第7話 新生魔王と歪んだ楽園


 南海の楽園――ペルヒタ教国。


 表向きは陽気で明るいリゾート国家だが、どうやら根深い闇を抱えているらしい。

 リリスと別れた後、俺はスピカとアルテミスを連れて、王都ペルフィーの裏通りで情報収集を始めたのだ。


 この国を統べる、六芒の女神ペルヒタ。

 奴が民からどう思われているのか――。

 それを探ることで、奴を快楽堕ちさせるヒントを探ろうとしたのである。

 そうして裏通りの老若男女に話を聞いてみたところ、ペルヒタへの不満が出るわ出るわ……。


『そりゃあ、オレも観光で儲けさせてもらってるぜ? だけどオレらが王宮に納めた税金、自分の魔獣と神獣に注ぎ込みすぎなんだよ……ペルヒタ様は』

『……昔、ペルヒタ様の魔獣に家を壊されたんです。でも聖典の掟で、ペルヒタ様の魔獣と神獣は何をやっても咎められないことになってて……』

『ペルヒタ様はのぅ……魔獣と神獣ばかり気にかけて、あたしら人間のことなんか二の次、三の次じゃからのぅ……』

『くらくなるとね、まじゅーとしんじゅーがね、まちにくるの。こわいよぅ……』


 ――これでわかった。

 麗しくも憎たらしい六芒の女神ペルヒタは、自分が飼っている魔獣と神獣を極端に優遇する国づくりをしているらしい。


 グルヴェイグは、民を自身の奴隷にしている。

 そしてペルヒタは、ペットのケダモノにうつつを抜かしている。

 なんて生きづらい国なのだ。

 やはり、俺が支配した方がマシである。

 かつて俺を神聖空間に封印したときの恨みも含め、じっくり、たっぷり、ねっとりと罰を与えてやらなければ……。


 しばし聞き込みを続けた俺たちは、裏通りの一角で立ち止まった。

 休息しつつ、これまで手に入れた情報を整理するのだ。


「ふむ……。観光業で財布が潤っているものだから、民は辛うじて暴動を起こしていない……といった状況だな」


 俺の言葉に、スピカが神妙にうなずく。


「宗教を頂点にしてる国なのに、こんなに女神の不満が表に出てくるなんて異常事態だと思うわ。通りがかりの私たちに、みんなペラペラ愚痴をこぼしてしまうんだもの」


 自国の女神の不満を口にするなど、本来ならばありえない。

 たとえ不満を抱いていても周囲に話すことは躊躇うのが普通である。

 スピカの言うとおり、これは異常事態だ。


「六芒の女神のあいだでも、個々の国家運営については相互不干渉というのが暗黙の掟でしたからね……。ペルヒタ……まさか、ここまで歪んだことをやっていたなんて」


“元”六芒の女神・アルテミスも困り顔である。

 彼女自身、こうして魔族になるまでは、女神王ヴィーナスのために人間族の良心や思いやりを搾取する日々を送っていた。

 それだけに、思うところがあるのだろう。

 アルテミスは顔を上げ、


「ジュノ様。ペルヒタ教国は今、ゆるやかな破滅の道を歩んでいます。国が崩壊すれば、大勢の罪のない人間族の生活が犠牲になってしまうでしょう……」


 大きなタレ目に力を込めて、俺をまっすぐ見つめてきた。


「……急ぎましょう。ペルヒタを魔族に堕とし、この国を邪悪で甘美な魔界の一部にすることで、民を救うのです!」


 アルテミスの力強い決意。

 その確固たる想いを、俺は心で受け止める。


「うむ。この陽気な国が荒廃し、怒号と血しぶきに染まるなど……堪えられぬ!」

「となると、やっぱり『聖ペルヒタ祭』を利用するのがよさそうね」


 スピカの言葉に、俺は同意を示した。


 ――聖ペルヒタ祭。

 たくさんの人間族に聞き込みをするうちに、その概要がわかってきた。

 端的に言うなら、この国を統べる六芒の女神・ペルヒタを讃える祭りである。

 街がやたらと騒がしかったのは、この祭りのせいだという。


 明日からの三日間、ペルヒタが下界に降臨し、たくさんの魔獣や神獣を引き連れて仮装パレードをするらしい。

 その情報を聞き出す中で、興味深い点があった。


「ペルヒタが三日間とも下界に降臨して仮装パレードに参加するのは、数十年ぶりのことらしいな」

「そうですね。例年だと、最終日に降臨するだけなのだとか……」


 アルテミスが腕組みをして考え込む。

 豊満すぎるバストが、彼女の腕によって『たっぷん』と持ち上げられ、俺の股間の魔獣を興奮させてくるのだが……今は情報整理の方が大事である。


「ペルヒタ自身も、民の不満に気づいているのかもしれないな」

「そっか。だから三日間とも降臨して、みんなの信仰心を回復させようとしてるのね。きっとそうだわ!」


 おそらくスピカの言うとおりだろう。

 聞き込みをしたところ、ペルヒタを本心から崇拝する者が多数派であることは間違いない。腐っても国教なのである。


 問題は、不満を募らせている国民だ。

 ペルヒタは仮装パレードによって、そうした者を取り込もうとしているのだろう。

 ……外見だけは愛らしいペルヒタだ。三〇〇年前と見た目が変わっていなければ、騙される民が出てくることは充分に考えられる。


「白と黒の豪華なドレスに、まったく凹凸のない未発達な肉体……か」


 俺の記憶では、リリスよりも身体の起伏に乏しいはずだ。

 はてさて。

 そんなペルヒタの慎ましい乳房は、どれほど敏感に反応するのだろう――。


「ククッ、ククク……!」


 俺は顔の半分を手で覆い、高まる性欲を感じながら嗤う。


「まぁ! ジュノ様が邪悪な笑みを! きっといい作戦を思いついたのですね」

「……えっちなことを考えてるだけだと思うわ」


 完全にスピカの言うとおりだ。

 知力【二〇】ながら、今日のスピカは冴えているぞ。


「はぁ~……。まったく」


 彼女は呆れたように頭を振って、


「ジュノのえっちな妄想といい、ペルヒタの仮装パレードといい、魔族と神族って変なことばっかり思いつくんだから」


 スピカよ、お前も魔族ではないか。……と、そんな指摘は捨て置くとして。


「お前も仮装パレードに参加すればよいではないか」

「い・や!」


 思いっきり拒絶されてしまった。

 アルテミスが苦笑する。


「まあ、スピカ様のお気持ちもわかりますよ。仮装パレードといっても、ペルヒタの発想の歪み方が……ねぇ?」


 同意を求められ、俺は苦い気持ちでうなずいた。

 聖ペルヒタ祭の仮装パレードでは、ペルヒタの信者たちがネコミミやネコしっぽを付けるのである。

 その理由とは、ズバリ『自分たちが魔獣や神獣になりきることで、ペルヒタの加護を得ようとしているから』である。


「まったく。ケダモノ以下の扱いであることを、信者自身が受け入れてしまうとは……。世も末とはこのことだ」


 俺がフンッと鼻を鳴らしたときだ。

 路地の向こうから、数人の若い男女が歩いてきた。


「二人とも、少し歩こうか」


 スピカとアルテミスに呼びかけ、俺たちは場所移動を開始する。

 この会話を他人に聞かれるのは避けたかった。

 薄暗い裏通りの角を曲がり、直進し、また角を曲がる。

 その直後、古びた商店に目が留まった。


「ほほぅ、これほど奥まった裏通りにも店があるのか」


 商店……というよりは、民家に手を加えたような、こぢんまりとした佇まいだ。

 立て看板には『聖ペルヒタ祭のネコミミ、ネコしっぽあります』の文字。

 これも聞き込みでわかったことだが、聖ペルヒタ祭は国を挙げての一大イベントらしく、この時期には仮装用のネコミミとネコしっぽが飛ぶように売れるらしい。


 ゆえに、どこの露店や商店も、様々なデザインのネコミミとネコしっぽの取り扱いを始めるのだという。


「スピカよ。この店……やや怪しげな雰囲気だが、少し覗いてみないか?」

「ええ、いいわよ。店主に話を聞けば、何かわかるかもしれないしね」


 俺とスピカが商店に入ろうとしたときだ。


「あ、あのぅ……お二人とも?」


 アルテミスが待ったをかけた。


「そ、そのお店は……ちょっとやめておいた方がよろしいかと。特にスピカ様は」

「えぇっ!? ど、どうしてよ?」

「ほぅ。なにか知っているのか?」


 貴重な情報になるかもしれん。俺はアルテミスに続きを促した。

 が、しかし。


「あー、うぅ、えーっと……そのお店のことは、特になにも知りませんよ? ですけど、そのぅ……スピカ様にはまだ早いタイプのお店と申しますか……」


 なんとも煮え切らない言葉が返ってきた。

 こういうことを言われるとムキになるのがスピカである。


「もぅ、私を子供扱いしてるのね!? 大丈夫よ、ちょっとお店に入るだけだもの。アルテミスは心配しなくても平気だわ!」

「そ、そこまで仰るなら。……後悔しても知りませんよ?」


 アルテミスの意味深なつぶやきはさておき、俺とスピカは怪しげな商店へと足を踏み入れた。


「店主、邪魔するぞ」

「ここは何のお店なのかしら?」

「Zzzzz……」


 店主とおぼしき若い女性は、カウンターに突っ伏して眠りこけている。

 まあいい、勝手に物色させてもらおう。


「あららら……本当に入っちゃいましたねぇ……」


 アルテミスはモジモジしながら、俺たちに続いて入店した。

 やがて、俺は思い知ることになる。

 やはりスピカにこの店は早かったのだ――、と。


「むっ、これは……!?」


 壁に掛かった商品の数々に、俺は目を見開いた。

 そこには、多種多様なデザインのネコしっぽがズラリと並んでいたのだ。

 注目すべきはその付け根。


 

 ――これらのネコしっぽ……一体どこに、どうやって付けるのだ……?



 ネコしっぽの付け根には、真珠のような丸い玉が連なっているのである。

 しっぽ自体のデザインと同じく、真珠玉のサイズや数もさまざまだ。


「むぅ……」


 俺は想像力を巡らせた。

 しっぽの付け根には真珠玉。

 ズボンやスカートに引っかけることはできない。

 ならば、どうやって固定する――?

 ――――答えは唐突に訪れた。


「そうか! 尻に……!!」

「あっ。このネコしっぽ可愛いわね」


 俺が答えに至るのと同時、スピカがとある商品を取った。

 黒ネコをモチーフにした細長いネコしっぽである。たしかに可愛い。

 だが、付け根に連なっている五つの真珠玉は、かなり大きめのタイプで……。


「ス、スピカよ。そのネコしっぽ……すぐに戻すのだ」


 清楚で凜々しい俺のスピカに、そんな道具を持たせるわけにはいかない!

 しかし、その真意が伝わることはなく――、


「あら、どうして? ほらほら、こんなに可愛いのに」


 スピカが五連真珠玉の部分を握り、ネコしっぽをニョロニョロ動かす。

 まるでおもちゃを手にした子供のように無邪気な表情だ。

 そして、ついに。


「……? このネコしっぽ、どうやって付けるのかしら? 付け根にはおっきい玉しか付いてないし……ねぇジュノ、知ってる?」


 スピカは不思議そうに小首をかしげつつ、真珠玉を指先で弄び始めた。

 その背徳的な光景に、俺の股間の肉しっぽが硬くなりかけたが――。


「あ、あのー、スピカ様?」


 アルテミスが助け船を出してくれた!


「わたくしがご説明しますから、絶対に悲鳴を上げないでくださいね?」

「ふふっ、どうして私が悲鳴を上げるの? こんなに可愛いネコしっぽなのに」

「では、お耳を拝借……」


 そう言って、うっすら赤面したアルテミスがスピカに耳打ちを開始する。


「やや上級者向けの……。使う前……準備……。付け根……濡らして、滑りを……」

「な、な、な、な!?」


 案の定、スピカの顔は一瞬にして真っ赤に染まってしまった。

 たいそう衝撃を受けたらしく、彼女は口をパクパクさせながらネコしっぽを両手でむぎゅっと握りしめた。



「おしりに!?!?!?」



 ……約束どおり悲鳴こそ上げなかったが、その大声によって、寝ていた店主を起こしてしまった。

 店主はカウンターから転げ落ち、「はにゃ!? 魔獣!? 神獣!?」と、しばし混乱状態に陥っていた。


 そのお詫びとして、俺はスピカが持っていたネコしっぽを購入した。

 もちろんネコミミもセットである。

 そして念のため、ビキニパンツにネコしっぽが付いたノーマルタイプも併せて購入しておく。

 今のところ、スピカたちに使う予定はない。予定はない、が……。


「備えあれば憂い無し。魔界を統べる王として、上級者向けのネコしっぽを使いこなせる技術を身につけなければ……」


 俺は静かなる向上心を胸に、購入した品々を懐に仕舞う。

 目指す場所は商工組合。

 それなりに情報が集まったので、リリスと合流するのである。

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