第8話 新生魔王とアルテミス教の街


 早いもので、あれから一週間が過ぎた。


 そのうち五日は大宴会。

 俺の復活を祝うセレモニーを行ったあと、マカイノ村の仲間たちが盛大な酒宴を催してくれたのだ。

 それからさらに二日が経ち、マカイノ村は酔いから醒めつつあるが……。


「むぐぐ……」


 昼食を前にして、俺は自室のベッドに横たわっていた。

 枕に顔をうずめ、何度うめいたかわからない。


 なぜならば。

 スピカの様子が、おかしいのだ。


「むぅ……。さすがにアレはやりすぎだったか?」


 一週間前のプレイ……いや、儀式のことを思い出す。

 あの翌日からスピカは俺を避けるようになったのである。


・目が合うと、慌てた様子でそっぽを向く。


・俺が話しかけても赤面するばかりで、リリスの背後や物陰に隠れてしまう。


・明らかに食欲が落ちた。


・窓から空を見上げ、ため息ばかりついている。


 確認できたのはそんな症状だ。

 嫌われてしまったのかと思っていたら、セレモニーのスピーチを終えた俺に、大きな拍手を贈ってくれたり……。


「わからぬ……。スピカよ、お前はどうしてしまったのだ」


 審理の魔眼だって何度も使った。

 しかし――スピカの体調は万全で、ステータスにも異常はなかった。

 まあ【性欲】が八八五に上がっていたぐらいだ。

 たまらずリリスに訊ねたこともある。スピカの症状に心当たりはないか、と。

 するとリリスは、


『にっしっし~♪ コレは間違いなくアレですよっ。いや~面白くなってきたじゃないですか魔王様ぁ~♪』


『人間族は……特にスピカさんみたいな人は、素直じゃないですからねぇ。いろいろと葛藤があるんですよ♪』


 そう言ってニヤニヤするだけで、答えは教えてくれなかったのだ。


 ともかく現状を打破しなければ。

 まずはスピカと会話をするのだ。せざるを得ない状況を作るのだ!


 ゴ――ン……ゴ――ン……。


 そのとき、正午の鐘がマカイノ村に響いた。

 俺はベッドから跳ね起き、使命感めいた心意気とともに食堂へ走る。

 そして堂内のスピカとリリスに告げたのだった。


「午後は街へ買い物に行くぞ!」




 で、昼食後――。

 俺はスピカ、リリスとともに、転移魔法で近くの街へやってきた。


 街の名前はアルテミール。

 リリスによれば、六芒の女神アルテミスを強く信仰する街だそうだ。


 たしかに、街のそこここに女神像が飾られている。

 長い髪。大きなタレ目。そして肉感的すぎる身体……。

 まさしく憎きアルテミスだ。


 さらに、道行く人々の多くは三日月をかたどったネックレスをつけている。

 あれがアルテミス教徒のシンボルらしい。


 今日は休日。

 それもあってか、大通りにはたくさんの人間族の姿がある。


「ほほぅ。思ったよりも大きな街だな」

「このあたりでは最大規模ですよ。ここアルテミールは交易の中心地の一つなので、お買い物には持って来いです!」

「それは楽しみだ。しかし……見たところ、さほど荒廃していないようだな。王都はひどいものだったが」

「王都がいちばん荒れてますからねぇ……。この街も、以前よりは治安がアレなかんじになっちゃいましたけど、まだマシな方です」


 俺とリリスが会話をする中、


「……うぅっ、買い物なんて。ま、まるでデ、デ、デートだわ……」


 スピカはブツブツつぶやいている。……例によって赤面したまま。


 ちなみに、顔バレ対策は万全だ。

 スピカはこの国の王女であり、魔族になっても外見は変わっていない。

 対策を取らずに街へ繰り出せば、大騒ぎになるだろう。


 なにせ、行方不明ということになっているのだから。


 だが、そこはリリスが『魔道迷彩』という術式でなんとかしてくれた。


『スピカさんの魔力の流れに手を加えて、周囲の人からは別人に見えるようにしてあります。部下の子たちは記憶を消してますし、まあ顔バレはしないでしょう♪』


 これにはスピカ自身も同意しているそうだ。


『え~と、たしかスピカさんは「私は告解魔法士として世界を改革して、みんなを救うの。そのためなら別人になったって構わないわ」……とか言ってましたねぇ』


 とのことである。


 この買い物を経て、スピカとの関係を改善する――。

 心に目標を刻みつけ、俺たちは大通りを歩き始めた。


 ちなみに、俺の服装はシンプルな白シャツに黒のズボンだ。

 今は魔力を抑えており、額のツノもしっかり引っ込めている。


「ふんふんふ~ん♪ お店を見てるだけでも楽しいですねぇ」


 リリスの足取りは軽い。

 彼女の服装は清楚な白のワンピースだ。

 魔力も抑え、頭の光輪も外して、変装はバッチリである。


「ねぇリリス。私、鎧が見たいわ」


 スピカはいつもの鎧姿だ。彼女も魔力を抑えている。

 魔族になったことで魔力の種類が変化したため、人間族に探知されないようにしているのだ。


 リリスのワンピースは膝丈。肉づきの薄い、儚げな脚が伸びている。

 対するスピカのスカートは超ミニだ。脚は健康的に引きしまっている。

 それぞれの脚線美を贅沢に見比べつつ、俺は彼女らの背後を歩く。


「おっけーですスピカさん♪ じゃあ最初に防具店へ行きましょう!」

「ふふっ、案内よろしくね」


 なごやかに会話を交わすリリスとスピカ。よし、ここだ!


「スピカ。鎧を新調するのか?」

「……ッッ!」


 だが。

 俺が話しかけたとたん、スピカはビクッと身を震わせてリリスを盾にした。


「……え、ええ。そ、その予定よ……」


 と、頬を染めながらおずおずと応える始末だ。

 くっ……。リリスとは普通に話しているというのに!


『らっしゃいらっしゃい!』

『南海、ルサールカ教国製の水着が入ったよ~!』

『メイスを二つ買うと、二本目は半額だー!』


 通りの商店主たちが、盛んに呼び込みを行っている。

 その中には、


『殴られ屋~! 一回一〇アルティだよ~』

『腕相撲で店主に勝ったら、賭け金の二倍を支払うぜー!』

『カードゲームだ! 女なら、賭け金がなくても遊べるぞ~』


 などという、怪しげな一角もあった。

 それらの声を聞き流しつつ、人混みの中を歩いていく。


「ここです、ここ! このお店がイイんですよ~」


 やがてリリスが一軒の店を指した。

 店先には厳めしいデザインの甲冑が並んでいる。ここが例の防具屋らしい。


「ほほぅ、かなりの品揃えだな……」


 床板を踏みしめた瞬間、金属とホコリの臭いが鼻をついた。

 決して広くない店内には、あらゆる防具類が所狭しと詰め込まれている。


「おやリリスさん。いらっしゃいませ」

「どうもどうも。あのボンデージ、重宝してますよ~♪」


 リリスのところへ、緑髪の幼女がやってきた。ここの店主のようだ。

 二人はそのまま会話に花を咲かせ始める。

 すると必然――。


「ス、スピカ。どのような鎧を探しているのだ?」


 よし。スピカと話さざるを得ない状況ができあがった!


「ふぇっ!? え、ええと、ええと……」


 が――話を振っても、スピカはモゴモゴするばかり。

 俺を上目づかいにチラッと見たり、店内の鎧へ視線を泳がせたり……なんとも落ち着きがない。

 頬を真っ赤に染めながら、


「今の白銀の鎧を売って、黒っぽい鎧……中古で買おうと思うの」


 スピカはためらいがちに言った。


「ほほぅ、漆黒の鎧か。魔族らしくて良いではないか」

「……私ね、なんだか好きなモノが変わってきたのよ」


 よし、会話が繋がったぞ!


「ふむ。食べ物の好みなどか?」

「それもあるわ。あとは……」


 依然、彼女は俺と目を合わせない。


「犬よりコウモリが好きになったり、黒い剣がカッコよく見えてきたり、ポエムを書くより拳闘が観たくなったり……。それに下着の趣味だって大胆に……」


 スピカはグッと言葉を呑み込んだ。耳までカ~ッと真っ赤になっている。

 俺に下着の話をしたのが恥ずかしかったのだろう。


「魔族になって価値観が変化したのだな。だが、不安に思うことはない。何を好み、何を愛でようとも、スピカはスピカであることに変わりはないのだから」


 俺はうなずき、笑みを捧げる。



「――どんなスピカであろうと、俺は真正面から受け入れるぞ」



「~~~~ッッ! あ、あぅ、あぅ……!」


 するとスピカは、いよいよ前後不覚に陥ってしまった。

 赤面が濃くなっているし、まるで酔っ払いのような足取りだ。

 なのに、その口もとはふにゃっと緩んでいる。

 悪い反応ではない……はずだ。


 よし。ならば、もう一押しだ!


「スピカよ、家族になった記念だ。お前が気に入った漆黒の鎧――俺がプレゼントしよう。中古などと言わず、本当に好きなものを選ぶのだ。値段は気にしなくていい」

「――!? プ、プレゼント……男の人からの、プ、プレ……」


 とうとうスピカの頭から湯気が噴き出した。

 ……だ、大丈夫か? 顔が今にもはち切れそうなほど赤くなっている。


 そのとき、リリスに腕をつつかれた。

 彼女はなんとも申し訳なさそうな顔をしている。


「魔王様。そのぅ……たいへん言いづらいのですが……」

「どうした? 俺のサイフ――つまりは村の予算から、スピカへのプレゼントをだな」

「……ないんです」

「何がないのだ?」



「お金が……ないんです」



「なん――だと……?」


 俺が愕然としていると、リリスはひょいと出納帳を差し出してきた。

 予算の残額を確認し――俺の頬に、冷や汗が伝う。


「これはひどい……。な、何が原因なのだ?」

「魔王様の復活セレモニーと、五日間ぶっ続けのパーティーです。ちょっと盛大にやり過ぎちゃいまして。今年の予算の大部分が、もう……」


 ――ガクリ。

 俺は店内に四つん這いになった。


 なんということだ。パーティーのやりすぎで魔界が財政破綻寸前だと!? そんなの笑い話にもならん!


「どうにかして金を作らなければ……」

「そうなんです。安い中古品ならまだしも、新品の高級鎧をプレゼントしたら……リリアへイム魔界化計画どころじゃありません!」


 俺はバッとスピカを見た。


「~♪」


 あぁぁ、ホクホク顔で鎧を選んでいる!

 やっと見られたスピカの笑顔――是が非でも守らなければ!


「なにか良い金策はないだろうか……」


 俺は頭を絞った。

 すぐにまとまった金が作れる手段。

 スピカを悲しませずに済む方法。

 何か、何か……!


「――ッ!」


 そのとき、俺の背筋に電撃が走った。

 名案が浮かんだのではない。

 胸の奥がカッと熱くなり、俺は勢いよく振り返った。


 店の外。大通り。

 そこに、まばゆい銀色の光が降り注いでいるのだ。


 さらには天から盛大な賛美歌が響き渡り、街の人々が道ばたにひれ伏していく。

 光から感じるのは――あふれんばかりの聖性。


「この気配は……!」


 忘れるものか。

 三〇〇年前の苦い記憶が蘇ってくる。

 間違いない。

 聖なる銀色の光――その主は、俺の宿敵のひとりだ!


「魔王様、すぐに行きましょう! スピカさんもです!」

「え? ちょ、ちょっと!?」


 三人で防具店を飛び出した。

 空を仰ぐ。

 降り注いでくる銀色の光の中を、ひとりの女神と無数の天使兵どもがゆっくりと降下してきた。



「あらまあ……。魔王ジュノが人間族の姿で復活したというのは本当だったようですね。相変わらず禍々しい魔力ですこと……」



 腰まで届く長い銀髪。おっとりとした大きなタレ目。

 身につけているローブには、スピカすら上回る豊満な肉体が浮き出ている。


 なんと。

 三〇〇年前よりもむちむち感が増しているとはな。


 右手には長い杖を持っている。

 先端部分のモチーフは、大きな三日月。

 信徒たちが首から提げていたのは、この杖の意匠だったのか。


 ――対峙しているだけでわかる。

 この女神の魔力は、ただの神族の比ではない。


 また、魔族の探知能力も優れている。

 俺たちは魔力の放出をゼロに抑えているというのに、その存在に気づき、こうして降臨してきたのだ。


「こんなところで出会えるとはな――駄肉の女神アルテミスよ! キサマも戦る気なら話が早い。三〇〇年前の恨み、そのだらしない肉体で晴らしてやろう!」

「だ、駄肉!? だらしない肉体!? な、ななななななんて失礼なことを!」


 アルテミスが肩を怒らせる。

 彼女の背後に控えている天使兵の数人が『ぶふぅ!』と噴き出したが、本人は気づいていないようだ。


「む、むちむちですが、さすがは六芒の女神ですねぇ。魔力量がヤバいです」

「あぁ~われらがアルテミス様、今すぐ祈りを……いたたた、頭が痛い!?」


 冷や汗を流すリリス。

 魔族になったくせに女神に祈ったせいで頭痛を覚えているスピカ。

 そんな二人の前に出て、俺は宣言する。


「フッ。チマチマした金策など無用だ。この神聖アルテミス王国を、俺が丸ごといただけば済む話ではないか!」

「ふん。魔王ジュノ……身の程知らずも大概になさい。この三〇〇年、わたくしたち女神だって、魔法の研究と修錬を欠かさなかったのですから!」


 視線がバチバチ交錯する。

 俺は魔導調律を発動させるため、体内の魔力を一気に活性化させた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る