第3話 魔獣使いの女神と異端審問の女神


 ――わたし、六芒の女神のひとりペルヒタ。

 ペルヒタ教国で崇拝されている女神で、女神王ヴィーナスさまの忠実なるしもべ。

 普段は信者たちにチヤホヤされながら、大好きな魔獣ちゃんと神獣ちゃんをモフモフしてるんだけど……。


「魔王ジュノども、なかなか動かないなぁ……」


 この間から、わたしは遠見の魔法陣をジーッと監視するだけの生活を送っている。

 雲のクッションをだっこして、柔らかい床をゴロゴロ転がりながら……。


 ここは簡易的な神聖空間。

 六芒の女神の栄光と祝福で創られた、白を基調としたモコモコのお部屋だ。

 神聖アルテミス王国の上空、遥かかなたに浮かんでいる。


「はぁ~……」


 わたしは身を起こし、ため息をついた。

 白と黒のゴシック&ロリヰタなドレスの皺を直す。

 ペルヒタ教国の職人に作らせたこだわりの逸品だから、とっても大切にしているのだ。


 それからケープの位置を整えた。

 肩にかけたコレは、魔獣の毛皮でできている。モフモフしていて気持ちいい。

 飼っていたペットちゃんが死んじゃったときは、こうやって毛皮を剥いでアクセサリーにしているのだ。こうすれば、ず~っと一緒にいられるから。


 仕上げに手鏡を取る。

 これは王族からの捧げ物。

 ペルヒタ教国で採れた青い宝石をちりばめた、特級国宝だ。


「むふふ。わたし……かわいい……」


 鏡に映った無垢でロリロリの美貌に、わたしは思わずニヤニヤした。

 魔王の監視はとっても退屈だから、ときどきかわいい自分を眺めて心を癒やさないとやってられない。

 ――長きにわたる時を生き、それでも外見は九歳を保っている。


「だって、女盛りは一ケタ台。十歳を超えたら、もうおばさんなんだもん……」


 床まで届くロングヘアを整えつつ、横目でチラッと魔法陣を見る。


 やっぱり動きはない。

 魔法陣に映っているのは、神聖アルテミス王国の片田舎。たしか、マカイノ村とかいうところ。魔王ジュノどもの拠点になっている村だ。


「う~ん……。あいつら、すぐ復讐しに来ると思ったのに……」


 先日、神聖アルテミス王国の王都を、わたしのドラゴンちゃんたちで襲撃してやったのだ。余裕で勝てるはずだったのに、結果はボロ負け。


 相手は邪悪でいやらしくて口調とドヤ顔がキモい魔王だ。ペルヒタ教国に復讐するために、なんらかのアクションを起こすはず――って考えたけど……。

 魔王たちの魔力反応は、マカイノ村の中をウロウロするばっかりだ。

 いくら遠見の魔法に気づいているからって、ここまで動かないのは……。


「な~んか妙だなぁ……」



「――何が妙なんですか?」



 ふと、後ろから声がした。

 口うるさい性格がそのまま表れた、やや硬めの口調だ。


「んぁ? おかえりー。いやね、ちょっと思ったことがあってさぁ」


 わたしは首を巡らせ、神聖空間に戻ってきた仲間に目をやった。


「思ったこと……? 気になりますね。聞かせてください」


 彼女の名前はグルヴェイグ。

 わたしと同じ六芒の女神のひとりで、神聖アルテミス王国とペルヒタ教国の間に広がる、聖隷グルヴェイグ王国で崇拝されている。

 見た目を人間族に換算すると、二十代前半ぐらい。おばさんだ。


 だけど、腰まである黒髪は黒曜石みたいにツヤツヤで、しかも柔らかくてイイ匂いがするから、それはちょっとだけ羨ましい。

 すらりとした長身に、ばいんばいんのハレンチおっぱい。

 やたらと丈の短い修道服からは、ガーターベルトに包まれた美脚が伸びている。

 切れ長のキツそうな瞳に、四角いメガネをかけているけど……まあ、自分の国で絶対的に崇拝されるのも納得の美人ではある。おばさんだけど。


「ペルヒタさん、魔王どもに動きはあったんですか?」


 グルヴェイグがわたしの隣に腰を下ろした。

 わたしのクッションをお尻に敷くのはいいんだけど、せくしぃなぱんつがチラチラ見えるのが気になる。

 わたしは手のひらを差し出し、


「それより、お菓子……買ってきた? かわいくておいしいやつ」


 グルヴェイグをジーッと見つめる。

 彼女は「グッ」と奥歯を噛んだ。


「まったく。どうして私があなたのお使いなど……!」

「交代で監視してるんだからしょーがないもん。わたしだって、グルヴェイグのお使い……ちゃんとやってきたのに」

「私が美容にいい飲み物を頼んだら、いやらしい本をしこたま買ってきたくせに、よくもまぁそんなことが言えますね!」

「どぅどぅ。怒ると小じわが増えるよ……おばさん」

「~~~~ッ! 実年齢はあなたの方が上でしょうに!」

「……わたし、九歳だもん」

「下一ケタが九歳なだけですよね!?」


 額に青筋を立てて、ギャンギャン吠えてくるおばさん女神。

 わたしはそれを受け流し、おばさんが持ってきた袋をガサゴソと漁り始めた。かわいくておいしいお菓子……どこかな?

 だけどそこには、かわいくておいしいお菓子なんて影も形もなかった。


「お菓子……ない」

「いやいや、あるじゃないですか! 聖隷グルヴェイグ王国の格調高き銘菓、グルヴェイグまんじゅうが!」


 グルヴェイグが袋から四角い箱を取り出した。

 箱には確かにおまんじゅうが詰まっている。だけど、なんのデコレーションもない灰色のおまんじゅうなんて……。わたしの基準ではお菓子に含まれない。


「……グルヴェイグは、国民を締めつけすぎ。そんなんだから、かわいくておいしいお菓子もできない……」

「ふんっ、余計なお世話です」


 不満げに腕組みをするグルヴェイグ。


「私が理想とする完全なる管理国家に、浮ついたお菓子など必要ありません。それに、全国民を締めつけているのではなく、私に従わない異端派の人間族を徹底的に審問しているだけですから。天罰です、天罰」

「いたんしんもんって、女神がやるべき仕事じゃないと思うけどなぁ……」

「ですから余計なお世話ですっ! そもそも、ペルヒタさんの国は自由すぎるんですよ。観光客を呼び込んで仮装パレードをやったり、ふしだらな水着を売ったり……!」

「……ふしだらなスケスケぱんつ穿いてるおばさんに、言われたくない」

「こ、これは勝負下着です! 確かにスケスケですが、ふしだらではありません!」



「……恋人いたことない処女なのに、誰と勝負するの?」



 わたしがボソッと言い返すと、思いのほか効いてしまったらしい。

 痛いところを突かれた、とばかりに胸を押さえたグルヴェイグが、いっそう早口で言い返してくる。


「こ、ここここ恋人も処女も仕方ありません! 過去数千年、私に釣り合う男が現れなかっただけのこと! それに恋人と処女の件は、ペルヒタさんも同じですよね!?」

「…………。わたし、こどもだからわかんない……」

「だーかーら! あなたは私より年上でしょう!?」

「あー♪ あー♪ 聞こえない聞こえなーい♪」


 わたしがグルヴェイグをあしらっていると、



 ――ビクンッ、ビクンッ。



 遠見の魔法陣に、わずかな変化が表れた。

 そこに表示された複数の魔力反応が、不規則に震えたのである。

 この不思議な反応には前から気づいていた。だけど、それが何を意味するのかはわかっていない。


「ん~、この動き……なんなんだろ?」


 疑問に思いつつ、わたしは遠見の魔法陣を見つめた。グルヴェイグまんじゅうを手に取り、口に運ぶ。

 ……あんまり甘くないけど、思ったほど悪くない。テーブルに置いてあったら食べるかも、ぐらいの味だ。


「これは……やはり……」


 グルヴェイグも魔法陣を見つめている。目を細め、シャープな顎に手を添えて、まあまあ知的な横顔だ。


「ペルヒタさん」


 と、まあまあ知的に見えるグルヴェイグが言った。



「――あなたの最高オナ禁記録……どれぐらいですか?」



 ……本当の本当に、知性のカケラもないセリフを。

 わたしは心の底からドン引きしながら、


「おばさん……いくら性欲持て余してるからって、そういうこと、訊く?」


 ゴミを見る目でグルヴェイグを見やった。

 しかし彼女は食い下がる。


「い、いえ、べつに興味があるわけではありません! この魔力反応の理由――解明できるかもしれないんです!」


 わたしはしばらく迷った末に、


「…………二日」

「勝ちました。私は二日半です」


 正直に答えたら、グルヴェイグに勝ち誇られてしまった。

 わたしは悔しさを押し殺して訊ねる。


「……で? このビクンビクンっていう魔力反応は、ジュノ一味の誰かがオナ……達したときの反応だっていうの?」

「反応のペースと回数から、可能性の一つとして考えただけですよ。精神状態の変化や、何らかの特殊な行動などに由来している可能性と併せて検討していくべきですね」


 グルヴェイグは「フン」と鼻を鳴らした。


「まあ、こういう反応が見られるということは、魔王どもがマカイノ村に留まっている証拠でしょう。転移魔法を使ったりすればすぐに感知できますし、まだ焦る必要はありませんね」


 うーん……本当にそうなのかな?

 わたしは首をひねり、グルヴェイグの顔を見上げた。


「妙だなって思ってたのは、まさにソコ。グダグダしてる期間……長すぎると思う。魔王どもが本当に村でのんびりしてるのかもしれないけど、なにかの策を練って、次の作戦をスタートさせてる可能性だってあるもん」

「……ほぅ?」

「そもそも、その魔力反応がニセモノにすり替わってるケースも考えないと。あと……転移魔法とかを使うんじゃなくて、観光客とか行商人を装って、馬車で地道に移動してくることだってあり得るもんね」


 となると、やっぱり標的はわたし。

 王都を破壊した復讐のために、ペルヒタ教国を狙う可能性がいちばん高い。


 だけどグルヴェイグは、これを一笑に付した。


「ペルヒタ教国へ行くには、私の聖隷グルヴェイグ王国を通らなければいけません。国境の警備は特別厳重にしていますし、優秀な審査官だって揃っています。怪しい奴は必ず捕まりますよ」


 余裕です、余裕。と小刻みに肩を揺らすグルヴェイグ。


わたしは彼女を横目に見ながら、深いため息をついた。

 ……まあ、悩んでいても始まらない。わたしはわたしでやることがあるから、ここはしばらくグルヴェイグに任せよう。


「今年の仮装パレード……三日とも参加するのかぁ。……めんどくさい」


 半月後に迫った、聖ペルヒタ祭。

 民の信仰心をキープするのも楽じゃないのである。

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