第10話 新生魔王のペルヒタ攻略大作戦


 夜のビーチで行う宴会は、なかなか趣深いものだ。


 テーブルを囲むのは、俺、スピカ、リリス、アルテミス。

 テーブルにはペルヒタ教国のさまざまな郷土料理が並び、まさしく食の楽園といったところだ。

 さすが、ヴィラ・トロイメントが誇るビーチ・パーティーコースである。


「わっ! このお酒、口の中がシュワシュワするわ! リリスも飲んでみて!」

「こりゃどうも♪ んぐぐっ……ぷはーっ! ホントにシュワシュワですねっ!」


 俺とアルテミスが追加で買ってきた飲み物も、どうやらウケているようだ。スピカとリリスは上機嫌である。


 どこまでも広がる濃紺の夜空。

 あまたの星々が銀色の光を放ち、ときおり流れ星が美しき尾を引いて、空の彼方へと駆け抜けてゆく。『星の海』とはよく言ったものだ。


「フッ、良き自然なり……」


 そっとつぶやき、俺は肉の香草焼きを囓った。

 そしてトロピカルジュースのグラスを手に取る。


「うぅ~ひっく。ジュノ様あぁぁ~飲んでますかぁ~?」


 そんな俺に絡んでくるのはアルテミスだ。

 こやつめ。

 大通りの酒屋でワインを試飲しすぎて、ヴィラに戻ったときにはもう酔っ払っていたのである。

 その上さっきからワインをガバガバ飲んでいる。赤、白、ロゼ。手当たり次第に。


「はむはむ……んん~っ! やっぱりワインにはチーズですよねぇ、ジュノ様ぁ?」


 ケラケラ笑いながら、アルテミスが抱きついてくる。

 俺も彼女も水着姿だ。

 素肌にナマ乳が擦りつけられる感触は素晴らしいのだが、今は我慢しなくては。


「さ、さて諸君。俺はアルテミスと買い出しに行っている最中、ペルヒタを攻略する作戦を思いついたわけだが……」


 俺は話を切り出した。

 この宴会は、ペルヒタ攻略のための作戦会議も兼ねている。

 ……の、だが。


「うぅ~ん……。リリスぅ……私、ちょっと酔っちゃったみたい……」

「あらまぁスピカさんったら♪ いいですよぉ~、だったらリリスが抱っこしちゃいますからねぇ~」

「んん~っ、リリスぅ~」


 二人も酒が回ってきたらしく、さっきからイチャイチャが止まらない。


「……はて。リリスよ。ずいぶんスピカと仲良くなったのだな?」


 俺が訊ねると、リリスは満面の笑みで応えた。


「えっへへ~♪ ちょいと心境の変化と言いますか、やっぱり本気でおしゃべりすると、お互いのことがわかるって言いますか~? ね~っ、スピカさぁん?」

「ね~っ、リリスぅ」


 近い距離で見つめ合い、『ね~っ』と気持ちを共有する二人。

 まあいい。

 詳しいことはわからぬが、『仲良きことは美しきかな』である。


 さあ、そろそろ続きを始めようか。


「作戦の決行は明後日だ。狙うは仮装パレードの二日目である!」

「あさって……?」

「ふちゅかめを狙うんですねぇ~♪」

「……ひっく。なにか秘策があるんですかぁ?」


 スピカ、リリス、アルテミスも、俺が本気であることに気づいたようだ。

 頬を火照らせつつも、三人は姿勢を正してこちらに注目している。



「パレードの最中にペルヒタを奇襲するのだ。そして奴を転移魔法で掠い、魔空間にて快楽堕ちさせる作戦である!!」



 皆の期待に応えようと、俺は力強く言ってのけた!

 が…………反応はイマイチだ。特にスピカが。


「えぇぇ? ちょっとそれは強引すぎるような……」


 よかろう。その反論は想定内だ。

 なにせ俺は、勝利を確信しているのである。


「ではスピカ。なぜペルヒタは数十年ぶりに、パレードに三日間とも降臨することにしたのだったか……覚えているか?」


 これは裏通りでの休憩中、彼女自身が言っていたことだ。


「ええと……。ペルヒタが、民の不満に気づいてるから……って推理したわよね?」


 俺は首を縦に振る。


「うむ。奴は、この国の存続に限界を感じているのだろう。行き過ぎた魔獣・神獣の優遇策から民の意識を逸らすため、三日間ともパレードに降臨することで信仰心を回復させようとしている――。そう考えるのが妥当だと、俺も思っている」


 つまりペルヒタにとって、今回の祭りの成功は絶対条件なのだ。

 ここで民の信仰心を回復できなければ、溜まりに溜まった不満の矛先がペルヒタ自身に向くことも充分に考えられる。その事態を、奴は恐れているに違いない。

 俺がそこまで説明すると、


「わたくし……ひっく。ペルヒタが魔獣と神獣への扱いを変えるとは思えません。民の不満を緩和しつつ……ひっく、今までどおりの優遇策を続ける道を選ぶはずですよ」


 赤ら顔のアルテミスが、俺の意見を補強してくれた。やはりこのままペルヒタを野放しにしておくわけにはいかない。

 ここでリリスがパチンと手を叩く。


「あ~なるへそ! つまりペルヒタは今、お祭りを成功させることしか頭にないわけですねっ♪ だからお祭りの最中――意識が民に集中してる状態のペルヒタを狙って、奇襲を仕掛けるってコトですか!」


 スピカはしばらく首をひねっていたが、


「あ、そっか! わざわざ二日目を狙うのって、一日目のお祭りを成功させて、ペルヒタを油断させるためだったのね!」


 彼女なりの疑問に答えを見つけたらしく、スッキリした表情になった。

 俺はスピカに微笑みかけ、


「ダミー人形によって、ペルヒタの警戒心はかなり下がっているはずだ。なにせ俺たちの魔力反応は、今もマカイノ村から発せられているのだからな!」


 マカイノ村のメイドたちには、俺たちの生活サイクルに合わせて人形を移動させるように命じている。

 ゆえに、魔力反応のみを探知しているペルヒタは、ダミー人形の存在に気づくことができないのだ。

 ――死角は、ない。


 アルテミスがブルーチーズを一かじり。


「もぐもぐ……。ダミー人形に、二日目の奇襲。敵を欺くお見事な作戦ですっ! ね、ね、乾杯しましょう? ね、ね?」


 赤ワインのグラスを掲げ、俺たちに呼びかけてくる。


「フッ、いいだろう。ペルヒタ教国の陥落は、もう目前だ」

「あさっての戦い、必ず勝ちましょう!」

「リリアへイム魔界化計画、バンザイですっ♪」


 俺、スピカ、リリスもグラスを掲げ――。


『魔界の勝利に――!!』


 高らかな宣言とともに、四人でグラスを合わせたのだった。




 ささやかで、けれども充実した宴会兼作戦会議を終えて――。

 時刻は深夜。


「まったく……。アルテミス、大丈夫か?」

「はぁ~いっ。ジュノ様ぁ~しゅきしゅきぃ~……」


 俺はアルテミスをおぶって、ヴィラの中へと戻ってきた。

 たぷんっ、たぷんっと背中に当たる幸せな感触――。

 それはたいへん心地いいのだが、今夜はプレイ……いや、儀式に興じるのは難しそうだ。


 勝利を誓って乾杯した後、アルテミスは再びワイングラスを傾け始めた。

 それはもう、何度も何度もグビグビと……。


 ついには酔いつぶれてしまい、俺が介抱することになってしまったのである。

 スピカとリリスは宴会場の片付けを行っている。

 俺は先に離脱して、アルテミスを寝かせに来たというわけだ。


「スピカたちも大概酔っていたが、大丈夫だろうか……」


 心配しつつ、ベッドルームへ入る。

 高級ヴィラだけあって、室内の造りは豪華である。

 床は白系の大理石。木製の柱や棚はダークブラウンに統一され、シックで落ち着いた雰囲気だ。

 窓から射し込む星明かりが、四人で寝られる巨大なベッドを妖艶に照らし出す。

 そこにはレースの天蓋がかかり、幻想的な趣すら感じられた。

 ちなみに、奥の部屋はバスルームだ。

 壁一面の大きな窓からは、先ほどの美しいプライベートビーチが望めるのである。もちろんバスタブは四人同時に入れるサイズだ。


「……薄暗いな」


 泥酔したアルテミスをベッドに転がし、俺はランプを探した。

 俺とスピカ、そしてリリスには、まだ寝支度が残っている。

 諸々の準備をするには、もう少し明かりが欲しかった。


「ふふっ、ホントに素敵なヴィラよね!」

「ですね~! リリス、おっきなベッドで寝るのを楽しみにしてたんですよ~♪」


 スピカたちが戻ってきた。宴会場の片付けが終わったらしい。

 俺は二人を振り返り、


「今、灯りを点ける。このままでは寝支度がしづらいだろう?」


 ランプに火を入れた。室内が淡い光に照らされる。


「!?!?!?!?」


 ――直後、俺は脳天を殴られたような衝撃を感じた。

 全力で目を見開き、スピカとリリスを一心に凝視する。


「スピカ、リリス……。お前たち――肌が!!」


 そう。

 スピカもリリスも、ベッドで寝ているアルテミスも。



 ――そのなめらかな柔肌が、こんがり焼けていたのである!!



「お、おぉぉ……! なんと健康的な小麦色なのだ!」


 俺は歓喜の咆哮を放った。

 星明かりだけを頼りに宴会をしていたせいで、彼女たちの肌の変化に気づかなかったのだ。

 どうやらアルテミスは肌が焼けにくい体質らしい。

 陽が沈むまで一緒にいたが、少なくともビーチでの宴会が始まるまでは元の美白を保っていた。


「そ、そうね。けっこう焼けてしまったかも……あっ!」

「陽射しを浴びながらお昼寝してましたもんね……あっ!」


 スピカとリリスの視線が、ある一点に集中する。

 それは俺のブーメランパンツ。

 その中央部分が、猛烈に隆起していたのである――。

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