第2話 新生魔王の侵略作戦


 ベッドで五回の射※を済ませ、皆で朝食のテーブルを囲んだ後、『アレ』を確認するために工房へ向かう。


「ククク……いかなる出来になっているか楽しみだ」

「えっへへ~♪ 我ながら、かな~りイイかんじに仕上がりましたよっ♪ メイドたちも頑張ってくれましたしね」


 俺とリリスは先頭を歩きながら、『アレ』の話題に花を咲かせた。

 リリスは俺の秘書を務めつつ、魔導研究師長として工房を仕切り、新たな魔道具や魔法の研究を行っている。

 彼女の部下である魔導研究師の少女たちは、工房での研究とメイドの仕事を兼務しているのだ。


 スピカとアルテミスは、俺たちの少し後ろをついてきている。


「私の『アレ』……どんな風に仕上がってるのかしら。楽しみだわ」

「んふふっ、メイド様たちの腕前を信じましょう。特にわたくしの『アレ』は、きっと素晴らしいコトになっているはずです。なにせ“素材”が違いますからねぇ!」


 そんなこんなで工房に到着する。

 俺が扉を開けると――、



『ぱんぱかぱーん♪ ぱんぱんぱん♪ ぱんぱかぱーん♪』



 その瞬間、メイドたちによる華やかな大合唱が巻き起こった。

 どうやら俺たちの到着を待ち構えていたようだ。それだけ『アレ』の製作に力を尽くしてきたのだろう。


「ほほぅ、これは熱のこもった歓迎ぶりだな」

「そりゃ~もぅ! 完成に合わせて、みんなで練習してましたからねっ♪」


 俺はリリスの頭をなでると、工房の奥に目をやった。

 ひろびろとした室内は、相変わらず魔道具や魔導書であふれており、床には大小の魔法陣がいくつも描かれている。

 すこぶる雑然とした工房だが、奥の方だけはキレイに片付いていた。

 そこに並ぶのは四つの像。

 それぞれ幕がかけられており、サイズは大・中・中・小に分かれている。


 スピカはゴクリと喉を鳴らし、


「まるで除幕式みたいね。本格的だわ」

「んふふっ。楽しみすぎて、お胸がきゅんきゅんしてきましたよぉ」


 その隣のアルテミスは、胸に手をやり期待を露わにしている。

 すると、リリスが前に出た。


「魔導研究師兼メイドの皆さん、ありがとうございました。それじゃ~除幕の準備をお願いしますっ♪」


 部下のメイドたちに命じると、各人がテキパキと配置についた。幕から伸びているヒモを握り、次の合図を待っている。

 リリスは「すーはー」と呼吸を整え、


「それでは魔王様、スピカさん、アルテミスさん、ご覧ください! リリスたちの自信作ですよっ!」


 パーティーの司会者よろしく、高いテンションでまくし立てた。


 バサッ――!


 四つの幕が一斉に取り払われる。

 すかさずメイドたちがキャッキャと歓声を上げ、


「魔王様ばんざーい! あとの皆さんもばんざーい!」

「こうして見ると、なかなかどうしてイイかんじですね!」

「日々の努力が報われました……。わたし、泣きそうです」


 拍手をしたり涙を拭ったり、思い思いの形で喜びを爆発させた。

 姿を現したのは、俺、スピカ、アルテミス、そしてリリスの像である。

 しかもサイズは等身大。

 全身が薄い灰色なのは、魔導粘土でできているからだ。


「おぉぉ……これは壮観だな!」


 俺はメイドたちに釣られて声を上げ、惜しみない拍手を送った。

 アルテミスも俺の隣で拍手を打ち鳴らしている。


「わぁ、すごいです! わたくし、これまでいくつも像を造られてきましたが、ここまでそっくりなのは初めてですよ!」


 彼女がうなるのも無理はない。

 なにせ俺たちの像は、まるで生き写しのような完成度なのだから!

 俺は早足で自分の像へ近づき、


「ほほぅ……。近くで見ると、いっそう凄さがわかる。これを魔導粘土で造ってしまうとは大したものだ」

「えぇ、えぇ! すばらしい出来ですよね! ジュノ様の像……わたくしのお部屋に飾りたいです! ……じゅるり」


 ちゃっかりついてきたアルテミスが、俺の腕に抱きついてくる。


「お前の像もすばらしい出来だな。柔和で美しい顔の造型、豊満すぎる丸い乳房、そして腰まわりの官能的な肉づき……どこを見ても本人としか思えぬ」

「顔とお胸はともかく、お腹のお肉……あんなにありますか?」

「…………ある」

「…………」


 口をとがらせ、アルテミスはむちむちの腹部をむにむにと揉み始めた。その柔らかな腹肉も彼女の魅力の一つだと思うが……乙女心は複雑である。


「さて。スピカは、と」


 首を巡らせ、俺は金髪の“元”王女に目を向けた。

 するとスピカも拍手をしていて、


「す、すごい……! たしかに細かく採寸されたけど、まさかこんなのを造ってしまうなんて……感動だわ!」


 無邪気に笑う横顔に、俺はほっこりと胸をなごませた。スピカの喜ぶ顔を見ていると、俺も幸せな気分になるのだ。

 さて、ここらで現状を再確認しておこうか。

 俺は皆に向き直り、魔王たる者の気迫を込めて言い放った。



「メイドたちよ、素晴らしき完成度だ。これさえあれば、次なる標的――ペルヒタ教国を快楽堕ちさせる作戦は成功したも同然であるッッ!!」



 セリフが終わると、ご丁寧にメイドたちが拍手を送ってくれる。


「先日、俺が王都で女神王ヴィーナスに宣戦布告したことは覚えているな?」

「え、ええ」


 これにはスピカをはじめ、アルテミスとリリスのうなずきが返ってきた。


 女神王ヴィーナス。

 それは六芒の女神どもを束ねる、まさしく女神の王たる存在だ。

 俺の復讐対象の一人である。


「あれから、ここマカイノ村の上空に聖なる魔力を発する魔法陣が感知されるようになった。リリスに調べてもらったところ、遠見の魔法が発動しているとのことだった。そうだな、スピカ?」

「ええ、そうね。他の六芒の女神か、女神王ヴィーナス本人か……とにかく天界の勢力が、マカイノ村の様子を監視してるのよね?」

「そこで、リリス様が煙幕結界を張ることになって……その効果によって、村の様子を直接見られることはなくなったのですよね」


 アルテミスがスピカの言葉を補足してくれた。

 そうだ。これらのことは、定期的な会議の場で皆に説明してきた。

 だが、まだまだ安心はできなかったのだ。


「うむ。たしかに村の様子を直接見られることはなくなった。が、今でも魔力反応だけは感知されている状態だ。俺たちが村の外――たとえば他国へ移動すれば、魔力反応によって居場所が筒抜けになってしまう」


 女神どもの遠見の魔法は強力だ。

 いくら煙幕結界を張っても、魔力反応はごまかせない。


「もちろん、魔力反応をゼロに抑えた状態で移動することも考えた。が、マカイノ村から俺たちの魔力反応がなくなれば、敵は警戒するだろう。その間にマカイノ村が総攻撃される可能性も出てくる」


 スピカたちがうんうんうなずく。

 この問題をどう解決し、次なる標的を快楽堕ちさせるのか――。

 それこそが、ここ最近の議題になっていたのだ。

 俺は口もとを歪め、「ククッ」と笑みをこぼした。



「そこで俺は考えた。これらの像に魔力を分け与えることで、女神どもの監視をかいくぐるのである!!」



 そう。

 これこそが今回の作戦であり、各人と瓜二つの像を造らせた理由である。


「リリスよ。像や人形に魔力を分け与え、己のダミーとして扱う術式は、東方の国で発展したのだったな?」

「おっしゃるとーりですっ!」


 リリスが元気よく応えてくれた。


「単なる魔導粘土の塊に魔力を分け与えても、その者と同様の魔力反応を示すことはない。女神どもの強力な遠見の魔法をごまかすには、可能な限り精巧な像を造る必要があったのである!」


 ゆえに、ここまで像の完成度にこだわったのだ。

 ……メイドたちに精巧な像を造ってもらうためにも、身体のすみずみまで採寸が必要だった。たくさんのメイドたちの前で全裸になり、キャーキャーと黄色い声を浴びながら全身のサイズを測られた思い出は、胸の奥底に大切に仕舞ってある。

 俺はコホンと喉を鳴らし、改めて皆を見渡した。


「像は無事に完成した! よって、これより数日の準備期間を経て、俺たちはペルヒタ教国への侵攻を開始する!」


『おぉぉ……!』という歓声の中、アルテミスに横目を投げかける。


「例の薬の説明を頼む」

「はぁい、ジュノ様っ!」


 俺の言葉を引き取り、アルテミスが薬のビンを取り出した。


「これはわたくしが精製した『魔力反応を遮断する薬』です。魔力の放出を限界まで抑えた状態でこれを使えば、六芒の女神の監視に引っかかる可能性は皆無と言っていいでしょう!」


 メイドたちが『おぉぉ!』と声を上げる。


「さらに! この薬を使うと、認識阻害魔法と同等の効果も発動します。つまり、敵がわたくしたちの顔を認識できなくなるわけです。

 わたくしたちの顔と名前については、きっと手配状が出回っているでしょう。国境をつつがなく通過するには、この薬の効果が必須なのです!」


 ダミー像。

 魔力遮断。

 認識阻害。

 これらによる三重の安全策を用いて、ペルヒタ教国へ侵入するのである。


「ねぇ、質問なんだけど……」


 ふいにスピカが手を挙げる。


「それって飲み薬よね? ……苦いの?」


 これにはメイドたちが『あぁ~』と共感の声をこぼした。


「うっぷす。リリスも苦いお薬はニガテです。まあ、魔王様の苦いのはだ~い好きですけどっ♪」

「あぁん、ジュノ様の苦いのはわたくしも大好きですよぉ!」


 アルテミスが腰をくねらせながら、俺の下半身を悩ましげに見つめてくる。いいから早く続きを説明してほしい。


「まず、スピカ様。この薬は飲み薬ですが、普通のモノとは少しだけ違います。唾液と反応させることで効果を発揮する仕様なのですよ」

「だ、唾液!?」


 スピカが頬を引きつらせる。

 アルテミスはチッチッチと指を振り、


「ふふふっ。薬を飲んだ後、その方の唾液が触れた箇所からは魔力が漏れ出さなくなるのです。つまり、お互いの全身をペロペロし合う必要があるのですよぉ!」


 メイドたちが赤面し、『キャー!』とはしゃいだ歓声を上げた。こやつら、さっきからすっかり観客のようになっている。

 とはいえ、そうか。全身を舐め合う必要が……。

 ふいにスピカの方を見ると、


「……ッ!」


 彼女とぴったり目が合った。


「な、なによ。いま私のこと……えっちな目で見たでしょ! ぺろぺろしたいって思ったでしょ!」


 紅潮した顔で責めてくるスピカだが、俺の答えは決まっている。

 彼女の瞳をジッと見つめて、


「当たり前だ。俺は舐めたい。お前の身体を隅々まで、余すところなく俺の舌で征服したいと思っている。――覚悟するのだ、スピカよ」

「~~~~~~~ッッ!! ……もう。…………えっち」


 自分の身体をぎゅっと抱き、スピカはそうつぶやいた。しかし瞳は濡れている。頬も赤く染まっている。どうやら満更でもない様子だ。


 だが、これですんなり絡み合えるはずもなく――。

 アルテミスとリリスが、ここぞとばかりに飛び出してきた。


「それではジュノ様のお身体は、わたくしが担当しますね!」

「リリスもやりますっ♪ 主に下半身を担当したいですっ!」

「あぁんリリス様!? わたくしも下半身をペロペロしたいですよぉ!」

「ん~……ではリリスは右側、アルテミスさんは左側をペロペロってことで♪」


 どんどん話を進める二人に、スピカが割って入る。


「ちょっと二人とも! 勝手に話を進めないでくれるかしら!?」


 またしてもギャーギャーと言い合いを始める三人。

 面白がって声援を送るメイドたち。


「フッ、まったく……こやつらは」


 今日も騒がしい家族たちを眺め、俺は小さく笑みを浮かべた。

 和気藹々と、破廉恥に。

 そんな魔界の雰囲気を、俺は心から愛しているのだ。


 魔族の健やかな繁栄のために――。

 目指すは南海の楽園・ペルヒタ教国である!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る