第4話 新生魔王と国境の攻防


 俺たちの像が完成してから数日後――。

 ついに出発の朝がやってきた。

 目的地は南海の楽園・ペルヒタ教国である。


 ここはマカイノ村の工房前。

 見送り役のメイドたちに囲まれながら、俺とスピカ、そしてアルテミスは、リリスの到着を待っている。


「さて、リリスはどんな荷馬車を用意してくるのやら……」


 俺の服装は、ややくたびれた地味なマントだ。

 マントの左右には穴が開いており、そこから腕を出せるようになっている。

 今回は、商人を装ってペルヒタ教国へ侵入することになったのだ。

 商人のマントに穴が開いているのは、そこから腕を出し、金勘定や出納作業をするためなのだとか。


 爽やかな朝日を浴びながら、マカイノ村の澄んだ空気を味わっておく。

 次の戦場は南国だ。

 こことはまったく違った気候下での活動になるだろう。

 深呼吸する俺の隣では、


「はぁ、はぁ、んはぁ……」

「んんっ、くふぅ……んんぅっ……」


 スピカとアルテミスが肩を寄せ合い、お互いの身体を支えている。

 なにせ膝がガクガクで、一人では立つことすらままならない状態なのだ。

 二人そろって顔は真っ赤。目はトロンとしている。

 俺に合わせて、二人の服も商人風だ。

 胸もとを隠した丈の長いローブ。髪をまとめるための帽子。

 商人が使うという、ベルトに結びつけるタイプの巾着袋を提げている。

 出陣の支度は万全だ。


 服装はもちろん、長旅の荷物は前日までに用意しているし、すでに魔導粘土の像に魔力の一部を分け与え、自身の魔力をゼロに抑えている。

 さらに、さきほどアルテミスの飲み薬を使い、身体から漏れ出る魔力を完全に断ち切った。加えて、魔族以外からの認識阻害効果も発動している。

 俺はスピカたちに目をやり、


「二人とも……これから長旅が始まるというのに、そんな調子で大丈夫か?」


 忠告の言葉をかけてやった。

 しかし、飛んでくるのはスピカの反論だ。


「そ、そんな調子って……! ジュノが私たちのこと、あんなにペロペロするからじゃない! あんなところ舐められたら誰だって……んんっ、はぁっ、はぁ……!」

「んぅっ……そうですよ、ジュノ様。わたくしの飲み薬、あんな……肌の奥まで擦り込むようにペロペロされるなんて。わたくし、思い出しただけでも……んんっ!」


 アルテミスが身体をくねらせ、ヒクッ、ヒクッと背筋を震わせる。思い出し絶頂とは器用なことをやるものだ。

 そう。

 先ほどまで、俺たちは互いの全身に舌を這わせ合っていたのである。

 中盤から調子が出てきたので、ついついやりすぎてしまったのだ。


「というか、どうしてジュノは平然としてるのよ?」

「そ、そうですね……。わたくしたちとリリス様がさんざんペロペロして、七回も白濁の協奏曲を奏でたというのに」


 俺は遠い目をしてクールに微笑む。


「あれだけ何度も放出すると、不思議なことに魔賢者のごとき落ち着いた心境になるのだ。男の肉体はそういう風に出来ているらしい」


『へぇ~!』

 と、スピカたちが感心の声を重ねたときだ。


「皆さ~ん♪ やっほー♪」


 工房の敷地に愛らしい声が響いた。リリスの到着だ。彼女は荷馬車の御者台に座り、二頭の馬を巧みに操っている。


「ほほぅ。これはまた、絶妙にくたびれた荷馬車を用意したものだな」

「まあ、あんまり新品の荷馬車だと商人っぽくないものね」

「客室の後ろ……連結している荷台には、何が入っているのでしょう?」


 そうこうするうちに、荷馬車が俺たちの前で停車した。

 御者台からぴょこんと飛び降り、リリス(商人服)が内股気味の妙なポーズで着地する。なにかと思ったら、彼女も膝をガクガクさせていた。


「はぁ、んんっ……。で、では皆さん、リリスたちは『野菜商』という設定です。後ろの荷台に積んである野菜を、神聖アルテミス王国からペルヒタ教国へ運んでいる――。国境で尋問されたら、こう答えてくださいねっ!」


 野菜売りか。少し意外な選択だが、まあいいだろう。

 スピカを見ると、彼女も納得しているようだ。

 そんな中、アルテミスだけは不安そうである。


「ん~……わたくし、あんまりお野菜は好きじゃありません。どうしましょう、演技にボロが出てしまったら……」


 アルテミスの好物は菓子類だ。

 日ごろから、見るからに甘そうな菓子を大量に買い込み、自室に引っ込んでしまうのである。

 そうして食っちゃ寝食っちゃ寝した結果、腰まわりのむちむち化が止まらなくなっているのだ。

 しかしリリスは抜け目ない。ニコニコ顔でアルテミスの袖を引っ張り、


「まあまあ。まずは荷台を見てくださいっ♪ アルテミスさんもだ~い好きなお野菜ですからっ♪」

「えぇ……? わたくし、べつに好きなお野菜なんて……」


 と、二人の姿が荷台の向こうに消えた後のこと。


「あらあらまぁまぁ、そういうことでしたか! 素敵なお野菜ですねぇ!!」


 突如、アルテミスの甘ったるい声が響いたのだった。


「なにっ!?」

「今の変な声、アルテミスよね?」


 俺はスピカと顔を見合わせ、二人で荷台の向こうへ走る。

 するとそこには、


「あぁんっ、あぁん! どれも太くて長くて、見覚えのあるサイズ感で……わたくし困ってしまいますよぉ~」


 両手に野菜を握って悶えるアルテミスの姿があった。

 隣のリリスはご満悦である。


「……ナスとニンジンを握ってはしゃぐ“元”女神……か」

「やだ、なによこの品揃え。作為を感じるわ」


 荷台には、リリスが調達してきた野菜がギッシリ詰め込まれていた。

 ナス。ニンジン。キュウリ。甘イモ。

 どれもこれも、見覚えのある極太サイズである。


「リリスよ。これはもしや……」


 おそるおそる訊ねると、彼女は満面の笑みを返してきた。


「はいっ♪ ぜ~んぶ魔王様のジュニア様を基準に選定してきたんですっ♪ 魔王様の荷馬車なのですから、コレを売らずに何を売るってカンジですよねっ!」

「よくもここまでサイズを揃えたものだな……。……ん?」


 ふいに傍らを見ると、


「…………おっきぃ」


 スピカが甘イモに、つぅ――と指先を這わせていた。


「……スピカ。お前もか」


 俺が湿った視線を送ると、スピカはカ~ッと真っ赤になる。


「ち、ちちち違うわよ! ただ、美味しそうだと思って!」

「俺の股間がか?」

「どうしてそうなるのよ、違うわよ! あぅ……いや、違わないけど……そ、そうじゃなくて! ふ、ふかしたら美味しいでしょ、甘イモ!」


 煮たり、ふかしたり、石で焼いたり。甘イモは俺の好物の一つでもある。

 そうか。



 ――俺が乳房を愛するように、彼女たちもまた、股間の甘イモを愛しているのだ。



 尊き絆を再確認し、俺は仲間たちに向き直った。


「いざ参ろう。我が新たなる領地候補――南海の楽園・ペルヒタ教国へ!」

「リリアヘイム魔界化計画、さらに前進ですっ!」


 ぐいっと拳を突き上げて、やる気充分のリリス。


「はぁい! ジュノ様の邪悪なる威光で、南海の愚国を黒々と照らしましょう!」


 ナスとニンジンに頬ずりするアルテミス。


「女神に奪われた世界は、私たちが取り戻すんだから!」


 甘イモを大事そうに握ったスピカ。


『おぉー!!!!』


 それぞれ拳で天を衝き、決意を新たにする。

 メイドたちの拍手と歓声を浴びながら、俺たちは荷馬車に乗り込んでいく。

 進路は南方。

 最初の関門は、聖隷グルヴェイグ王国への入国である!



 ――早いもので、出発から二日が過ぎた。

 マカイノ村を発った俺たちは、申し訳程度に整備された林道を抜けると、南へ、南へ、街道をひたすら進んでいった。


 神聖アルテミス王国の南方には、数多くの山々がそびえている。

 初日は、麓の宿で一泊。

 翌日は山々を迂回するのに費やした。


 それらの山の向こうに位置するのが、聖隷グルヴェイグ王国である。

 同国は、神聖アルテミス王国とペルヒタ教国を隔てるように広がっており、ペルヒタ教国へ入るためには、必ず通過しなければいけないのだ。

 六芒の女神・グルヴェイグを崇拝する、聖隷グルヴェイグ王国。

 リリスによれば、神聖アルテミス王国が魔族との共存を表明したことから、今は出入国の審査がとても厳しくなっているらしい。

 特に、神聖アルテミス王国からの入国に関しては……。


 俺たちの馬車が国境付近に到着したときには、すでに陽が沈んでいた。

 入国審査の受付時間が終了していたため、その日は近くの街で一泊。

 翌日の早朝から審査の列に並ぶことになったのである。


 ――そして、今。


 天気は薄ぐもり。

 そのわりに空気は乾燥しているが、まわりの人々が発するオーラにはジメジメとした淀みがまとわりついている。


「ふむ。これが世に言う渋滞というやつか」


 俺は荷馬車の客室内で、ぐっと大きく伸びをした。

 まだ早朝だというのに、国境付近には大量の馬車が殺到し、すっかり列が動かなくなっている。それだけ念入りに審査をしているのだろう。


 窓の外へ顔を出し、俺は遥か前方を見つめた。

 そこにあるのは巨大な壁。

 両国を隔てるために、強固な防壁がそびえ立っているのだ。

 ペルヒタの龍族どもが三体がかりで暴れたとしても、アレを破壊するには数日はかかるだろう。

 防壁の麓には複数のゲートがあり、そこが出入国審査の受付になっているのだ。


 まずは神聖アルテミス王国側で出国審査を受ける。

 そして防壁を通過。

 さらに聖隷グルヴェイグ王国側で、入国審査を受けるのである。


 つまり、防壁は二重構造になっているのだ。

 壁と壁の間には、小さな村が丸ごと入るスペースが空いているのだとか。

 そこはどちらの国の領土でもない、空白地帯という扱いになっているらしい。


 太陽が中天に近づき――。

 ようやく一枚目の壁に到着した俺たちは、出国審査を無事にパスした。

 まあ、神聖アルテミス王国側の審査官は俺たちの味方なのだから当然である。

 だが、今度は敵国側の入国審査を受けなければならない。

 そのためには、またもや延々と待ち続ける必要があるのだ。


 壁と壁の間。

 空白地帯での渋滞に、俺は小さく息を吐く。


「……いくらゲートが複数あっても、この調子では、いつになるやら……」


 と、そのとき。

 太ももの内側を、アルテミスの手がスリスリと這い回った。


「んふっ、ジュノ様。退屈しているようでしたら、お手々でシましょうか?」

「ま、待ちなさい! それなら私も……!」


 すかさずスピカが、俺の腕にたわわな膨らみをくっつけてくる。

 席順でさんざんモメた結果、スピカとアルテミスが俺を挟む形に落ち着いたのだ。

 二人の吐息が俺の首筋をくすぐる。


「さぁさぁジュノ様、おズボンをお脱ぎください」

「宿屋であんなに出してきたのに……ジュノったら、もぅ」


 アルテミスとスピカの手が、俺のズボンにかかった直後だった。



「――お二人とも、えっちなのはダメですっ!」



 御者台から、思いのほか鋭い声が飛んできた。

 リリスがこちらを振り返り、左右の人さし指で『×』を作っている。


「ど、どういうことだ?」


 この子が『えっちなのはダメ』と言い出すなど、時期外れの大雪が降るのでは――と思ったが、彼女の判断は正しかった。


「…………」


 荷馬車の横を、敵国の入国審査官が通りかかったのである。

 漆黒のローブに無機質な鉄仮面。

 彼らは、渋滞した馬車の列を縫うように歩き、窓から客室内を覗きながら歩いているのだ。客室内に不審な点を見つけたら、すぐに排除するつもりなのだろう。


 鉄仮面の審査官が無言で通り過ぎていく。

 なるほど。

 空白地帯とは言ったものの、出国の列には聖隷グルヴェイグ王国サイドの審査官が、入国の列には神聖アルテミス王国サイドの審査官が巡回しているようだ。


「……ふぅ。助かったぞ、リリス。素晴らしき反応だ」

「リリス様、ありがとうございます。……あと、ごめんなさい」

「私、ちょっと軽率だったわ……。ごめんねリリス」


 アルテミスとスピカが、しょぼんと頭を下げる。

 俺も愛撫には乗り気だったので、「すまなかったな、リリス」と言い添えた。

 しかし、小さな堕天使は左右に首を振り、


「いえいえ。リリスも強く言っちゃってすみませんでした。でもまあ、少しガマンしてください。魔王様の一行だってバレたら、もう攻撃魔法をバンバン使って強行突破するしかなくなっちゃいますからね」


『…………』

 俺たちは押し黙った。


 人間族を巻き込む戦いに発展するのはなんとしてでも避けなければならない。

 魔王と女神の戦いが、人間族を巻き込んだ大戦争になれば、お互いの国民に大きな犠牲が生じてしまう。

 以前、アルテミスが人間族の良心や思いやりを搾取していたように、人間族から様々な力を少しずつ吸収することで、天界は維持されている。

 ゆえに、人間族の数が減ってしまうのは好ましくないのだ。

 それは魔界も同じこと。

 国民から税金のように少量の魔力を徴収することで、国全体を覆う結界を作動させているのだ。

 その結界とは、他国からの害意に反応するシロモノだ。

 国防を考えるうえでの必須魔法である。


 魔王と女神。

 魔界と天界。

 双方にとって、民は貴重な財産だ。

 それを犠牲にしないよう、必然的に神魔の頂点同士が直接ぶつかる構図ができあがっているのである。


 ――時が流れる。

 ――ゆっくりと列が進む。


 昼時を過ぎ、そろそろ腹の虫がうるさくなってきたところで……。


「次の方どうぞ。申請は……野菜商ですか」


 リリスが提出した文書に、鉄仮面の入国審査官が目を通す。

 とうとう俺たちの番が回ってきたのだ。


 ゲートを閉ざす鉄門の向こう側は、もう聖隷グルヴェイグ王国。

 ここを突破できれば、ペルヒタ教国への道が開かれるのである。


「では、降車を。……ふむ、御者を含めて四人での入国ですか」


 俺たちは当然のように、馬車を降りるよう命じられた。

 素直に従うと、入国審査官は「さあ、すぐに検査を」と、まわりを囲む別の鉄仮面たちに指示を飛ばす。


「……ご婦人方、ご安心を。ここの身体検査官は全員女性ですので」


 入国審査官の言葉が終わる前に、一人につき二人ずつ、身体検査役の鉄仮面が張りついてきた。

 そのあいだに、また別の鉄仮面たちが荷馬車に群がり、


「客室内、不審物なし」

「天井および底面、不審物なし」

「車輪部、不審物なし」


 怪しいところがないかチェックを始めたのだ。

 なるほど、ここまで手間をかけていれば渋滞にもなるだろう。

 私物や荷台も容赦なく漁られていく。


「手荷物、四人とも不審物なし」

「荷台、不審物なし」

「積み荷は野菜。ナス、キュウリ、ニンジン、甘イモ……異常なし。……ごくり」


 ……ん? 今、生唾を飲み込んだ鉄仮面がいなかったか?

 腹が減っていたのか、それとも……。


「名前は……ジュノノンさんですね。これより身体検査を始めます。怖くありませんから、大人しくしていてくださいね」

「…………大人しくね」


 俺を担当する検査官は、やたらと身長差のある二人組だ。

 口数が多い女性は長身で、寡黙な女性はリリスと同程度の体格である。


『ジュノノン』というのは俺の偽名だ。

 手配書が出回っているはずなので、薬による魔力遮断と認識阻害効果に加えて、個々の通行証もリリスがしっかり偽造してくれた。


 ちなみにスピカ、リリス、アルテミスの偽名は、それぞれピカリン、リリチュ、アルティンティンである。


 ……俺の偽名を考えたのはアルテミスだ。

 ジュノノンという名前に恥じらいを感じてる間にも、身体検査は進んでいく。


「マントと上着、不審物なし。……わっ、腹筋すごい」

「ズボン、不審物なし。…………おしりも、せくしぃ」


 検査官たちが顔を見合わせ、コクリとうなずきを交わした。嫌な予感がする。


「では、上を全部脱いでください。まだ不審物があるかもしれませんし! ……じゅるっ」

「ズボンも、脱いで。ハァハァ……」


 なんと検査官たちは、俺のマントと上着、そしてズボンを剥ぎ取ったのだ。

 ヨダレをすすったりハァハァ言ったり、性の欲求を隠そうともしない!


 ――が、ここは我慢だ。

 リリアへイム魔界化計画を成就させるためにも、ここで作戦をフイにするわけにはいかない。

 俺は現在、下着一枚。

 ちなみに下着は安定のブーメランタイプだ。


「どうだ……ですか? 俺の……私の身体に不審なところがなければ、そろそろ通せ……と、通してもらうわけには?」


 慣れない敬語に苦しみつつ、俺は二人の鉄仮面に訊ねた。


「いいえ、まだです。おぉぅ、腕も胸板も絶妙にたくましいですね……!」

「……ごくり。この顔、わたし……正直、タイプ……」


 しかし二人は聞く耳を持たない。

 気づけばスピカたちは身体検査を終え、こちらを心配そうに窺っているではないか。


 と、そのとき。


「おっほぉ! イケてるメンズを検査してるじゃありませんか!」

「ずるいです。わたしも検査したい!」


 なんということだ。

 スピカたちを検査していた鉄仮面たちまでもが、俺のまわりにゾロゾロと集まり始めたのだ。

 俺は女性検査官どもに取り囲まれ、素肌をベタベタ触られた。

 そして彼女たちが行き着いたのは――、


「この股間の膨らみは何ですか! スンスン……ぁんっ、不審なニオイがします!」

「……ごくり。いっちゃう? ここ、いっちゃう?」


 薄布に守られた最後の切り札、股間の攻城兵器である。

 まあ、たしかに俺の股間は甘勃ちしている。

 いくら鉄仮面とはいえ、相手は女性だ。

 漆黒のローブには女体の曲線が浮き出ているし、俺の身体を触る手は、ふにふにと柔らかいのだから。

 しかもこうして囲まれながら、股間を凝視されたら――。


「あぁっ、ピクピクしてます! なんだか少し大きくなってきたような……」

「これはいけません! すぐに中身を目視しないと!」


 だが、そんなとき。


「妙ですね……」


 思いのほか冷静に、疑問を呈する鉄仮面がいた。

 彼女は俺の顔をジーッと見つめ、



「ジュノノンさん。あなた本当に商人ですか?」



 あっさりウソを見破ったのだ。


「何を言う……い、言いますか。私はれっきとした野菜商。聖隷グルヴェイグ王国の人間ぞ……人々に、美味い野菜を提供することが人生の目標です」

「そうですか。ふぅん?」


 鉄仮面は白々しい態度でうなずき、


「商人のくせに、身体を鍛えすぎなんですよねぇ。手は綺麗すぎるし、髪はサラサラだし、顔立ちが美しすぎます。それに下半身もご立派すぎて……。本当は砂漠の国の王子様とかじゃありませんか!? はぁ、はぁ……」

「王子様……ですか」


 惜しい! 俺は王子ではなく魔王だ。

 だが安心した。こやつも所詮、他の鉄仮面と同レベルだ!


「ならば証拠をお見せしましょう。俺……私が本物の野菜商であることのね」


 俺は自信を込めて宣言した。勝ち筋が見えたのである。

 鉄仮面は少したじろぎ、


「い、いいでしょう。私たち全員が野菜を買いたいと思うようになったら、あなたが本物の野菜商だと認めてあげますよ!」


 こちらの顔と股間を交互に見ながら言ってのけた。

 スピカたちの不安げなまなざし。

 鉄仮面たちの好奇の視線。

 それらを一身に浴びながら、俺は荷台の甘イモを手に取った。



「――ここにある野菜は、すべて私の股間の甘イモと同じサイズなのです!!」



『!?!?!?!?!?!?!?!?』


 鉄仮面たちが一斉に、身体をビクンと震わせた。

 これまた一斉に、荷台に積まれた野菜に注目し、そして――。


「甘イモください! 三本……いいえ五本!」

「私はおナスとキュウリ! あと、おみやげ用にニンジンを三本!」

「ちょっと押さないでよ! わたしはキュウリを八本! 甘イモを十五本!!」


 聖隷グルヴェイグ王国。

 そこへ至るための入国ゲートは、野菜の即売場に変貌したのだった。

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