第6話 新生魔王と胸のざわつき


 試着室に飛び散った男女の性※を、スピカと協力して掃除し終えたときだ。


『おおぉぉぉ……!!』


 棚の向こうで、男どもの野太い歓声が巻き起こった。


「む、何かあったのか?」

「お店の入口の方……って、アルテミスとリリスが何かやらかしたに違いないわ!」


 俺とスピカは水着のまま、声のする方へと走った。

 背の高い水着棚をいくつか迂回した先には、


『うおぉぉぉぉ!!』


 大勢の男どもによって、むさ苦しい人だかりができていた。

 まわりの水着棚を押し倒さんばかりの盛況ぶりである。


「あらあら、困りましたね。これではジュノ様のところへ行けませんよ?」

「う~ん、どうしたもんでしょうね。まさかこんなに注目されちゃうとは」


 人だかりの向こうから、耳慣れた声がする。

 やはりアルテミスたちだ。

 男どもが肉の壁を作っているせいで、ここからでは彼女の銀髪がチラチラ見えるのみである。


「仕方ない、行くぞスピカ」


 そう言って彼女の手を握り、俺たちは少しずつ人垣をかき分けていった。

 まわりにグイグイ押されながらも果敢に前進し、ようやく輪の中心に到着する。


「リリスとアルテミスめ、一体なにをやらかし……んんっ!?」

「ジュノ、どうしたの……ぉおっ!?」


 そこに佇む二人の姿に、俺とスピカは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 リリスとアルテミスの水着姿が、あまりにも刺激的だったのだ!


「あぁん、ジュノ様! さぁさぁ、存分にご覧ください。わたくしの水着姿を!」

「リリスのやつも見てくださいっ! なかなかイケてるチョイスじゃないですか!?」


 周囲の男どもには目もくれず、アルテミスたちが俺に手を振った。


 ざわっ――。


 男どもの気配が不穏にざわめき、俺とスピカに視線が集中する。

 瞬間、無数の瞳がことごとく見開かれた。


「うわっ、美少女が増えた!」

「金髪で、可愛くて、でけぇ……!」

「チッ、これじゃあハーレムじゃねぇか……」

「所詮、顔と身長と筋肉か……クソッ、羨ましい!」


 男どもが生々しい感情を露わにする。

 …………なんだ? 胸の奥が、少しばかりモヤモヤする。

 そんな中、男どもの注目や歓声を完全にスルーしながら、リリスとアルテミスがこちらに駆け寄ってきた。


「ふふふっ。ジュノ様、いかがです? お腹のお肉を隠しつつも、とびきりセクシーな水着でしょう?」


 俺の目前で、アルテミスが全身の性的肉感を見せつけるかのように、くるりと身を翻す。

 その動きに合わせて、各所の肉が揺れる揺れる。

 どたぷんっ、ばぃんっ、と重量感たっぷりに跳ね回る、大迫力の胸の膨らみ。

 むちむち化が止まらない大きな尻も、抜群の存在感をアピールしてくる。


 アルテミスの水着は、言わば変形ワンピースタイプだ。

 ワンピース水着の布面積を大きく削り取り、乳※と腹部、そして甘美なる花園をかろうじて隠しているのである。これはデザインの革命だ!

 気になる腹部を申し訳程度にガードしつつ、それでいて腰まわりの官能的な余肉には、水着が『むっっっちいぃぃ!』と食い込んでいる――。

 いっそ裸よりもいやらしい、魔に堕ちた女神にふさわしい格好だ。


「うむ! これこそ性と堕落の極みである……!」

「微妙にお腹が隠せてないけど、少しお肉が余ってる方が……い、いやらしさが倍増するのね……!」


 俺はアルテミスの水着姿に釘付けだ。

 スピカの言うとおり、ややだらしない腹肉に食い込む水着が、アルテミスの淫猥な美貌を引き立てている!


「贅沢すぎる乳肉と腹肉が織りなす、猥褻交響曲――。じつに重層的かつ壮大ないやらしさだ、アルテミスよ!」


 式典のごとく背筋を伸ばし、俺は彼女に万感の拍手を送った。


「うぅぅ、こんなえっちすぎる水着、私にはとても……」


 スピカは恥ずかしそうに口もとを覆いながらも、どこか悔しそうに眉を歪めている。


「うおぉー! 銀髪のおねーさーん!」

「あんなボディ見たことねぇや!」


 あまりにも卑猥な水着に、まわりの男どもは歓声を上げっぱなしだ。


「…………」


 俺は思わず胸を押さえた。

 ……まただ。胸の奥がざわつく気がする。

 先ほどから、モヤモヤした何かが心の中で膨らんでいるのだ。


「ちょっとちょっと! リリスを忘れてもらっちゃ~困りますよ!」


 すると小さな堕天使が、その場でぴょこぴょこ飛び跳ねて存在感を主張し始めた。

 ほのかに肋骨が浮いた未成熟な肉体に、たゆんたゆんと揺れる場所は存在しない。

 が――しかし!


「な、なんという格好だ。これは、水着……なのか!?」

「わ、わ! リリス、あんまり動いちゃダメよ! ちょっとでも布がズレたら……!」


 俺とスピカが慌てるのも無理はない。

 なにせリリスの水着は、


「魔王様~、うっふ~ん♪ リリスのぺたんこボディだって、こういう水着ならエッチ度爆アゲになっちゃいますよ~!」


 ――ほぼ、ヒモなのだから。


 水着を着用しているのか、それともヒモを結びつけているだけなのか。もはや区別がつかない。

 平らな胸を隠す布は、ちょうどリリスの乳輪と同じ幅。

 少しでも水着がズレれば、薄桃色の小さな※※※※が露わになってしまう。


 そして問題の下半身。

 我が秘書ながら、これは憲兵案件だ。


 なぜならば。

 リリスの下半身を隠している物もまた、ただのヒモなのだから!


 堕天使少女の無垢なる※スジに、たった一本のヒモが食い込み、絶対に見えてはいけない※※※※を頼りなくガードしている――。

 その暴力的なまでの卑猥な愛らしさに、俺は胸と股間を熱くした。


「リリスも見事だ。俺の想像を軽く上回る、そのいやらしき発想の数々――。今後も卑猥の追求に励むがいい!」

「はぁ~い♪ 魔王様にハメハメ……じゃなくて、ホメホメされちゃいましたっ♪」


 リリスがキャッキャとはしゃぐ間にも、周囲の注目は高まっていく。


「お、おいあれ、いいのか!?」

「可愛すぎて頭痛がしてきた……」

「うおぉ、なんだよあの水着。あんなに小さくて可愛い子が!?」


 むさ苦しい歓声は止まることを知らない。

 男どもの無数の視線を浴びているのはスピカも同じだ。

 リリスとアルテミスは周囲の男など眼中にないらしく、彼らを完全に無視している。

 しかし、羞恥心の強いスピカはそうもいかないようだ。


「――――ッッ」


 無遠慮な視線に晒され、水着の胸もとを両手で隠すスピカ。警戒しているようだ。


「……これを用いよ」


 多くは語らず、俺は先ほど脱ぎ捨てた商人風のマントをスピカの肩に掛けた。


「あ、ありがと……」


 くたびれたマントをキュッと引っ張り、スピカが柔肌を覆い隠す。

 その仕草を目の当たりにして、俺は顎先に手を添えた。

 胸の中心に渦巻いてる、謎めいたモヤモヤ感。

 ……不安? 苛立ち? 何かが心に引っかかり、ざわついている。

 ――とにかく、ここにいるのは嫌だった。


「スピカ、リリス、アルテミス。水着を購入し、すぐに隣の服屋へ入るのだ!」


 そうして無事に水着を購入。

 俺たちは水着店の隣にある服屋で、麻でできた涼しげな衣装を調達した。これを水着の上から着るのである。

 俺は半袖シャツに膝丈ズボン。

 スピカ、リリス、アルテミスはワンピースと麦わら帽子だ。

 スピカとリリスは膝丈を、アルテミスは足首まで裾があるモデルを選んだ。


 ……よし。ようやく心のモヤモヤが落ち着いてきた。

 俺は服屋の店先で、安堵の息をつく。


「リリスよ。ここに滞在する間の宿は決まっているか?」

「ええ、いくつか目星はつけてますよっ!」


 俺はうなずき、


「ならば、ぜひともプライベートビーチがついている宿にしよう!」


 胸のざわつきを払拭するために、そんな提案を打ち出した。


「わぁ、プライベートビーチなんて素敵ね!」

「あぁん! わたくしもそういうお宿がいいです!」


 大いに盛り上がるスピカとアルテミスだが、リリスは少し困った顔だ。

 腕を組み、「う~ん」とうなって考え込んでいる。


「ですけど魔王様。プライベートビーチ付きの宿屋って、料金がかな~りお高いんですよねぇ……」


 彼女の不安も理解できる。

 いくら神聖アルテミス王国を手中に収めたからといって、余計な出費は避けるべきだ。


 だがしかし、この投資は無駄ではない。断じて!


「よし、ならばリリスよ。予算が足りない分は、しばらく俺の食事を減らすがよい。三度の飯を二度にしてでも、俺はプライベートビーチ付きの宿に泊まりたいのだ!」


 力強く言い放つと、リリスが小さく首をかしげた。


「ありゃりゃ……。魔王様、何かあったんですか?」

「そう言えばそうね。ジュノがごはんを犠牲にしようとするなんて、ただごとじゃないわ。どうしたっていうの?」

「話してくださいジュノ様。わたくし、いかなる理由でも受け止めますからぁ!」


 スピカとアルテミスも会話に加わり、皆の視線が『続きを話せ』と促してくる。


「…………嫌なのだ」


 俺は、ささやくように話を切り出した。

 しかし、すぐに音量は増してゆき――、



「スピカ。リリス。アルテミス。お前たちの麗しき水着姿を、他の男どもに見せるのが……俺はたまらなく嫌なのだ!!」



 ついには通行人が振り返るほどの大声になってしまった。

 これには少し反省し、コホンと咳払いを交える。

 俺は声量を整え、三人の家族に訴えた。


「先ほどの水着店で、俺は心のざわつきを感じていた。それはお前たちが――尊くも美しいお前たちの水着姿が、他の男どもの視線にさらされていたからに他ならない。スピカたちの愛らしさと美しさは、俺だけのものにしたいのだ……!」


 すると――。


「ふ、ふぅん……。ジュノ、そんなこと考えてたのね。ふぅん……」


 スピカはうっすら頬を染め、口もとをニヤニヤと緩ませている。


「ありゃま、魔王様ったら♪ これってアレですよね、アルテミスさんっ!」

「えぇ! えぇ! ジュノ様とってもカワイイです!」


 リリスとアルテミスもニヤニヤが止まらない様子だ。

 彼女たちは俺に身を寄せ、


「安心しなさいよ。前にも言ったでしょう? 私は、あなただけのものだって」

「魔王様にそんな風に想ってもらえて、リリスはすっごく幸せですよっ♪ どんどん独占しちゃってください!」

「わたくし、心も身体もジュノ様に独占されたいですっ! ジュノ様の独占欲にドップリ染められたいですよぉ!」


 皆の言葉にハッとする。

 独占欲が邪魔されたからこそ、あんなにも胸がモヤモヤしていたのか……。


「さてさて、それじゃ~リリスは今夜のお宿を探してきます! プライベートビーチが付いてるサイコーのお宿、必ず見つけてきますからねっ!」


 ……あ、待ち合わせ場所は、商工組合に駐めてある荷馬車のところで!

 と言い添え、リリスは笑顔のまま、雑踏の中に溶け込んでいった。


「さ、さて。それでは俺たちも行動に移ろうか」


 場を仕切り直すために、二人の仲間に呼びかけると、


「ジュノ様、お待ちくださいっ。わたくしを独占したくださぁい!」


 アルテミスが俺の右腕に勢いよく抱きついてきた。


「私のことも……ちゃんと独占しなさいよ」


 そしてスピカは、俺の左腕におずおずと抱きついてくる。

 俺はしばらく間を置いて、



「もしかして俺は、かなり恥ずかしい告白をしてしまったのか……?」



 自らの言動を顧み、おそるおそる訊ねてみた。

 アルテミスたちがニヤニヤを深める。


「んふふっ、子供っぽいジュノ様もステキですよ!」

「あら、ジュノは魔王様なんだから、自信を持ちなさいよ。恥ずかしい告白は魔王様の特権だと思うわよ? ……ふふっ」

「ぬぐぐぐ!」


 やはり子供っぽくて恥ずかしい告白なのか! 全身の体温が上昇していく。

 いかん。俺は今、ものすごく赤面しているに違いない!


「んふふっ、ジュノ様ぁ~」

「もぅ、ジュノったら……かわいいんだから」


 ……しかし、まあ。

 二人が幸せそうなので、ここはこれで良しとしよう。

 俺は恥じらいを抑え込もうと、強引に気持ちをまとめたのだった。

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