第3話 新生魔王は初陣にて無双する


 マカイノ村に接近する一団は、この国の第四王女が率いる騎馬隊らしい。

 リリスによれば、


『むぐぐ。魔王様が復活した衝撃で、魔力の波動が周辺地域にブワーッと広がったんです。一瞬だけだったんで大丈夫だと思ったんですが……ちょうど、近くに王女たちがいたみたいですね』


『マカイノ村のまわりには、普段から強烈な人払いの結界を張ってるんですよ。ですけど魔王様の魔力が強すぎて、その波動を結界の外で感知されちゃったっぽいです』


 とのことだ。


「王女だというのに、こんな田舎で何をしているのだ?」

「あー……。そうですよね、そこから説明しちゃいましょう」


 リリス曰く、この三〇〇年間はつくづく激動の時代だったらしい。


 俺の封印をきっかけに、六芒の女神どもが各国を支配するようになった。

 つまり、国の頂点に宗教が据えられたのである。

 相対的に王族の力は弱まってしまう。


 そんなある日、事件が起きた。

 魔界の残党狩りの最中、当時の勇者が死亡したのだ。

 勇者か……。人間族のわりに厄介な相手だった。


 それはさておき、この一件で勇者の血脈は途絶えてしまった。

 勇者とは、民の希望の象徴だ。国内には大きな動揺が走ったという。

 そのとき出しゃばってきたのが、当時の国王だった。


 なんと、『王族が勇者の代わりに戦う』と言い出したのだ。

 民の希望の象徴となることで、王族の権威を回復させようとしたのである。


「――と言っても、王位継承権が上位の王族たちは、王都でベロンベロンに酔っ払ってるんですけどねぇ……」


 説明を終えたリリスは、深いため息をついた。

 実質、勇者の代理として仕事をしているのは、王位継承権が下位の王族らしい。

 へんぴなところへ野生の魔獣狩りに出かけたり、人間同士のトラブルを解決したり、民の希望の象徴として式典に参列したり……。


「ほほぅ。つまり先頭のおなごが、この国の王女というわけか」


 魔法陣に映し出された少女に、視線が吸い寄せられていく。

 きらめくようなロングの金髪。色白の肌に、キリッとした大きな瞳。騎上の姿勢は美しく、その横顔は世にも凜々しい。


 なにより、胸の膨らみっぷりがすごい……。彼女の白馬が脚を進めるたびに、たゆんたゆんと官能的に揺れているのだ。


 しかし、不自然なほど表情が硬い。


 その理由に思いを巡らせ――俺はニヤリと口角を上げた。


「どれだけ胸がたゆんたゆんだろうが、奴らは敵だ。俺の大切な家族を脅かす者は、決して許さぬぞ!」

「えぇ、やっちゃいましょう!」


 リリスが食堂の床を叩く。すると新たな魔法陣が発生した。

 同じく円形だが、先ほどよりも径が大きい。これは転移魔法のゲートである。

 リリスは振り返り、ほのかに眉尻を下げた。


「あ、あの……リリスたちだけで大丈夫でしょうか?」

「問題ない。この身体を慣らすには丁度いい相手だろう」


 なぜならば。


「俺の身体はリリスの尊い作品だ。お前の腕を、俺は心から信じている」

「魔王様……!」


 リリスが頬を赤らめ、胸のところでギュッと両手を組み合わせる。

 彼女の背中に、そっと手を添え――。

 俺たちは魔法陣の中へ飛び込んでいった。



 ゲートの出口は森の中。

 うっそうと茂った木々を切り拓き、申し訳程度に整備された道だ。道幅は、馬車が一台通れるほど。

 この道を進めばマカイノ村だ。王女どもを通すわけにはいかない。


「……ふむ」


 聖なる波動が、俺の肌をチリチリ灼いてくる。どうやら王女は女神の加護を受けているようだ。


「魔王様、作戦はどうしましょう?」


 傍らのリリスが言う。


「俺が合図を出したら結界魔法を使い、王女と部下を分断してくれ。以上だ」

「は、はいっ……って、それだけですか!?」

「それだけで充分だ」


 俺は右手を掲げ、五本の指をワキワキ動かした。


「三〇〇年かけて錬り上げた魔導調律で――あの金髪王女を手に入れるのだ」

「ごくり……。つ、ついにアレを使っちゃうんですね!?」


 魔導調律の概要は、すでにリリスに伝えている。

 史上最強の快楽魔法が、あの高貴で凜々しい王女をどれほど乱れさせるのか……。考えるだけで胸が高鳴ってくる。


「すー……はー……。うむ。森の空気はなんとも爽やかだな。さあ、リリスも深呼吸だ。二人でハァハァしていては、いまいち格好がつかんからな」

「で、ですね。すーはーすーはー。リリスのムラムラ、落ち着いてくださいっ。すーはーすーはー……」


 二人で興奮を抑え、王女たちの到着を待つ。ちょっとした仕掛けのために、魔力を体外へ洩らさないようにして……。


 その後。

 さほど待つまでもなく、奴らは姿を現した。


 木々の向こうに白馬の頭が見え、王女の騎馬隊がこちらへ近づいてくる。

 奴らも俺たちに気づいたようだ。

 先頭を行く金髪王女が、柔らかな笑みを見せる。


「失礼、貴族さん。そこを通してくれるかしら? 私はスピカ・フォン=シュピーゲルベルク。ご存じ、神聖アルテミス王国の第四王女よ」


 なにが『ご存じ』だ。それに、魔王の衣をまとった俺を貴族だと思っているらしい。


「高貴で崇高なる私たちの王女様が、邪悪な魔力を感知したのです」

「さあ、脇へどいてください。史上最高の美貌を誇る王女様のお通りですよ」


 部下の少女らが賞賛の言葉を続ける。


 ――そのときだ。

 第四王女・スピカの眉間に小さな皺が刻まれた。せっかくの美人が台無しだ。

 しかし、すぐに表情を整え、


「驚かずに聞いてほしいわ。この近くで魔王が復活したようなの。それはもう邪悪な魔力をまき散らしていて……」


 その言葉の途中で。


「スピカよ。キサマがお探しの魔王というのは……」

「こぉんな魔力を発してましたかぁ~?」


 俺とリリスは、体内に抑えていた魔力を――一気に解放した!


 ゴゴゴゴゴ……!!


 その衝撃で地面が円形にえぐれ、禍々しい魔力の波動が周囲に弾け拡がった。

 邪気をはらんだ大風が巻き起こる。

 風圧で木々が倒れていく。

 よほど驚いたのか、スピカの白馬が激しくいななき、前脚を高く上げた。


「なっ!?」


 慌てて手綱を引っ張るスピカも、両目を大きく見開いている。

 無理もない。

 追いかけていた魔王の力が、いきなり目前の男から発せられたのだ。

 いたずら、大成功である。


「フハハハハッ! リリスよ、王女の顔を見るのだ!」

「うわっ、ビビリまくりですね! めっちゃ無様です!」



 露骨すぎる挑発だが、しかし王女はノッてきた。


「バカにして……! みんな、魔王が現れたわ! ここで討伐するわよ!」

『ハッ、スピカ様!』


 およそ三〇名の部下たちが、ビシッと声をそろえる。

 すぐさま馬を下り、それぞれ武器を構えた。片手剣、双剣、槍、メイス……三〇〇年経っても、武器の種類にさほどの違いはなさそうだ。

 そこで満を持して、王女スピカが馬を下りてくる。


「答えなさい。あなたが魔王ジュノなの?」


 腰の剣を颯爽と引き抜き、射貫くような眼光を放ってきた。


「いかにも。俺が魔王ジュノだ。この幼き堕天使リリスによって、三〇〇年ぶりに復活を遂げた。人間族の姿でな」


 俺は余裕たっぷりに答える。

 するとスピカの背後から、少女たちの声が聞こえてきた。


「あの殿方が魔王なの?」

「わっ、いい男……」

「きれいな顔……」

「見た目に騙されちゃダメよ!」

「そうよそうよ、スピカ様の方がルックスは上だわ!」


「魔王ジュノ――覚悟!」


 やたらとハデな装飾が入った剣を、スピカは大上段に構えた。


 ふと、俺は首をかしげる。

 スピカの部下たちが、彼女の背後に隠れているのだ。

 せっかく武器を持っているのに、陣形を組むこともなく……。


 やがて、部下の少女らが声を上げ始めた。


「われらが敬愛する最強無敵の王女スピカ様に、大いなる力を!」

「神聖アルテミス王国ばんざい!」

「届け、この想い……スピカ様の御心へ!」


 部下たちの身体から魔力が発せられる。


「親愛なる尊き王女様に、われらのすべてを捧げます!」

「全国民の命と希望を、スピカ様のもとへ!」

「神聖アルテミス王国が誇る、史上最も貴き華よ!」


 そして全員の魔力が、スピカの剣へと集まっていった。

 すぐに刀身が金色に輝き始める。

 光はどんどん強くなる。聖なる魔力が周囲にあふれ、俺の肌を熱く灼いた。


 そうか、このスピカという女――。


「なるほど。キサマは魔法剣の使い手か」


 景色が金色に染まる中、俺はうなずきながら言った。


 魔法剣とは、文字どおり剣に魔法を宿す技だ。

 しかもスピカたちがやっているのは、いわば合体魔法剣。三〇名ぶんの魔力を使って強大な一撃を放とうとしているらしい。

 これは、三〇〇年前には存在しなかった術式だ。威力は相当なものになるだろう。


 だが、どうしたことか。

 華々しい言葉を浴びるたび、スピカの表情が少しずつ歪んでいくのだ。


 彼女が何を思っているのか――すでに予想はついている。

 俺は口もとを曲げた。


「つまり実質、この部隊で戦うのはキサマ一人というわけだな、スピカよ。愚かな部下どもはキサマを盾にして、安全なところから魔力を供給するばかり……」

「……ッ!」


 スピカの眉間に、また深い皺が寄った。

 頬が引きつり、奥歯をギリッと食いしばる。


「な、ななな何てことを言うの!? み、みんな私の大切な仲間よ!」

「ほほう?」


 なんて露骨な反応だ。疑惑が確信に姿を変える。


「では、確かめてみるとしよう」


 俺は両目に魔力を集めた。発動させるのは、審理の魔眼だ。

 先ほどよりも精神と肉体が噛み合っている気がする。今ならば、より詳細な情報を得られるはず――。


 ほどなくして、スピカの周囲にさまざまな項目と数字が浮かび上がってきた。



【名前】スピカ・フォン=シュピーゲルベルク

【種族】たぶん人間族

【職業】おうじょ、ま法けん士

【趣味】ポエムづくり

【筋力】およそ一〇〇?

【防御】【器用】【敏捷】【所持金】まあそこそこ?

【魔力】八〇~一二〇ほど

【知力】二〇

【性欲】八八〇

【ストレス】三二〇以上



「ふむ……なるほどな」


 よし。さっきリリスに使ったときよりも、いくらか精度が上がっているな。


【筋力】と【魔力】は、女神の加護を受けているだけのことはある。

 三〇〇年前の基準になるが、人間族の成人男性の【筋力】は、どれだけ鍛えても四〇~五〇程度。【魔力】に関してはゼロの者がほとんどだ。


 残念すぎる【知力】の隣におかしな項目があるが、ここで俺が注目したのは――。


【ストレス】である。


 まさか三二〇以上とは。人間族ならば、心が壊れても不思議ではない数値だ。

 これこそ、審理の魔眼の真骨頂。

 相手の心と身体の情報を読み取り、弱点を探ることができるのだ!


 自身の背後に隠れる部下。のしかかる期待。歪められた表情。

 ――スピカを堕とすためのカギが出揃った。


 そのとき、近くの地面に一本の剣が突き刺さった。スピカの部下が放り投げたのだ。

 全身に金色の魔力を湛えたスピカが、キリッと宣言する。


「魔王ジュノ、剣を執りなさい。神聖アルテミス王国の第四王女として、丸腰の者は斬らないようにしてるのよ!」


 すかさず部下たちが騒ぎ立てる。


「さすがスピカ様!」

「あぁ、誇り高き王の剣よ!」

「スピカ様の慈悲深さ、いつもながら感服いたします!」

「スピカ様ばんざい! 神聖アルテミス王国ばんざい!」


 ますます魔力が高まっていく。ますますスピカの顔が歪んでいく。


「ま、魔王様……」


 リリスが心配そうに見上げてきた。

 ピンクの髪を優しくなでて、俺は一歩、前へ出る。


「結界魔法の準備だ。だが、俺が合図を出すまでは発動させるな」


 そう言い残し、地面に刺さった剣を執る――。

 ――はずもなく、軽く足蹴にした。構わず前進する。


「なっ!?」


 スピカが瞳を見開いた。部下の少女たちも同じく。


「王女を屠るのに剣は不要だ」


 俺はスピカを見すえ、悠然と近づいていく。


「槍も、メイスも……すべて不要だ。王女ごときを終わらせることなど造作もない。この魔王ジュノにとってはな」

「くっ……!」


 瞬間、スピカの顔に敵意が燃えた。両手に力が込められる。

 大上段に掲げられた剣には、充分な魔力が溜まっている。部下たちの魔力をすべて吸い上げたようだ。

 ならば――来るか。


「天にまします我らが女神、アルテミス様――今こそ私に紅蓮の加護をッッ!!」


 スピカが叫ぶ。

 その剣を軸にして、巨大な炎の竜巻が生み出された。

 一瞬にして灼熱が巻き起こる。

 熱風が吹きつけ、視界のすべてが真紅に染まる。

 スピカは大いなる気合とともに、豪炎の魔法剣を振り下ろした。


「クリムゾン・デス・インフェルノォォォォォ!!!!」


 熱気が迫る。聖なる魔力の塊が襲いかかってくる。


 だが、俺は避けない。

 漆黒の魔導鎧装。その防御力を、この肉体が宿しているならば。

 魔法、物理を問わず、どれほど強力な攻撃にさらされても。



 回避の必要など、皆無だ。



 ――衝撃。

 俺の脳天に、魔法剣が直撃した。


 閃光。爆熱。聖なる魔力が全身を駆け巡る。

 まわりの木々が容赦なく吹き飛んでいく。地面が大きくえぐられる。

 スピカの部下たちの悲鳴が聞こえてきた。

 視界は真紅。一面の炎だ。ほう、人間族のくせに大した魔法剣だ。


「フフッ……」


 しかし、俺は嗤った。


「聖なる女神の加護を欲しているくせに、デスだのインフェルノだのと……。これが知力二〇の限界か」


 スピカの魔法剣がもたらした大破壊が収まり、俺の視界が晴れたとき。


『……ッッ!?!?』


 目の前には、無様に驚愕するスピカたちがいた。「な、な、な……!」「バカな……!」などと混乱を露わにしている。

 そんな中、当然のように無傷の俺は、背後のリリスに告げた。


「リリスよ。最高の肉体……改めて感謝するぞ」

「あぁぁよかったです魔王様! 三〇〇年かけた甲斐がありましたっ!」


 俺が盾になったので、リリスのぷにぷに肌は無傷である。


「さて――。それではこちらも反撃といこうか」


 俺はパチンと指を鳴らした。それが合図だ。


「魔王様の御心のままに……っ!」


 すかさず、魔法剣によってえぐられた地面をリリスが殴りつける。

 発生するのは紫色の魔法陣。今度は大小の三角形を組み合わせたような形状だ。

 標的は、第四王女スピカ。


「……ッ! スピカ様、危な――」



 ――――――景色が途切れ、静寂が訪れる。



 勘のいい部下は気づいたようだが、時すでに遅し。

 俺とリリス、スピカの三人は、禍々しくも心地いい魔空間に転移したのだ。

 周囲はよどんだ紫色。邪悪で甘美な瘴気が、モヤのように立ち込めている。


「うぐっ……!」


 その空気にあてられたのか、スピカが苦しげにうずくまった。

 しかし気丈に俺を睨み、


「こ、この卑劣漢め……! これから私をどうしようというの!?」

「お前には今日限りで王女を辞めてもらう。俺の忠実なる下僕となれ、スピカ」

「ふんっ、なるわけないわ! 私は神聖アルテミス王国の第四王女にして、王族最強の魔力を持つ者、スピカ・フォン=シュピーゲルベルクよ。あなたなんかに、決して屈したりしないわ!」

「ほほう。我が熟練の愛撫に、果たしてどこまで耐えられるかな?」


 俺は見栄を張りつつスピカに近づき、両手を伸ばした。

 目標は、スピカのたわわな胸の膨らみ。

 これはあくまで魔導調律の下準備であり、ただの好奇心や性欲による行動ではない。


 本当の本当に、断じて違うのである。

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