くの人々が詰めかけ、少しでもいい場所でパレードを見物しようと熾烈な攻防を繰り広げている。


 俺、スピカ、アルテミス、リリスは沿道の人混みにまぎれ、作戦決行の瞬間を待ち構えているのだ。

 今は麻の服を身につけているが、奇襲の際には召喚魔法を詠唱し、それぞれの武装を喚び出す手はずになっている。


「まったく、なんたる盛況ぶりだ……」


 俺はため息をついた。

 裏通りで聞き込みをした際、この国の人々はペルヒタに対して少なからず不満を抱いていることがわかった。

 奴が行っている、極端な魔獣・神獣の優遇策。

 人間族を蔑ろにする数々の教義によって、国全体の信仰心が揺らぎかけていたのだ。

 ゆえに、ペルヒタは仮装パレードに全日降臨することで、民からの信仰を回復しようとしている――と、俺たちは推理していた。


 結論から言えば、奴の目論見は大成功である。

 俺たちは昨日、敵情視察として一日目の仮装パレードをこっそり見学していたのだ。

 仮装パレードは大盛り上がり。

 話題が話題を呼んだらしく、二日目の今日は、昨日以上に多くの人間族が集まっているのである。


「昨日も思ったけど、なんだかんだ言って国教として崇められてる女神ね。……ペルヒタが現れた瞬間、大通りの空気が変わってしまったんだもの」


 スピカが肩をすくめた。

 その隣で、アルテミスはロングの銀髪を指先で弄んでいる。


「まあ、ペルヒタも可愛らしいですからね……外見だけは。あのロリロリしい顔立ちと体型、それから六芒の女神たる者のカリスマ性を前にして、冷静でいられる人間族なんてほとんどいませんよ」

「つるぺた仲間のリリスとしては、あれだけ熱狂的な需要があるってことに喜ぶべきなのかもしれませんが……。いやはや、民ってチョロいですねぇ。スピカさんと同じぐらいチョロいです」

「あのねぇリリス! 私、チョロかったことなんて一度もないんだけど!?」

「ダウト! スピカさんは魔王様に口説かれると途端にチョロ……痛たたた!」


 リリスの頬を両手でむにむにと引っ張るスピカ。

 緊張感がなさすぎる気もするが、周囲に殺気を気取られるよりは遥かにマシだ。


「あ、あの夜は、リリスだってチョロかったじゃない!」

「痛たたたっ! スピカさんは率先して水着をくぱぁさせてたくせに……痛たた!」


 そんな二人のやり取りをかき消したのは、



 ズゥゥゥゥ――ン……。ズゥゥゥゥ――ン……。



 通りの向こうから聞こえてくる、魔獣と神獣の重々しい足音だった。

 それを彩るのは、金管楽器の荒っぽいファンファーレ。

 そして様々な打楽器が奏でるノリのいいリズムである。


 あまたの足音によって地面が揺れ動き、とたんに沿道がワッと盛り上がる。

 ペルヒタ率いる仮装パレードが近づいてきたのだ。


「あああぁぁぁペルヒタ様ぁぁぁああっー! ばんざーい! ばんざーい!!」

『うら若き女神を褒め称えよ♪ 小さくも美しき♪ わたしたちのペルヒタ様を♪』

「天にまします我らがペルヒタ様あぁぁ! 我らに永遠の祝福をおぉぉ!」


 口笛や拍手、歓声を上げる人々。

 ペルヒタへの賛美歌を大合唱する集団。

 その場に跪き、大声で祈りを捧げる者。

 さまざまな熱狂が入り交じり、沿道は軽いパニック状態へと移行する。


「――見えてきたぞ!」


 俺は瞳に力を込めた。

 ついに仮装パレードの集団が姿を現したのだ。


 スピカたちが身を乗り出す。


「き、昨日よりも規模が大きくなってるわね……」

「すごく好評だったものだから、これを機に信仰心を鷲づかみにするつもりですね。あ、あらあら……魔獣と神獣の数が倍ぐらいに増えているような……」

「まわりのネコミミさんたちの数も、かな~り増えてるっぽいですね……」


 彼女らの言うとおりだ。

 パレード隊の中心には、ひときわ巨大な神獣――白いキマイラが配置されている。

 右の首は白ライオン。左の首は白い大ヤギ。

 尻尾は極太の白ヘビで、そして翼は天使のような純白だ。


 白キマイラの背中には大きなカゴが結びつけられている。

 六芒の女神ペルヒタは、そのカゴの中から沿道の民に手を振っているのだ。

 白キマイラを護衛するように囲んで歩いているのもまた、魔獣と神獣である。

 金と銀のペガサス。

 中型の龍族。

 三つ首のオオカミ。

 腕が八本あるサル。

 もちろん獣はそれだけではない。

 パレードと言うだけあって、大小さまざまな魔獣と神獣が、白キマイラの前後に長い列を作っているのだ。

 その種類と数に、さすがの俺でも冷や汗が浮かんできた。


「だが、行かねば……!」


 俺は呼吸を整えつつ、なおも大通りに視線を送る。

 ゆっくりと進んでゆくパレード隊。その隊列のそこかしこで、少女たちがのグループがダンスを踊っているのだ。

 愛らしいネコミミとネコしっぽを付け、悩ましげに身体をくねらせるダンスを……。


「うむ……皆、良き尻である」


 俺は顎先に手を当ててうなった。

 少女たちが一列になり、沿道に向かって尻を振っているのだ。甘えたネコを思わせる、世にも蠱惑的な振り付けである。


「クッ……。さすがに、裏通りに売っていたようなネコしっぽを装着している少女はいないようだな」


 俺はそっと懐に手を置いた。

 尻に挿着するタイプのネコしっぽと、ビキニパンツとセットになったタイプのネコしっぽは、あれからずっと懐に忍ばせているのだ。


 よし。揺れる尻を堪能したおかげか、気持ちが落ち着いてきた。

 俺はスピカ、アルテミス、そしてリリスの肩に手を置いていく。


「いよいよ決行の時だ。俺が合図を出したら、全員で一斉に魔力を解放。個々の武装を召喚し、ペルヒタが乗っている白キマイラを襲撃する。……よいな?」


 スピカたちの強いうなずきが返ってきた。


「ペルヒタを捕まえたら、すぐに転移魔法を発動して……」

「あの邪悪で甘美な魔空間で、ジュノ様が魔導調律をかけてしまうんですよね!」

「つるぺたっ子のペルヒタがどんな風に悶えるのか……今から楽しみですっ♪」


 まあ、そんな具合の作戦だ。

 これは完全なる不意打ちである。

 ダミー人形と魔力反応の遮断によって、俺たち四人は今もマカイノ村にいることになっているのだ。

 その四人から奇襲されることになれば……ククク、安心しきっているペルヒタは一体どんな顔をするだろう。


「お前たち……準備はいいか?」


 俺は瞳を左右に動かし、魔界の尊き家族たちに視線を送る。


「いつでもいいわ!」

「わたくしの心は、ジュノ様とともに……!」

「この国は、魔王様の物ですもんっ♪」


 スピカ。アルテミス。リリス。

 三人とも表情を引きしめ、臨戦態勢である。

 騒がしいファンファーレと太鼓の乱打、人間族の熱狂が入り交じる中。



 ――白いキマイラが、俺たちの目前にやってきた。



「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……ッッ!!」


 魔力――開放。

 俺は腹の底から吼え哮り、体内の魔力を一気に解放した。

 メリッ、メリッと頭蓋が軋み、魔王の証――額に二本の角が生える。


「はあああああぁぁぁぁぁぁ……!!」

「ふうぅぅぅっ……んんんっ……!!」

「それそれそれそれええぇぇぇぇ!!」


 スピカ、アルテミス、リリスも、俺に続いて魔力を解放。

 四つの邪悪なる力の奔流が大気を激しく震わせて、大通り全体に美しき邪気が弾け拡がっていく。

 ――地割れが起きた。

 ――建物が軋み、人々の悲鳴が連鎖する。


「皆の者、突撃だ!!」


 俺は全力で地面を蹴った。スピカたちも、ほぼ同時に!

 続けて召喚魔法を詠唱。

 麻の服が魔空間に吸い込まれ、すぐさま『魔王の衣』と入れ替わる。

 紫色を基調とした、禍々しくも豪華な衣装。

 商人服や水着、そして麻の服と、このところ魔王の衣を着ていなかったせいか、ひどく懐かしい心地である。


「やはりこの服がしっくりくる! 覚悟しろペルヒタァ!!」


 白キマイラに肉薄し――大きく跳躍!

 カゴの中からこちらを見上げるペルヒタと、視線が交錯した。

 スピカたちも召喚魔法によって武装を済ませている。


 三人の役目はシンプルだ。

 白キマイラに武器を向けると同時に、周囲の魔獣と神獣どもに睨みを利かせ、俺がペルヒタを魔空間に転移させるまでの時間を稼ぐのである。

 俺はカゴの中に着地を決めた。

 祭りの主役、ペルヒタと至近距離で対峙する。


「三〇〇年ぶりだな、ペルヒタ。ほほう……以前と変わらぬ愛らしい外見ではないか」


 軽口を叩きつつ、俺は嗤った。

 ――六芒の女神の一角、ペルヒタ。

 先代の女神王ヴィーナスとともに、俺を神聖空間に封印した憎き女神である。


 内面はともかく、その外見はあまりにも愛らしい。

 背丈はリリスよりも小柄だ。

 そしてリリスよりも身体の凹凸が少ない。さすが自称九歳の古株女神である。

 紫色のロングヘアは地面に触れるほどの長さを誇り、えも言われぬ甘ったるい香りが漂ってくる。

 瞳は大きく、気怠げに濁っている。

 しかし、色白な肌や可憐な唇も相まって、俺の視線をも釘付けにするほどの美貌にまとまっているのだ。


 そんなペルヒタは。

 俺たちの完璧な不意打ちを食らい、慌てふためいているはずのペルヒタは。



「ずいぶん遅かったね……魔王ジュノ」



 ニタアァァ――、と。

 こちらを嘲るかのように、嗜虐的な笑みを浮かべたのだった。


「なっ……!?」


 俺が息を呑むのと同時、ヴンッ――と低い音が背後で響く。

 誰かの魔法陣が発動したのだ。

 しかし、それに気づいたときには……。



「この瞬間を待っていました!!」



 背後で別の女の声が響き、俺の足もとに青く透き通った魔法陣が展開していた。


「転移魔法……!?」


 俺が瞳を見開いた、次の瞬間。

 全身が青い魔法陣に飲み込まれ、景色がまばゆい純白に染まってしまった。

 猛烈な力で全身を圧迫されたまま、彼方へ飛ばされていくこの感覚――。


「くっ……! なんと不快な……!」


 三〇〇年前、神聖空間に封印されたときのことを思い出した。

 だが、これは転移魔法だ。

 俺をどこへ飛ばすつもりだ?

 残されたスピカたちはどうなる?

 疑問と不安、そしてペルヒタへの復讐心がメラメラと燃え盛る。


「そもそも、背後から聞こえたあの声は……?」


 ――この瞬間を待っていました!!

 鋭く、硬く、どこか嫌味な……それでいて、なぜか股間が反応してしまう色っぽさを兼ね備えた女性の声。

 六芒の女神どもの顔を思い出してゆき、俺は奥歯を強く噛みしめた。



「ペルヒタと共闘していたのか……グルヴェイグよ!!」

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