第14章 春よ来い

 亜紀は、完成した“Aqua Care”を浩子が国生研に届けるのに同行した。

「“国生研”の字、でかいな」

 吉崎が容器に付けた販促シールをつまんで、苦笑しながらも嬉しそうに言った。

「ここは私もゆかりも絶対譲れなかったからね」

 浩子が得意気に言った。

「うんうん。こういう、形に残る共同研究はやりがいがあっていい」

 大野も顔をほころばせる。

「またあのメンツで何かやりたいよ」

「そうね。ほんと楽しかったし」

 超人はと亜紀が見ると、穏やかな表情で皆の分のお茶を淹れている。良かった。研究終了直後に比べたら、かなり元気になったようだ。まあ、今は文通してるんだから、あの時に比べたら毎日幸せだろうね。

 金枝から連絡を受けて、彼の恋が続いていたと知った時は、本当に嬉しかった。敗者復活戦、がんばってください!

「ほら、でめこもモデルデビューしてるぞ」

 吉崎がラベルを指さすと、健司が微笑んだ。

「ああ、すごくよく描けてる」

「本物より可愛いんじゃねえか?」

「いや、それはないな」

 遠慮のないペット自慢に同僚二人が顔をしかめた。

「ほんと、でめこの話する時だけは笑うのな」

「気持ち悪いんだよ」

 相変わらず散々な言われようだ。

 そのうち、浩子と大吉コンビが別の話題で盛り上がり始めた。そうそうこの雰囲気。共同研究の間、浩子とゆかりは、自分たちは研究職じゃないから手伝いしかできないと少し気兼ねしていたところがあったが、研究の後半で、貴美子がとげとげしい気を発し始めてからは、マーケティング部二人の気配りにはかなり助けられた。

 そんなことを考えていたら、

「清水さん」

 超人が移動してきて、亜紀の傍に座った。

「最終日の言葉、ありがとう。あの時はご心配おかけしました」

「いえ」

「夜明け、来ましたよ」

「そうですか」

 何気ない調子で答えた亜紀だったが、本当は彼の前でクラッカーでも鳴らして一緒に祝いたいような気持ちだった。

「今は春、雪解けを待っている感じかな」

 雪解け――彼女との再会、ですね。

「春も来ますよ。きっと」

 春がきたら教えてもらいたいな。まあ、それはまちさん見れば分かるかな。

「そうだ、山本さんにお願いが」

 亜紀は傍に置いていた荷物を取り上げると、健司に差し出した。

「これ、金枝教授が戻るまで守っていただけないでしょうか」

 ここへ来る前、浩子に断って亜紀は金枝への手土産を買った。明日まで出張で戻らないらしく、直接渡せないのが残念だ。

 中には、さっき急いで書いたメモも入っている。

“D計画再開を祝して”

「守る?」

「大野さんに食べられないように」

 亜紀が声を潜めて言うと、うなぎの時を思い出したのか、超人がうなずいた。

「分かりました。任せてください」

 ぱりっとした白衣が、西洋の騎士の鎧に見えた。

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