第11話 新生魔王と新生魔族


 アルテミスとの激闘から一夜明け――。


「うむ。食堂のオムライスとやら……美味なり」


 昼食後は村の散歩を楽しもうかと、俺が工房の出入口へやってきたときだ。


「あのっ……お願いします! お願いします!」

「こ、困りますって! いきなり魔王様に会わせろだなんて!」

「そうよそうよ! というか、あなたどうやって村に入ったのよ! 村のまわりには人払いの結界が張られてるはずなのに!」


 リリスとスピカが、誰かとモメているようだ。


「どうしたのだ、二人とも」


 俺の魔界で無用な争いは許さぬ。そんな気概を抱きつつ、出入口へ向かった。

 すると、リリスとスピカがこちらを振り向き、


「あぁ魔王様、ちょうどいいところへ!」

「この子、口調のわりに強引なの! なんとかしてよジュノ!」


 二人がかりで助けを求めてきた。

 そのとき。隙ありとばかりに、フード付きのマントで全身を覆った珍客がリリスたちを押しのけ、


「ジュノ様――お会いしたかったです!」


 俺の胸に飛び込んできた。声からして、こやつは少女のようだ。


「ジュノ様、ジュノ様、あぁ……!」


 少女は俺を強く抱きしめ、胸板に頬ずりし始める。

 たしかにフードで顔は隠れているが――、


「……んん?」


 腹に当たる至福の感触に、俺は目を細めた。


 ふにゅんっ。たぷんっ。たぽんっ。


 少女の大きすぎる膨らみが、俺の腹部を甘やかに刺激しているのだ。

 彼女が頬ずりするたびに胸もこすれる。

 そのたっぷりとした質量の、なんと幸福なことか……!


 俺はハッとした。


「スピカ以上のサイズ感。そしてこの、とろけるような柔らかさ……!」


 この幸せな感触には覚えがある。にわかには信じがたいが、しかし!

 俺は少女の両肩に手を置き、ゆっくりとフードを脱がせた。

 艶やかな銀色のロングへアが、ふんわりと広がる。

 大きなタレ目には柔和な印象が感じられ、その美貌は目を瞠るほどで――。


「なっ……!? やはりお前はアルテミ……」

「うわあぁぁぁぁぁんっ! ジュノ様ぁあぁぁぁぁあぁっ!!」

「なぜ泣くのだ!?」


 俺が問いかけた瞬間、六芒の女神・アルテミスはギャンギャン泣き始めた。

 なんて清々しい泣きっぷりだ。とても真っ当な大人とは思えぬ!


「ろ、六芒の女神がどーしてここに!?」

「ふんっ、泣いたぐらいじゃ誤魔化されないわよ!」


 リリスとスピカが即座に身構える。

 そうこうするうちにリリスの部下たちも集まってきて、


「あっ、魔王様が女の子を泣かせてます」

「さすがジュノさま」

「面白そうです。みんなを呼んできましょう」


 などと、ヒソヒソ言い始めた。これは……やりづらいな。


「こ、こちらへ来るのだ!」

「うわぁぁぁぁんっ!」


 俺はアルテミスの手を取り、階段を駆け上がった。リリスとスピカもついてくる。

 

 ――バタン。


 ドアを閉め、彼女をイスに座らせた。

 ここは工房の最上階。俺の私室だ。


「……すん、すん、くすん」


 仕方ないので茶を淹れてやると、アルテミスの泣き声はだんだん収まっていった。


「さぁさぁ、話を聞かせてもらいますよっ!」

「復讐に来たのね? ジュノ、やっつけましょう!」

「まあ、落ち着くのだ。なにはともあれ……ふんっ」


 俺は魔力を両目に集中させ、審理の魔眼を発動させた。


【名前】アルテミス


「ふむ、やはり本人か。だが、どうしてこれほど泣いているのか……。どうして人払いの結界を反応させずに、マカイノ村に入ってこられたのか……」


 悩んでいると、審理の魔眼がさらなる情報を映し出した。



【種族】魔族

【職業】魔術師、告解魔法士



「なんだと!?」


 そこに示された文字列に、俺はストンと顎を落とした。

 六芒の女神アルテミスは魔族になるばかりか、告解魔法士として覚醒したらしい――。


 リリスとスピカにそう伝えると、二人そろって大口を開けた。

 アルテミスがうつむき気味に、ポツポツ話し始める。


「いかにも、わたくしは“元”六芒の女神、アルテミスです……。昨日、ジュノ様の魔導調律を受け、魔族として生まれ変わりました……」

「ど、どういうことだ?」


 アルテミスに魔導調律を施したのは、彼女を人間族にするためだった。

 なのに魔族になってしまうとは一体……。


「一時は、魔道経絡が人間族のものになるのを感じました。ですけどジュノ様、すごく激しくて……。魔道経絡がどんどん組み替えられ、最後に激しく達したときには、魔族のそれに変わっていたのです」

「ん~? え~っと、つまり?」


 リリスがかわいく小首をかしげ、


「全部、ジュノがえっちすぎるのが悪いということね」


 スピカがジトッとこちらを睨んでくる。


「むぐぐぐ……」


 たしかに、淫紋がピンク色になってからも、アルテミスの乳※に刺激を加え続けた。

 陥没乳※を吸い出す愉悦に抗えなかった結果だが……まさか、こんなことになるとは。


 すると、アルテミスの瞳に再び涙が溜まっていった。

 彼女は顔を覆って、おいおい泣き始める。


「ううぅっ、魔族として生まれ変わって、初めて気づいたんです……。ひっく、うぅっ……わたくし、今まで民や魔族に、なんて、なんてひどいことを……!」


 うわあああぁぁぁん! あ――ん! あ――ん!


 そこから先は、もう収拾がつかなくなってしまった。

 仕方ないのでハンカチを取り出し、アルテミスに差し出してみる。

 彼女はそれを引っ掴むと、真っ先に「チーン!」と鼻をかんだ。……わりと高級なハンカチなのだがな……。


「私のときと一緒ね。魔族になって、価値観が変わったんだわ」

「なるほど♪ 魔族になったからこそ、マカイノ村の場所を探知できて、人払いの結界にも引っかからなかったわけですね」


 スピカとリリスの言葉を聞きつつ、


「まあ、その……なんだ。アルテミスよ」


 俺はイスを持ってきて、彼女の隣に腰かけた。


「お前は女神王ヴィーナスに命令されて、信徒たちを搾取していたのだろう? 愛ゆえに女神王の下着を盗んだ、その罰として……」

「ひぅっ!? ど、どうしてそこまで!?」


 アルテミスがビクッと肩を震わせる。どうやら正解だったらしい。


 昨晩、俺なりに考えたのだ。

 審理の魔眼が導き出した、【趣味】下着どろぼうという表示。信徒を搾取する際の煮え切らない態度。

 つまりアルテミスは、女神王ヴィーナスに嫌われたくなかったのである。

 だからこそ、その命令に従って、自分の信徒の良心と思いやりを搾取したのだ。さらに、魔族となったスピカの処刑をも受け入れた……。


 そこまで説明すると、アルテミスは泣きながら床に這いつくばった。

 じゅうたんに額をこすりつけ、


「ジュノ様、スピカ様……申し訳ございませんでしたぁぁぁ……!!」


 涙を飛ばしながら、大声で謝罪を口にした。


「わたくしの愛が暴走したせいで、皆様にたいへんなご迷惑をかけ、民の心まで犠牲にしてぇぇっ……! うぅっ、うぅぅ……わたくし、もぉどうすればいいのか……!」


 おいおい泣き続けるアルテミスの肩に、俺はポンと手を置いた。

 そして背後を振り返り、


「スピカよ。アルテミスの処遇はお前に任せようと思うのだが、どうだ?」


 いきなり重要な話を振ったせいか、スピカはわずかに瞳を泳がせた。

 だが、そこは元王女。

 金色のロングヘアをサッとかき上げ、表情を引きしめる。


「アルテミス。私の命を狙ったことは、ジュノに免じて許してあげる。だけど条件があるわ。この国の民から、良心や思いやりを奪うのを止めなさい!」


 彼女の声はたまらなく切実だ。

 それはそうだろう。

 この腐敗しきった国を変革することが、スピカの大きな目標だったのだから。


「ぐすんっ……。良心と思いやりの搾取は、もう止めています。魔族となり、己の非道を自覚した瞬間……まず搾取を止めました。本当に申し訳ございません……」


 アルテミスは泣きながら告げ、深く、深く頭を下げた。

 その姿に、スピカはゆっくり息を吐く。


「これで、国の腐敗も改まっていくかしらね……?」

「もちろん時間はかかるだろう。だが、少しずつ正しい道へと進んでいくはずだ」


 俺の言葉に、首をかしげるスピカ。


「ジュノが直接介入するわけじゃないのかしら?」

「そうだな。基本的には、人間族の自主性に任せようと思っている。民は愚かだが、愚かであるがゆえに学び、挑み、栄える力を持っているのだ。俺は人間族を信じている」

「……っ!」


 スピカは意外そうに眉を上げた。

 しかし、その口もとには笑みがある。俺の考えに賛成してくれるようだ。

 彼女はアルテミスを見下ろし、


「そういうことなら……許してあげるわ。反省してるのは本当みたいだし」

「あ、ありがとうございますスピカ様ぁぁ……!」


 ポロポロと涙をこぼすアルテミス。スピカの表情も晴れやかだ。

 さて、このへんが頃合いだろう。


 俺はアルテミスに近づき、彼女の銀髪をなでながら、そっと訊ねた。


「過去の行いを心から詫び、魔族たる自分を受け入れるなら――」



 ――俺の家族になるか?



 その言葉に、アルテミスは勢いよく顔を上げた。

 柔和な瞳を大きく見開き、こちらをジッと見つめている。


「魔族は皆、尊き家族。俺はそう思っているのだ」

「うぅぅぅっ……ジュノ様っ! ジュノ様ぁぁぁっ!!」


 アルテミスは腰を浮かせ、こちらに飛びついてきた。

 たわわな感触を味わいつつ、慈しむように銀髪をなでる。

 彼女は涙声のまま、


「くすん……神聖アルテミス王国は、ジュノ様に差し上げます……。今から教典を書き換えて、人間族と魔族が共存できる国にしますよぉぉ……!」

「うむ。いただくとしよう」


 よし、リリアへイム魔界化計画が一歩進んだな! ……と、リリスやスピカと小躍りしたい気分だったが、俺は平静を装い、威厳たっぷりにうなずいた。


「やったぁ! やりましたね魔王様っ♪」

「ふぅ。ひとまず前進ね」


 リリスとスピカも清々しい笑顔だ。


「……教典が変われば、国の体制も変わるはず。……ふふっ」


 特にスピカは嬉しそうだ。そっと胸に手を置き、感慨に耽っている。

 すると、アルテミスが俺の前で恭しく片膝をついた。


「ジュノ様に、すべてをお捧げいたします……」


 そう告げて、一冊の書物を差し出してくる。

 辞書のようにぶ厚い本だ。装丁は美しく、表紙には『アルテミス教典』の文字。

 アルテミス教の掟が書かれた、聖なる書物である。


「良き国にしよう、アルテミス」

「はいっ……!」


 俺は教典を受け取った。

 これで、神聖アルテミス王国は正式に魔界へ加わることになったのだ。


「わたくしの兵力も、すべてジュノ様のものです。部下の天使兵たちの魔道経絡はわたくしとリンクしていますから、彼女らは一人残らず堕天使兵になっています」

「ってことは、リリスのお仲間ですね♪」

「というか、あの状況からどうやって脱出したのだ?」


 俺にキスをせがんだことで、アルテミスは部下から突き上げを食らっていたのだ。

 彼女はしょぼんと肩を落とし、


「うぅ……元から微妙だった人望が、地に落ちてしまいましたよぉ……」


 女神の気苦労はともかく、ひとまず堕天使兵たちは俺の命令に従うようだ。

 領土と兵力。

 リリアヘイム魔界化計画に必要な要素が、これで大幅に補充できた。

 俺は胸をなで下ろし、思考に沈む。


 忘れてはいけない。

 以前リリスが言っていたが、残る五つの国も、神聖アルテミス王国と同じく女神どもが支配しているのだ。

 女神王ヴィーナスの怠惰な生活を守るため、民の心を犠牲にして……。

 まったく。天界はどこまで腐っているというのだ。魔族などよりも、よっぽどタチが悪いではないか。

 俺はスピカたちに向き直った。


「我が野望の達成には、女神どもの撃破が不可欠だ。六芒の女神と女神王ヴィーナスを、なんとしても叩き潰さなければ!」


 皆を見渡し、拳を握る。


「そして最後に先代の女神王を滅ぼし、復讐を成し遂げてみせるのだ!」


 すぐに三人の賛同が返ってきた。


「いやっほぅ! それでこそ魔王様ですっ♪」

「ジュノが望むなら、私も最後まで協力するわ。ほ、ほら、私は魔族で、あなたの家族……なんだし」

「ジュノ様。わたくしは、あなた様に一生を捧げます……!」


“元”六芒の女神アルテミス。

 魔界は新たな家族を加え、領土を手に入れ、さらなる覇道を歩んでいく。

 とはいえ焦りは禁物だ。次の国を手に入れるには、もう少し準備を……。

 ――と、思ったときだ。


「あのぅ……ジュノ様……?」


 ふいに、アルテミスが俺の手を握ってきた。

 彼女と見つめ合った瞬間、心臓がドクンと跳ねる。

 その優しげなタレ目は――。


 どこまでも快楽を欲するように、じんわりと潤んでいたのだ。


「わたくし、あのときの刺激が一時たりとも忘れられません。どうかわたくしに、さらなる魔導調律を……」

「おぉっ、面白くなってきましたね!」

「ちょ、待ちなさい! 抜け駆けはダメよ!」


 リリスとスピカが騒ぎ始めるが、しかし。

 アルテミスは短く詠唱し、転移魔法を発動させたのだった。

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